作品タイトル不明
教会からの依頼1
近頃はエルミンスールで平和な毎日を過ごしていたのだが、今日は突然鳴り出した転写機に気を揉んでいる。
「どうしたんです? 浮かない顔をして……」
ルナが怪訝そうに話しかけてきた。
「いや、また王都から呼び出しが来ているんだよ」
「魔物ですか?」
「それなら良かったんだけど……ちょっとなあ……」
転写機に書かれた文字を読みながら、憂鬱な気分になる。
「何? どうしたの?」
クレアが興味を持ち、話に混ざった。俺は嫌な気分を押し殺し、書かれていた内容を口にする。
「今回は冒険者ギルドじゃなくて、教会に行けって書いてあるんだ」
「あの王が教会に行けだなんて、珍しいな」
リリィさんも気になる様子だ。王と教会は仲が良くない。クーデターの問題もあったし、他にも何度も衝突している。
「だろ? そんな命令は絶対に来ないと思っていたんだけどなあ」
俺も教会と敵対していて、俺の教会嫌いは王も認識しているはずだ。好んで行きたい場所ではない。それに、俺は教会を破壊したし、神官もぶっ飛ばした。きっと恨まれていると思う。教会の人間だって、「俺と会いたい」だなんて言わないんじゃないかな。
「今回もコーさん1人ですか……?」
ルナが心配そうに言う。
「いや、今回は全員で来いってさ」
以前教会から呼び出されたときは俺1人だけだった。訳の分からない裁判に掛けられて処刑されかけるという、今思い出してもイラッとする話だ。
「え……あまり行きたくないわね……」
「だよなあ。バカ正直に従う必要は無いと思う。教会の中に入るのは俺だけで十分だ」
「では、私たちは王都で待機ですか?」
「いや、教会には全員で行くぞ。みんなは屋根の上か天井裏に隠れていてくれ」
教会に呼ばれたということは、建て直しが終わったのだろう。きっと今なら天井裏もきれいだ。全員で来いというのだから、ちゃんと従ってやるよ。姿を現すかどうかは別としてね。
教会の上層部はまるごと腐敗しているように見えた。今もそうかも知れないと思い、俺はかなり警戒している。
さすがにこれ以上俺に危害を加えようとすることは無いと思うんだけど、用心に越したことはないからなあ。それくらい信用できないんだよ、この国の教会は。
「なるほど……面白い。いいだろう」
「楽しみー!」
というわけで、教会に乗り込むことが決定した。
まさか教会の敷地内に転移できるわけもないので、王都の中の適当な屋根の上に転移する。屋根の上を走れば数分で到着する距離だ。いざ転移してみたのだが、街のあちこちから奇妙な気配を感じる。
「嫌な感じだなあ……」
「ですね……」
みんながそれぞれに不満を口にする。その理由は、教会に向かうまでの道中に、かなりの数の監視がいるからだ。
「面倒だなあ……。俺は堂々と歩くから、みんなは先に侵入していてくれ」
向こうはまだ勘付いていないが、気配察知が使える俺たちには丸わかりだ。『敵対』ではなく『無関心』の反応なのが救いだな。
「お気を付けて……」
ルナは心配そうに言うが、監視されたところで別にどうということは無い。攻撃をしてくるなら、即座に威圧の魔法を使って無力化するだけだ。
教会までの道中、監視の注目を1人で背負いながら堂々と進んだ。やがて教会の建物が見えた。教会の建物は、俺が数カ月前に潰した。敷地の半分くらいが瓦礫の山になったはずだ。今は大部分が修復され、もとの状態に戻っている。
復旧が早いな……。そう思いながら教会の正面玄関を開けると、玄関ホールに見覚えのある男が立っていた。枢機卿のカムロンだ。久しぶりに会うなあ。
「よく来てくれた。待っていたよ」
カムロンは爽やかな笑顔を浮かべて言う。俺が来ることが分かっていたような様子だ。ちょっと気持ち悪い。でも、この人は俺が会った教会関係者の中で最もまともな人間だ。それほど不安はない。
だが、ここに来る道中も思いっきり監視されていたんだ。カムロンは信用できても、この組織が信用できるわけがない。
「久しぶりだな。元気だったか?」
「うむ。ご無沙汰をして悪かったね。教皇に復帰することになって、忙しかったのだよ」
