作品タイトル不明
閑話 王の苦労、国民は知らず
コーから騎士相当の身分を剥奪した後、物凄い後悔と焦燥感に襲われた。感情的になって先走ってしまった。話の真偽を確かめる前に返答してしまったのは、明らかに余の失敗だ。
魔導院からランデルという男を呼び出し、話を聞いた。はじめは渋っていたが、2人きりの対談だったため、どうにか警戒を解かせることに成功した。
まさか、偽造術式を作っておったとは……。我が国の魔導院の技術力の高さに、あらためて驚かされる。
得られた情報をもとに会議をした結果、使徒召喚は『中止』ではなく『延期』という結論になった。このまま許可を出さなければ、実質中止と同じである。それは問題無い。
問題なのは、会議をしている間に使徒の2人が行方不明になったことだ。風呂場から 忽然(こつぜん) と姿を消したという話であった。確実にコーの仕業であろう。そんなことができる者は、コーしか思い当たらない。
コーは余の目の前からも突然姿を消してみせた。おそらく、伝説で聞く転移魔法だ。エルフの貴族だけが使えるという究極の魔法……。
何故コーがそんな魔法を使えるのか。甚だ疑問ではあるが、奴なら絶滅したはずのエルフと交流があっても不思議ではない。それほど異常な奴だ。そんな奴に絶縁を突きつけたのだ。だいぶ拙い。普通の国民が相手なら何の問題も無い。だが、相手はコーだ。
今我が国は、建国以来最大の危機に瀕しておると言っても過言ではない。奴ならきっと、王城でも 躊躇(ためら) いなく壊しに来る。それができるだけの力もある。
コー単体でも厄介だというのに、仲間まで曲者が揃っておる。話をするだけでも困難な元王宮魔道士が2人、独自の文化を持つ獣人が1人。もう1人も、単独行動ができるような高ランク冒険者だと聞いておる。
連中は、貴族にも王族にも臆することが無い。遠慮もなければ敬意も払わない。それは、国の庇護を受けなくても生きられるからだ。こういった連中は扱いに困る。
さらに、最近全員がAランク試験に合格したという話だ。
冒険者が好きなランクの試験を受けられる権利『特例試験』は、罠の側面もある。多くの者が分不相応なランクに挑み、手も足も出ず失敗する。伸びた鼻っ柱をへし折り、反省と努力を促す効果がある。
コーの試験票を見た時、思わず口元が緩んだ。「絶対に失敗する、その時の反省した顔が見ものだ」そう思っておったのだが、しれっと合格していた。しかも全員がだ。
「益々調子に乗るではないか……」そんな余の心配は、見事に的中した。コーには立場の優位性は全く効果が無い。身分の剥奪を言い渡した時も、眉1つ動かすこと無く受け入れた。奴にとって、身分などはあっても無くても関係無いのであろう。
万が一コーが反乱を起こした場合を想定する。
……嫌な予感しかしない。元訓練教官のグラッドを個別に呼び出し、話を聞いた。
「万が一の話だが……あくまでも万が一だぞ? 有り得ないからな。
万が一、コーとその仲間たちがこの国に牙を剥いた場合、この国の被害はどうなるだろうか」
「はっはっはっ。なかなか面白いことを仰る。おそらく誰も死なずに終わるでしょうな」
グラッドは冗談だと思ったのか、カラカラと笑いながら答えた。
グラッドの部隊は、我が国きっての精鋭揃いだ。隊員は最低でもAランク冒険者に匹敵する戦闘能力を有しておる。全員で掛かれば制圧可能なのであろう。
「ふむ。簡単に制圧できると?」
「そうですな。1日は掛からんでしょう。朝に始まれば、その日の夕方には国が無くなっておりますぞ」
「……うん?」
眉間にシワを寄せて聞き返す。グラッドの言いたいことが読めぬ。
「どうされました?」
「どういう意味だ?」
「コーは、どういうわけか人殺しを避けているようなのです。ミルジア兵と衝突しかけた時も、結局誰も死んでいないようでした。
ですから、我が国の兵は誰も死なんでしょう」
話がうまく噛み合わない。まるで負ける前提のように聞こえるが……。
「我が国が負けると?」
「はっはっはっ。どうやって勝つおつもりか。私が預かっている部隊全員で掛かったとしても、元王宮魔道士の少女1人に勝てませんぞ。
兵の配置が悪ければ、昼前には終わりますな」
グラッドは楽しげに笑いながら答えた。やはり冗談だと思っておるようだが、グラッドが冗談を言っているようには見えない。戦力の差はそんなにもあるのか?
