作品タイトル不明
教会からの依頼5
金貨500枚の魔物を逃してしまい、かなりやる気が削がれた。でも、落ち込んでばかりはいられない。依頼遂行のため、山頂へと急ぐ。
もうすぐ山頂というところで、あたりを見渡した。雲よりも高い場所にいるらしく、眼下には雲海が広がっていて、ここよりももっと高い山の尾根がひょっこりと顔を出している。
「空が近い……すごい!」
アーヴィンが遠くを眺めて言った。
「な? 来て良かっただろ?」
「そうだね。良かった」
アーヴィンは気もそぞろな様子で答え、それに続いてルナも感嘆の声を上げた。
「確かに、なかなか見られる景色ではないと思います」
俺たちには山に登る習慣が無いから、ここまで登ったのは初めてだ。鉄の街ビルバオも山の上にあるが、あの山の標高はこれほど高くはない……。ここまで登ってきていまさらなんだけど、高山病とかは大丈夫なのかな?
「みんな、体調は大丈夫?」
「え? 平気ですけど……」
「いつも通りよ?」
特に問題ないらしい。景色はかなりきれいだけど、それほど高い山ではなかったみたいだ。いや、これも身体強化の効果かもしれないな……。安心して進もう。
ついに頂上にたどり着いた。少し平らな部分があり、そこには社が建っていた痕跡が残っている。今は瓦礫の山だが、以前は立派な石造りの神殿のようなものが建っていたのだと思う。
その瓦礫の向こうからは、かなり強い気配が感じられた。気配に覚えがある。ワイバーンだ。
「やった! ここに居たんだ!」
「嬉しそうね……」
クレアは呆れた表情で呟くが、嬉しくないわけがないだろう。
「金貨500枚だぞ? 絶対に逃したくないんだよ」
たぶん、この社の跡地を巣にしていたんだ。ワイバーンは俺たちの目標がここだと知らず、のんきに逃げ切ったつもりなんだろうな。
今回は手加減しない。一気に片付けるために、アンチマテリアルライフルの特大の弾丸を準備した。
「ルナとリリィは、治癒に備えて待機。クレアは周辺を警戒してくれ。リーズは投石で援護だ」
「僕は?」
アーヴィンが不安げな表情を浮かべて聞いてくる。もちろん即答だ。
「俺と一緒に最前線」
「嫌だぁ!」
アーヴィンは俺の言葉を遮って大声を出した。その声のせいで、ワイバーンはこちらの気配に気付いたらしい。大きな瓦礫がごろりと動く。
「ほら、大声を出すから……」
アーヴィンに愚痴を言って、ワイバーンに視線を移す……あ、目が合った。ワイバーンは俺を見るなり勢いよく飛び上がり、臨戦態勢をとっている。アーヴィンには射撃の練習をさせておきたいところだが、気付かれてしまったらもう遅い。
「また逃げられるかもしれないから、さっさと片付けるぞ」
そう言って特大アンチマテリアルライフルを放った。放たれた大根のような鉄の塊は、ワイバーンの首を貫いて空の彼方へと消える。この一撃で、ワイバーンの首は胴体から分離した。
ワイバーンは、ゆっくりと地面に落ちてくる。そして、『ズシィン』と地面を震わせて着地した。もう動く様子は見られない。
「仕留めたみたいだな」
「……やっぱり、その魔法は反則だと思います」
うん、俺もそう思う。みんなの反応を見る限り、かなりの強敵だったんじゃないだろうか。しかし、相手の攻撃を見ることもなく撃ち落としてしまった。
「まあ、無事で何よりだよ。アーヴィンも、平気だっただろ?」
「……大丈夫だったけど……」
アーヴィンは少し不満げだ。少しは撃たせてやった方が良かったのかな……。
軽く会話をしながら、仕留めたワイバーンをマジックバッグに放り込む。そして、あたりの気配をうかがったが、特に怪しい気配は感じられなかった。山頂に居た魔物はこいつだけだ。
「これでこの施設は完了だよな。今日は一旦エルミンスールに帰って、明日は温泉に行こう」
レイモンドたちも暇じゃないだろうから、たぶん明日になれば帰っていると思う。明日なら、ゆっくりできるはずだ。レイモンドたちがあそこに居た言い訳は、後日王都で聞けばいい。
「やっと帰れる……」
アーヴィンは安堵の表情を見せた。本来なら、登山は登る時よりも下る時の方が危険で大変だ。でも、俺たちは転移魔法ですぐに帰れる。本当に便利だなあ。
エルミンスールで一夜を明かし、今日は温泉に向かう。その前に、アーヴィンを誘っておこうと思う。後から文句を言われたくないからね。
「アーヴィンも行くだろ?」
「行くっ……かない」
アーヴィンは、首を縦に振りかけて、慌てて横に振り直した。
「ん? どっち?」
「行かない! なんだか嫌な予感がするから……」
アーヴィンは苦笑いを浮かべているけど、何がそんなに気になったんだろうか……。
「考えすぎだろ……。まあ、別に強制はしないけど」
「今日は留守番してるよ」