カムロンは感慨深そうに言う。以前会ったときは『元教皇』だと言っていたが、無事元の職に戻ることができたらしい。となると、気になるのは俺に喧嘩を吹っ掛けてきたクソ神官の行方だ。
「じゃあ、あのクソ神官たちはどうなったんだ?」
「フルークのことだな。彼ら使徒推進派の枢機卿は、全員を左遷した。だから安心してほしい」
クソ神官たちは無事排除できたらしい。やたらに攻撃的だし、上から目線だし、あんなのを出世させたらダメだって。トラブルの元だよ。
「まあ、当然だろ。もしまだ残っていたら、もう一暴れしていたところだよ」
使徒に関連した騒動の元凶は、使徒推進派の神官たちだ。ミルズに踊らされていたことは否定できないが、彼らの責任であることは間違いない。制裁を加えることができないのだとしたら、そんな組織は再起不能なほどに潰れた方がいい。
「ははは。相変わらず厳しいな。少なくとも、私の目が黒いうちは表舞台に立つことはないよ」
「なるほどね。それはそうと、表に居た監視はなんなんだ? かなり鬱陶しかったぞ」
「それは済まなかった。君はいつ来るか分からないから、姿が見えたらすぐに知らせるように言ってあったのだ」
ああ、俺はアポ無し訪問がデフォだから、俺を出迎えるために監視をしていたらしい。じゃあ、表の監視はそのためだけに屋根の上に登っていたのか……。ちょっと悪いことをしたなあ。
俺たちに危害を加えるつもりの監視ではなかったようだ。取り越し苦労だった。教会の連中は、もう敵対する意思は無いようだ。気配察知でも、『敵対』の反応は感じられない。警戒を解いてもいいのかもしれないな。
話をしていると、カムロンが突然立ち止まって右を向いた。そこには、木製の大きな扉がある。カムロンはその扉の取っ手に手を掛けると、ゆっくりと開いた。
「では、こちらへ」
カムロンの案内で部屋の中に入る。ささやかな装飾が施された広い部屋だ。真ん中に大きなソファが向かい合せで置かれている。おそらく応接室だろう。
見る限り、罠などは仕掛けられていない。俺は促されるまま中に入った。
2人で向かい合ってソファに腰を掛けると、カムロンは不審そうに言う。
「ところで、君のお仲間はどうしたのかね? 私は全員を招待したつもりだったのだが……」
「悪いな。教会は敵地だと思っているから、別行動にさせてもらったよ」
ルナたちは、物音1つ立てずに天井裏から追跡してきている。俺は気配察知で感じているが、カムロンや神官たちは気付かないだろう。
「ふむ……。無理もないか。我々は君と敵対しすぎていた。非礼を詫びたい。いつでもいいから、連れてきてもらえないだろうか」
ええ……? また来るの? 面倒だぞ。もう心配は無さそうだから、みんなには天井裏から降りてきてもらおうかな。
「わかった。ちょっと待ってくれ。みんな! 出てきていいぞ!」
天井に向かって叫ぶと、『ベキベキッ!』という音が鳴り、天井に穴が空いた。天井の破片とともに、リーズがスタッと着地する。
「リーズさん! 壊しちゃダメですって!」
リーズの後を追うように、ルナが降りてきた。そして、リーズが空けた穴からクレアとリリィさんも飛び出してくる。
「……はぇ?」
カムロンは、間の抜けた顔で間の抜けた声を漏らした。どさくさに紛れて挨拶を済ませよう。
「紹介するよ。うちのパーティメンバーたちだ」
天井に空いた穴については知らない。偶然勝手に空いちゃっただけだ。ということにしておく。
「よろしくーっ!」
リーズが元気よく答える。天井を壊したことなんて、もう忘れてしまったかのようだ。
「はじめまして」
クレアは冷静な態度で言う。クレアも天井が壊れたことは気にしていないみたいだ。
「敵対の意思が無いことは理解できた。よろしく頼む」
リリィさんは若干偉そう……。リリィさんの中では今でも敵地なのだろう。でも、それは教会の自業自得だと思う。顔を合わせるたびに喧嘩を売られたから、完全な和解には時間がかかりそうだ。
「あの……天井を壊してすみませんでした……」
みんながしれっと挨拶をする中、ルナだけはしっかりと謝罪をした。
