作品タイトル不明
魔道具普及大作戦2
一通りの作業を終え、カウンターの前に集合した。これから値段交渉に入る。
今回の場合、全く売れない可能性もゼロではない。ミルジアの教会から妨害される恐れもあるからだ。となると、利益は最大限確保したい。
「今日は俺が仕入れたことにするよ。全部でいくらだ?」
ミルジアで物を売った場合、ミルジア金貨での取引になる。それをアレンシア金貨に両替すると、約1割のロスが発生してしまう。そのため、露店の時のルールだと利益が減る。
リスクは高いが、俺が仕入れて売った方が儲かる。上手くいけば、相当な利益が生まれるはずだ。失敗したら……そんなことは考えない。仕入れたからには売り切る。
「……相当な量になりましたよ~? 本当にいいんですかぁ?
委託販売でもいいんですよぉ?」
マリーさんは心配そうに言う。委託販売というのが露店方式のことだ。
「リスクが増えるのに、利益を減らしてどうする気だよ。ミルジアで仕入れをして帰ってくるから、俺の心配はいらないぞ」
ミルジアでは塩が安い。アレンシアではかなり高価なので、大量に仕入れたら大きな利益になる。
おまけに、今頃サイクロプスの革が大バーゲンになっているはずだ。ミルジアで仕入れをするなら今しかない。
「そういうことでしたらぁ……おまかせします~」
本来の売値から1割引いてもらった。仕入値として考えると高いが、ここの店の値段で売るわけじゃない。魔道具の相場が存在しない土地なので、いくらの値を付けるかは俺の自由だ。
買い取った魔道具は、全部で約金貨1000枚分。売れないとかなり痛い。
万が一ミルジアで売れなかった場合、ガザル連合王国に持って行って売る。ミルジアで売るよりも利益は減るだろうが、売れ残るよりはマシだ。
金貨を支払い、魔道具が収められた3個のマジックバッグを受け取った。目録は書いてあるが、何が入っているかは詳しく知らない。面白い物があれば自分の物にしようかな。後で目録に目を通そう。
マリーさんの店を出る前に、こちらからも依頼を出しておこう。俺たちが作った魔道具の量産だ。
量産する対象は、掃除用のブロアとカメラ、水が出るストローと、美白の指輪。俺達は他にもやることがあるので、販売用の量産は誰かに任せたい。
「これを、俺たちの代わりに作って売ってほしいんだ」
「代わりに……ですかぁ?」
「ああ。価格設定は任せる。俺たちは売上に対して1割貰えればいいから」
これが上手くいけば、何もしなくてもお金が手に入る、夢のシステムの完成だ。実現するのは難しい。本当に信用できる腕の良い職人が必要だ。
その点、マリーさんなら心配ない。クレアの母親だし、俺たちもその人となりを知っている。
「それだけでいいんですかぁ? 普通はもっと取りますよ~?」
「問題無い。全部丸投げするんだ。これだけ貰えれば十分だよ。
それと、できれば作り方は秘匿してほしい。真似されたなら仕方がないがな」
強くは止めない。バレても別に痛くない、簡単な魔道具だからだ。
カメラは特殊だが、おっさんオマリィのおかげで完成しただけだ。すべて俺たちの成果だとは言えない。そのため、強く秘匿しろ、とは言いにくいんだ。
「言われなくてもぉ、誰にも教えませんよ~」
「じゃあ、作り方のメモを置いていくから。頼んだよ」
「わかりましたぁ。頑張って作りますね~」
マリーさんは胸の前で拳を握り、力強く言った。
「作るだけじゃなく、売ってほしいんだけど……」
「がんばりますぅ……」
あ、売る方は頑張る気が無いな。俺たちが定期的に売り歩いた方が確実かもしれない。
俺が予定していたマリーさんの店での用事は全て終わった。クレアにも確認してみよう。
「クレア、他に用事はあるか?」