行かないというのなら仕方がない。無理に連れていく理由は無いから、今日は置いていこう。
温泉施設は崩壊しているが、レイモンドたちが一つの湯船だけ修復した。今回はその湯船を使わせてもらう予定だ。
当然ながら脱衣所も崩壊しているのだが、ここも一箇所だけは軽く片付けられている。おそらく、レイモンドたちはそこで野営したのだろう。
俺が温泉をチェックしていると、リリィさんが大きなタオルを体に巻いて脱衣所から出てきた。
「早いな!」
そんなに楽しみだったのか……。
「コーくんは入らないのか?」
リリィさんはこともなげに聞いてきた。お誘いは嬉しいけど、ちょっと気が引けるよ。ルナと2人ならそれほど気にならないけど、全員一緒というのはなあ……。
「いや、さすがに拙いだろ」
「何が?」
リリィさんの背後から、リーズが顔を出した。それに続き、クレアも出てきた。
「何が? じゃないでしょ。一緒はダメよ」
ふぅ……こういう時に、クレアの常識的判断が助かるよ。リリィさんとリーズは、あまり深く考えて行動しないから……。
「クレア君は、きっと恥ずかしがっているんだ」
「……何が恥ずかしいの? 胸が小さいこと?」
あれ? 雲行きが怪しいぞ?
「違うわよっ! そうじゃなくて……」
「じゃあ、足がゴツくなってきたこと?」
「それは……気にしてるんだから言わないで!」
クレアのコンプレックスが顕になっていく……。可哀想だから、そのへんで勘弁してあげて。と思ったら、リリィさんが笑顔でクレアのタオルを捲し上げた。
「引き締まっていて、いい足じゃないか。気にすることは無いぞ?」
「そうかな……?」
「ああ。どこに出しても恥ずかしくない」
リリィさんの言葉に、クレアはまんざらでもないような顔をしている。クレアの援護は期待できそうにないな。
「まずはみんなで入ってよ。俺は後でゆっくり入るから」
「なんで? みんなで入った方が楽しいよ?」
「まあ、それは分かるんだがな……」
リーズはどうしてそんなに食い下がるのか……。深く考えていないんだろうな。返答に困っていると、最後にルナが出てきた。
「ちょっと! みなさん! コーさんが困っていますよ?」
助かる……。嫌なわけじゃないんだが、さすがに気を使う。鋼の精神を持っているやつを羨ましく思うよ。俺はどうしても遠慮しちゃうから。
「コー君、キミは私たちと同じ湯船には入れないというのか?」
リリィさんも、どうしてそんなに混浴に拘るんだ……。
「いや、そうじゃなくて……」
「タオルを巻いているんだから、問題ないだろう」
ヤバイ、押し切られそう。もういいか。みんながいいって言っているんだから、ご一緒させてもらおう。
「……そうかもしれないな」
「ルナ君も、コー君と一緒に入るのが嫌なのかい?」
「違いますっ!」
リリィさんの聞き方が良くないよ。そんな聞き方をされたら、否定するしかないだろう。……もし肯定されたら、しばらく引き摺ると思う。
「じゃあ、いいじゃないか」
結局押し切られ、全員で同時に入ることになった。目のやり場に困る。
この世界のタオルはガーゼ生地だから、水に濡れるとよく透ける。体にピッタリとくっついて、これがまたよく透ける。何が言いたいかと言うと、タオルがあっても全然平気じゃないってことだ。なんだか余計にエロく感じる……。
「気持ちいいですね」
ルナがそう呟くと、リリィさんが満足げな声を上げる。
「やはり、普通の風呂とは違うな」
「そうね。高い金を払う気持ちが分かるわ」
「アーヴィンも来ればよかったのにねー」
4人は機嫌よく会話をしているが、俺は少し落ち着かない。会話に混ざると、たぶんみんなの体を見ちゃうと思う。かなり気まずい。温泉には満足なんだけど……遠くの景色を見て、気を落ち着かせよう。
しばらく無心で景色を眺め続けた。もうかなり浸かっていて、そろそろのぼせそうだ。みんなはまだ平気なのかな……。
そう思ってちらりと見ると、リリィさんとクレアが温泉のへりに座って足だけを温泉に入れていた。さっきの数倍エロい……。じゃなくて、みんなも十分温まったみたいだ。もういいんじゃないかな。
「そろそろ上がろうか。みんなは先に上がって、服を着てくれ」
脱衣所は1つしか無いので、さすがに同時に使うわけにはいかないだろう。俺が先に上がってしまうと、待っている間は目のやり場に困る。せめて先に着替えを終わらせてほしい。
「はーい」
リーズは恥ずかしげもなく立ち上がった。体を隠すような素振りを見せず、堂々としている。
「リーズ! タオル!」
クレアが慌ててリーズにタオルを掛けたが、そのタオルは自分が使っていたタオルである。代わりにクレアの全身が顕になった。
だから、目のやり場に困るんだって!