「いや……丁寧にありがとう。天井についてはこちらで修繕しておく。気にしないでくれ」
カムロンはそう言うが、ルナ以外は誰も気にしていないぞ。
みんなが適当な挨拶を終え、ソファの空いている席に座った。全員が揃ったところで、そろそろ本題を聞きたい。
「それで、今日はなんの用だ? まさか、挨拶だけってわけじゃないよな?」
「うむ。君たちには、教会の再生に協力してもらえないかと考えている」
カムロンは真剣な眼差しで言う。
カムロンも放送を聞いていたはずなので、ルミアや使徒の役目について何か聞かれると思っていた。どうやら違うらしい。
「再生?」
「例の騒動で、この教会から信徒が離れてしまった。このままでは教会の運営すらままならない。我々だけでは手が足りないから、君たちの力を貸してほしい。これは正式な依頼だ。報酬も支払う」
正直、『使徒なんだから無償で協力しろ』みたいな言い分を覚悟していた。もしそんな話だったら無条件で却下していたんだけど、大丈夫そうだ。
教会は主に信徒からの寄付金で運営されている。教会に寄付金を落としてくれる人間が減り、深刻な資金不足に陥っているのだろう。さらに、教会の修復のために人員が割かれ、まとめるべき立場の人間も大幅に減ったはずだ。
運営が危ないというのは間違いないだろう。でも、信用を失うようなことばかりしていたんだから、当然のことなんじゃないかな。
まあ、俺が依頼を受けるかどうかは報酬と内容次第だ。
「具体的に言ってくれ。どこで何をする依頼なんだ? 神官として教会の手伝いをしろっていう話だったら断るぞ?」
教会が考える理想の世界は、俺が考える理想と違いすぎる。これは以前カムロンと対談した時に感じたことだ。確実に意見が対立する。どちら良くてどちらが悪いという話じゃないから、こちらの意見を押し付けるのも違う。
でも、神官として協力するなら、教会の考えに沿った動きをしなければならない。そんなのは絶対にゴメンだ。
「いや、違うのだ。教会の敷地内の魔物が討伐できず、いくつかの支部を放棄せざるを得ない状況になっている。その支部を解放してほしい」
魔物の駆除か……。それなら悪くないな。冒険者としての依頼だから、冒険者のルールが適用される。教会のルールを押し付けられることは無い。あとは報酬だけど、教会は金が無いんだよなあ。払ってもらえるのかな……?
「それで、報酬は?」
「うむ。教会の施設を自由に使う権利を与える」
金が無いから現物支給か……。教会の施設に何があるのか知らないけど、俺が使いそうな施設なんて何も思い付かないぞ。ま、一応何があるのか聞いておこうかな。
「具体的に、何が使えるようになるんだ?」
「まずは各地の保養施設だな。中には温泉施設が併設された宿もある」
おっ! マジか! 温泉があるなんて聞いてないぞ。
「それはいいな。その報酬なら喜んで受け取るよ」
「では決まりだ。他にも公園や登山道もある。どれも自由に使ってもらって構わない」
ああ、そっちはいらない。俺が住んでいるエルミンスールはまるごと公園みたいなものだ。それに山だって、登りたくなったら適当に登るよ。
「俺は受けてもいと思うんだけど、どう思う?」
「いいと思います。温泉の利用料、すっごく高いんです……」
ルナが苦笑いを浮かべて言う。
「そうなの?」
「それが高いのかどうかは知らないが、寄付金に応じて利用していただいているよ」
きっとバカ高い寄付金が必要なんだな。温泉の維持費なんかもあるから、多少高いのは仕方がないような……。
「……金貨5枚は高くないの?」
クレアが物凄く不機嫌そうに言う。金貨5枚……? だいぶ高いぞ。
「……高いのか?」
カムロンは庶民の金銭感覚が分かってない。何を言っても無駄だな。
「まあいいや。その報酬はありがたく受け取るよ。駆除は引き受けるから、詳しい場所を教えてくれ」
「うむ。分かった」
カムロンに依頼の詳細を聞いた。カムロンの話では、緊急性は無いという。主要施設ではなく、公園や修行場のような場所だそうだ。主要施設は神官たちが対処しているので、俺たちは暇な時にのんびりとやればいいらしい。気楽でいいな。