「無いわよ。そもそも、顔を見せに来ただけなんだから。あんなに散らかってたなんて思わなかったわ……」
クレアはやれやれと両手の平を天に向け、ため息をつきながら首を横に振った。
「そうだな……俺も思わなかった。今度から定期的に来よう」
「悪いわね。お願いするわ……」
クレアが申し訳なさそうに言うが、魔道具製作の委託もある。頻繁に顔を出すことになるだろう。様子を見に来たついでに、掃除を手伝えばいい。
「じゃあ、ミルジアに行こうか」
「まずは冒険者ギルドですね。越境許可証を貰わないと……」
「え? 要る?」
「要りますよ。何を言っているんですか」
アレンシアからミルジアに渡るには、越境許可証が必要になる。実際に提出を求められるのは、街道で兵士に出くわした時と、街に入る時、そして宿に泊まる時だ。
街の中は転移魔法で入れるし、夜になったらエルミンスールに帰ればいい。入ったことが無い街でも、壁を乗り越えて入るだけ。問題になりそうなら、転移魔法で逃げる。
「転移魔法で移動すればいいじゃないか。面倒な手続きを飛ばせる」
「……それもそうですね。では行きましょうか」
ミルジアに入ったら、できるだけ固まって動く。いざという時に転移しやすくするためだ。と言っても、普段から固まって行動しているので、いつもと大して変わらない。
商品が入ったマジックバッグを確認し、さっそくミルジアに転移した。
最初の行き先は、オマリィ邸があるバルーチの街だ。今回はアーヴィンの近況報告も兼ねている。それに、おっさんオマリィは魔道具を欲しがっていたからな。たぶん、飛びついてくるだろう。
オマリィ邸の中に直接転移すると、面倒なことになりそうだ。バルーチの街にある、オマリィ邸の近くに転移した。
偉い人の近所だけあって、警備以外には人通りがほぼ無い。それに加え、今日は様子が少し変だ。警備も薄いし、浮足立っているように見える。
教会の混乱の余波が来ているのかもしれないな。用心しておこう。
オマリィ邸の門まで歩き、門番に話し掛けた。この門番は、以前にも会っている。名乗らなくても分かるはずだ。
「やあ。オマリィさんはご在宅かな?」
しばらくここに住んでいたので、この門番以外にも多くの使用人が俺の顔を覚えているだろう。
「誰だ、貴さ……コー様ですね。旦那様は中に居ます。どうぞ、お入りください」
門番は槍を構えようとして俺に気付き、慌てて槍を振り払うと、丁寧な仕草で屋敷の中に招いた。
その丁寧な仕草に少し戸惑うが、おっさんオマリィから何か指示があったのだろう。遠慮なく屋敷に足を踏み入れた。
通された先は、いつもの応接室だ。ここまでの道中、屋敷の使用人たちは慌ただしく動き回っていた。余程の緊急事態が起きているらしい。時期が悪かったのだろうか。
応接室のソファに座り、オマリィが来るのを待つと、程なくして応接室の扉が静かに開いた。
「待たせたナァ。今日は少し立て込んでおるのだァ。遥々来てもらって悪いがァ、手短に頼むゥ」
おっさんオマリィは、俺達の向かいのソファに座りながら言う。
相変わらずねちっこい喋り方をするなあ。
「忙しいなら出直そうか?」
「それには及ばぬゥ。アーヴィンのことであろォ。ケインには会えたのかァ?」
「悪いが……ケインさんは既に亡くなっていたよ」
「何ィ! それは 真(まこと) かァ!」
オマリィは、顔色を変えて叫んだ。
「ああ。俺たちがエウラに到着した時、行方不明になってから 1月(ひとつき) ほど経過していた」
「フンムゥ……惜しいなァ……良い男だったのだがァ……」
寂しそうに呟く。確か、個人的な友人だったはずだ。落ち込むのは当然だろう。
「エウラの冒険者ギルドに、墓石を作ってきた。暇になったら行ってみろ」