その少女というのは、ルナのことであろう。使徒召喚後に辞めていった1人だ。そんなに戦える人間ではなかったハズなのだが……。コーには特別な訓練方法があるのであろうか。
ともかく、コーが何か事を起こすとしたら、彼女もきっと行動を共にする。拙い。
「時にグラッドよ……。既にコーに喧嘩を売っておるのだが、何か良い手は無いか?」
「またまたご冗談を。その冗談はさすがに笑えませんぞ」
グラッドの顔色が変わった。先程の話は大げさに言っているわけでもないようだ。かなり拙い。
冗談……冗談ということにしよう。幸い、あの時のやり取りを聞いていた者は誰もおらぬ。それならばあの話自体を無かったことにすれば良い。
「ふふふ。冗談だ。この話は忘れろ」
グラッドには、使徒召喚に関わる全ての業務の凍結と教会の監視を言い渡す。ついでに、コーを見かけたら城に連れてくるよう命令した。
夜明けと共に行動を開始する。
文章では真意が伝わりにくいため、できるだけ丁寧な謝罪文を寝ずに考えた。渾身の出来になったと思う。そして、その文を転写機で送った。まあ、その全ては無視されたのだが。
呼び出しは無視されたが、グラッドが連れてきてくれた。コーも既に行動を開始しておったようで、教会を破壊しておる最中に確保したらしい。大事になる前で良かった。
簡単な謁見の後、個人的な対談。本番は休憩室での個人的な対談だ。
転移魔法の為せる技なのか、余よりも先に休憩室で待機しておった。それは構わない。呼んだのは余だ。しかし、何故余のソファにコーが座っておるのか。家臣用のソファは6人座れるというのに……何故余が使用人用の丸椅子なのだ……。
座り慣れぬ椅子で尻が痛い。ソファを返してほしいが、王族たるもの、動揺を悟られるわけにはいかぬ。指摘をせずに話を始める。
使徒召喚の術式を手に入れることができれば我らの勝利だ。コーリーの協力を得られるなら、穏便に事を済ませられる。余の呼び出しは無視されたが、ルナとリリィの呼びかけであれば耳を傾けるであろう。
この件はコーへの依頼とする。そこで、コーはこんな条件を提示してきた。
「1つ、手段は問わない。2つ、この依頼は国が術式を手に入れるまで有効とする。以上だ」
1つ目の条件が少し引っかかるが……まぁ酷いことにはならぬであろう。
その見通しが甘すぎたということは、次の日にわかった。警備担当の文官から、教会に起きた異変を報告された。
「教会の一部が消失しました。天変地異か、魔力災害か……すぐに調査団の派遣をお願いします」
かなり大規模な事件だというのに、死人は出ていないと言う。
絶対にコーの仕業ではないか。コーに依頼を出したのは余だ。方法についても、余が許可を出しておる。余の責任だ。
奴が証拠を残しておるとは思えぬが、本気で調査をするわけにはいかぬ。
「うむ。グラッド隊を派遣する。危険だから他の兵士は近付くな」
グラッド隊の者であれば上手く誤魔化してくれるはずだ。コーの性格や攻撃手段も、余よりも詳しく理解しておる。すぐ犯人がコーだと気付き、対処してくれるであろう。
しかし……早めに和解しておいて良かった。王城が消失していてもおかしくなかったのだ。半日で負けると言うグラッドの予測は正しかった。
コーが派手に動いたということは、すでに目標を達成しておるのだろう。コーがいつ来ても良いように、今のうちに休憩室のソファを入れ替えておく。12人分のソファがあれば、余の席が無くなるようなことは無い。
……何故余の予想が簡単に覆されるのだ。王の部屋のソファで寝ている者がおるなど、誰が予想できようか。
またしても余の席が丸椅子になっておる。事前連絡を寄越さないのはいつものことであるが……せめて普通に座っていてほしい。
「……コーよ。何かおかしいとは思わぬか?」
「ん? 何かおかしいことでもあったのか?」
このやり取りは2回目だ。さすがに今日は指摘する。王のソファで寝るというのは、さすがにやりすぎだと思うのだ。
余の苦言はするりと躱され、話題は重要な報告になった。もう席の話をできる雰囲気ではない。しばらくは丸椅子で我慢して、コーの話を聞く。
「神がすり替わっていることは以前話したよな? その神だが、さっき消滅を確認した。近々、本物に戻そうと思っている」
「……うん?」
神が……消滅? 何を言っておるのだ……。本物に戻すとは?
まるで本物の神と面識があるような言い方であるが……コーなら神が知り合いでも驚かぬ。きっと本物の神と友達になったのだろう。きっとそうだ。
「帝国の神が消滅したことも確認している。これからしばらく各国の教会が荒れるから、覚悟しておいてくれ」
神はそう簡単に消滅しない。過去に1度だけ前例があると聞いたことがあるが、人間が勝てる相手ではない。
本物の神(コーの友達) が消したのであろう。まさか……コーの仕業ではないよな? いくらコーでも、神より強いなんてことは無いよな?
いや、神を倒しうる存在と知り合いというだけでも十分に脅威だ。ちょっと余の手に余るかな……。
今後のことを考えると、頭が痛い。丸椅子の上に乗せた尻も痛い。
コーは、まるで他人事のように「覚悟しろ」と言った。もう関わる気が無いのだな。「少しは手伝え」と思うが……コーの手を借りてもいいものなのか。判断に困る。
しかし……何故コーが動くと事が大きくなるのだ……。穏便に済ませるだけの技量があるくせに、わざわざ 大事(おおごと) になる選択ばかりする。
重要な作戦はコーを関わらせない、という方針も無理だ。持ち前の嗅覚で騒ぎを聞きつけ、余の与り知らぬ所でもっと暴れる。除け者にされたと思って、余計に騒ぎを大きくするであろう。
コーが日に日に厄介になっていく。もう我が国の一般国民として扱うには無理がある。だからといって他所の国に居着かれると面倒だし、爵位や土地は受け取ってくれぬし……。いっそ、どこかで適当に国を興してくれぬだろうか。