みんなが上がって気配を感じながら、腰を浮かして湯船のへりに座った。温まった体を撫でる、冷たい風が心地良い。露天の温泉ならではのものだな。しばらくは堪能させてもらおう。
そう考えていた矢先、リーズが下着姿のまま脱衣所から飛び出してきた。
「何か居る!」
リーズの言葉とともに、強い気配が物凄い速度で接近してくるのが分かった。そして、その気配はすぐに到着する。せっかく風情を感じているところに水を差された気分だ。
「ヒャクアシ!」
クレアが慌てて顔を出し、焦ったような叫び声を上げた。
体長は十数メートル、太さは1メートル弱、数十センチごとに節があり、無数の足がワシャワシャと動いている。どう見てもムカデです。気持ち悪い……。山では珍しくない生物だが、これだけ大きいとなあ。
「この山はどうなってんのよ!」
クレアはそう言いながら、タオルで体を隠して脱衣所から出てきた。まだ服を着ていないみたいだ。
それはさておき、この魔物はかなり動きが速く、手強そうだ。前回は見落としてしまったが、この魔物がここのボスなのだろう。こんなやつが居たのでは、施設の復旧は無理だ。直したそばから壊される。
「教会が匙を投げたくなる気持ちは、分からなくもないな」
「アタシたちに対する嫌がらせを疑うわよ!」
教会の今までの行いを考えると、ありえないことではない気がするから怖い。でも、カムロンは気遣いのできる人間だったから、本当にただの偶然だろう。こいつの駆除は必須として、先に確認することがある。
「ルナ! 素材は?」
大声でルナに呼びかけると、脱衣所から声だけが返ってきた。
「売れる部分がありません。肉は苦くて、硬い殻はすぐに腐ります。大きい魔石が取れますけど……」
うわぁ……やる気が出ないぞ。魔石は俺たちが消費するから、売るつもりはない。他に売れる部位が無いなら、赤字確定の魔物だ。
「とりあえず俺が食い止めるから、みんなは先に服を着てくれ」
みんなはまだ服を着ていない。落ち着いて戦えないから、ルナたちの準備ができるまで、俺が注意を引きつける。
「あたしも手伝う!」
リーズは、そう言って俺の横に並んだ。でも、下着姿のままだ。さすがに危険だから、引き下がってもらう。
「ダメだ! 武器を持っていないじゃないか!」
「それはこんさんも同じだよ?」
今の俺はこの上ないほどの丸腰。装備は腰に巻いたタオル一枚という、ゴブリンスタイルだ。でも……。
「俺は魔法があるから大丈夫だ。俺のことはいいから、先に服を着てこい」
「……分かった」
リーズは不承不承に頷いて、脱衣所に駆け込んだ。
大ムカデは興奮した様子で、こちらに殺意を向けている。まだ攻撃を仕掛けてくる気配はなく、注意深くこちらを観察しているようだ。おそらく、こいつは一度レイモンドと対戦して、敗走したのだろう。そのせいで、必要以上に警戒しているんだと思う。
かなり厄介だぞ。今回はアーヴィンの勘が正しかったんだな……。