「ムゥ……ケインはそんな大層な人物になっておったか?」
普通、公共の施設に墓が建つような人は、何か大きなことを成し遂げた大物だ。ケインは優秀だったようだが、それでも普通の薬草採取人なので、本来ならギルドの敷地に墓が建つことは無い。
「俺達が勝手に作ったんだよ。冒険者ギルドのモニュメントとして、大事にされているはずだ」
ギルドの職員には、墓だということも知らせていない。日本語で『ケインの墓』と彫り込んである。その意味が分かるのは、俺たちと使徒だけだ。
「フンムゥ……良くやってくれたァ。感謝するゥ」
オマリィは弱々しい笑みを浮かべながら言うと、手を合わせて天を仰いだ。追悼の意味があるのだろう。
祈りが終わるのを待っていると、姿勢を正したオマリィは、すぐに話を再開した。
「それで、アーヴィンは今どこに居るゥ?」
「俺の別荘だ。詳しい場所は言えないが、安全な所だよ」
エルミンスールでは、エルフたちが結界を再設置した。魔物の襲撃を受ける危険は無い。
部外者が来る心配もないので、おそらくこの世界で一番安全な場所だ。
「フンムゥ……承知したァ。迷惑を掛けたナァ。迷惑ついでにィ、もうしばらく預かってくれィ」
アーヴィンを帰すための話をしたかったのだが、逆に延長を申し込まれた。俺も困っているわけではないので、快く引き受ける。
ミルジアの教会は、アーヴィンの身柄を狙っている。ほとぼりが冷めるまでは預かるつもりだ。
「それは全然構わないんだけど、まだ教会の問題が解決していないのか?」
「違うのだァ。隣の街で魔物の襲撃が始まったァ。今はその対策に追われているゥ」
オマリィは冷静な態度で言う。
「おいおい、こんな所で話をしている場合じゃないだろ」
「まだ大丈夫だァ。本格的な襲来は数日後だァ」
「どういうことだ? 詳しく教えてくれ」
オマリィから話を聞いたのだが、ミルジアでは度々起きることだそうだ。まずはスライムの大群が押し寄せ、次にスライムを餌にしている魔物が来る。そのため、スライムを潰しきれば襲撃が止まるという。
今は、スライムの大群が押し寄せてきている段階。今のうちに対処できれば、被害は最小で収まる。
「なるほどな。早くなんとかしないと拙いだろ」
「これまではァ、ミルズ神がなんとかしてくれたァ。
今はァ教会の連中が必死で祈っているゥ」
なんと無駄な努力を……。助けてくれるはずのミルズは、すでにこの世に居ないぞ。
と言うか、ヤバイな。これでもし街が滅びるようなことがあれば、半分は俺の責任じゃないか?
魔道具販売どころじゃないぞ。知ってしまった以上、手を出さざるを得ない。
みんなに目で合図をする。
リーズだけは楽しそうに首を縦に振っているが、みんなは神妙な顔付きで静かに頷いた。全員賛成のようだ。
「知っての通り、俺たちは多少戦えるんだが。良かったら手を貸すぞ?」
「すまないィ……頼みたいィ。だがァ高い報酬は払えんぞォ……高い報酬が要るのだろォ?」
オマリィからは放送のことを突っ込まれなかったが、しっかりと聞いていたようだ。俺の宣言を意識しているらしい。『報酬を貰う』とは言ったが、『高い』とは言っていないんだよなあ。少し誤解されている。
「構わないさ。そのかわり、素材は貰っていくぞ」
「もちろんだァ。好きなだけ持って帰れェ」
スライムからは素材が取れないので、スライムを餌にしている魔物も同時に狙う。おそらく街の近くまでは来ているだろう。
サイクロプス程度なら無双できるから、考えようによっては大儲けのチャンスだ。
オマリィから地図を借り、目的地を確認した。バルーチから南に行った場所にある、カルールという街だそうだ。オマリィ家の領地で、人口は1万人ほど。それほど大きくない。
その辺りは未探索なので、ついでにマップも埋めよう。