作品タイトル不明
帰還計画
使徒召喚の実験を終え、周囲に渦巻いていた魔力は霧散した。もう立てない。気を付けの姿勢のまま、仰向けに倒れ込んだ。
雪隠結界はまだ消えていない。このままでは辛いので、ポケットの中の石を放り投げて救援を呼んだ。
すると、全員が血相を変えて結界の中に飛び込んできた。
「大丈夫ですか!?」
「大丈夫だが、動けない。完全な魔力切れだ。とりあえず、結界の外に出たい」
「それ、大丈夫とは言わないですよ……?」
「どうして普通に喋れるのよ……気絶どころか、死んでもおかしくない状態よ?」
極限まで魔力を使うと、死ぬこともあるらしい。どうりで死にそうなほど辛いわけだ。本当に死にかけているんだな。
リリィさんに抱えられ、結界の外に出た。冷たい風が頬を刺す。かなり寒くなってきたな。雪が降りそうだ。
……身体強化すら使えないほど消耗しているのか。温度調節が付いた服と身体強化の効果で、普段は寒くても気にならない。というか温度変化に気付かない。今は身体強化が切れているので、外の温度に気付くことができたんだ。
椅子に座ることすらままならないので、地面に布を敷いて仰向けに寝かされた。今の俺の枕は、ルナの膝だ。少し照れくさいが、拒む体力など残っていない。
首から上に神経を集中して休んでいると、クレアが 仄(ほの) かに湯気が立ち上るカップを持って、手渡してきた。中にはポーションのお湯割りが入れられているらしい。
「辛いだろうから、ちょっと薄めたわよ。ゆっくり飲んでね」
渡されたカップを手に取ると、手からハラリと紙切れがこぼれ落ちた。使徒召喚の術式だ。
しんどすぎて忘れていたが、術式の紙は燃えて灰になっている。俺が掴んでいた部分だけが、かろうじて紙の原型を保っている状態だ。もう使い物にならないな。
術式の残骸をポケットに仕舞い、上体を起こしてポーションを飲んだ。
薄めたポーションは苦味が薄まり、ずいぶんと飲みやすくなっていた。苦味が強めのミントティーみたいだ。これはこれで結構美味い。
この新型ポーション、薄めた状態で完成と言ってもいいんじゃないかな。
「ありがとう。少しは回復できたよ」
体の節々が痛むが、なんとか動けるようにはなった。転移できるまではもう少し掛かりそうだな。
残りのポーションに口をつける俺に、リリィさんが声を掛けた。
「それで、何か分かったかい?」
「ああ。使徒召喚の魔法は理解した。でも、使うとこうなるぞ。消費魔力が大きすぎるんだ」
「本来は11人で起動する魔法ですからね……。不発にならなかったんですか?」
魔法を使う時、魔力が足りなければ何も起こらない。起動する時に使った魔力が霧散するだけだ。この実験も、それだけで終わるはずだった。
「俺の意図に反して暴走した。強制的に魔力を吸われたんだ。止めようにも、止め方が分からないからな。正常に起動させるまでは制御できなかったぞ」
やはり俺1人で挑んで正解だった。あの場に誰かが居たら、間違いなく巻き込まれていただろう。
「その魔法は使わない方が良いかもしれませんね……」
ルナが心配そうに呟く。できれば俺も、二度と使いたくない。でも、地球に帰るためにはこの魔法を使うしか無い。代替案は 漂流(ドリフト) だが、 漂流(ドリフト) には頼りたくないんだよなあ。
「魔力さえあればどうにかなるんだ。何か良い手は無いかな……」
「ねー、魔道具にはできないの?」
リーズが俺の体にしがみつきながら言う。俺は体を起こすだけでもしんどいので、そのままリーズに体重を預けた。
「それは難しくないか? 俺には魔道具の設計なんかできないからな。かなり複雑だぞ」
「あ……私とリリィさんならできるかもしれません。私たちは一度解析していますから、コーさんにも協力していただければ、なんとか……」
「ルナ君、それだけでは無理だよ。魔力不足は補いきれない」
俺にしか使えない魔法を魔道具にした実績は、今までに何度もある。服や体を洗うための『ウォッシュ』や、掃除用の『ブロア』がそうだ。その時の経験から、魔法を魔道具にすることは可能だ。
問題なのは、魔道具を起動するための魔力が足りない事。普通の魔道具は、周囲の魔力か使用者の魔力を使って起動する。周囲にも使用者にも、使徒召喚を起動するだけの魔力は無い。
話し合いは暗礁に乗り上げてしまった。起動用の魔道具を作ることはできるので、あとはどうにかして魔力を確保するだけだ。せめて半分くらいの補助があれば、安全に起動できるんだよなあ。
良いアイディアが出ないまま、しばらく沈黙が続く。すると、突然スマホが震え出した。ボナンザさんの店でトラブルが発生したのかもしれない。
しんどい体に鞭打って、スマホの画面を確認する。
画面に映し出された文字は、『長老』だ。エルフの村の長老だな。あっちでもトラブルが発生しているのか?
「もしもし」
『もしもし。久しぶりじゃの。最近顔を見ておらぬが、どうしたのじゃ?』
長老の気が抜けた声が届く。そののんびりとした口調から、火急の用では無いということが窺える。
「ちょっと忙しくてな。急ぎの用が無いなら切るぞ。今は魔道具の起動をするだけでもしんどいんだよ」
『ふむ……。それはすまなかった。近々結界を修理するのでな。その知らせじゃ。手が空いたら村に寄ってくれ』
エルフの村では、3つのうち2つの結界が壊されている。修理の見学をさせてもらうようお願いしていたのだが、その連絡だったらしい。
「わざわざありがとう。魔力が回復したらすぐに行くよ。本当にしんどいから切るぞ」
『うむ、わかった。では待っておるぞ』
通話が終了した事を確認し、スマホをマジックバッグに仕舞った。
「何か問題ですか……?」
「いや、別に問題は起きていないぞ。エルフの村で、結界の修理をするらしい」
「それだ!」
リリィさんが突然立ち上がって大声を出した。
「どうした?」
「エルフの結界には、魔力を貯め込む装置が組み込まれているのだ。それがあれば魔力不足を補える!」
唐突に解決した。エルフの結界は資料も残っているらしいので、その資料と照らし合わせれば、魔力の電池みたいなものが作れるはずだ。
「エルフの村……? エルフはまだ残っていらっしゃるのですか?」
ルミアが驚いた顔で言う。
「言っていなかったか? ほんの少しだけど残っているぞ。まあ、誰も知らないことだから黙っておいてくれ」
俺の言葉に、ルミアは神妙な顔で頷いた。
転移魔法1回分の魔力が回復したところで、宿に転移する。
今日はもうボナンザさんの店に行くだけの魔力が無い。なんとか歩ける程度だ。店の様子が気になるので、スマホで聞こう。
宿に入ると。久しぶりに店主と顔を合わせた。物凄く疲れた表情をしていたので、クソ不味い旧型ポーションを10本手渡した。
「気を使わせて悪いな……。10本も貰って、いいのか? 安い物じゃないだろう」
店主が疲れているのは、1割くらいは俺のせいだ。残りの9割はボナンザさんのせい。そっちは金で解決しているだろう。
「気にするなよ。金はそれほど掛かっていないから」
クレアが作ったものなので、原価はたかが知れている。ガラス瓶が高いくらいだ。
新型ポーションが完成した時、クレアがガラス瓶確保のために旧型の中身を捨てようとしていたので慌てて止めた。旧型は売るつもりで持っているのだが、タダであげても問題無い。
「ありがとう。今日の宿代はタダでいい。ゆっくりしていってくれ」
店主はそう言って、奥へと消えていった。こんなに感謝されるなら、旧型ポーションは配り歩いてもいいな。世話になっている人たちにあげてしまおう。
今日は書き置きだけを残して出発した。そのため、まだ宿泊費を払っていない。タダでいいと言われてしまったので、そのまま部屋に向かう。チェックアウトしていないので昨日と同じ部屋だ。
部屋に入ったら、スマホを取り出して善を呼び出す。
「そっちの様子に変わりは無いか?」
『うん、何も無いよ。僕も美織もいつも通り。アーヴィン君も変わった様子は見られないよ』
善と一条さんには、アーヴィンについて詳しく教えていない。中身が元使徒であることはおろか、女の子であることも知らないはずだ。それでも一応上手くやれているらしい。
「了解。それならいいんだ。今日はそっちに顔を出せそうにないから、適当に過ごしてくれ。
それから、スマホのことはボナンザさんにも言わないでくれよ」
寄越せと言われそうなんだよな。あれば便利なんだけど、あまり世に広めたくない。
『ごめん……手遅れ。今、僕の隣に居るよ……』
しまった……。スマホで連絡を取ったのは迂闊だったか。
「……どうにか誤魔化してくれ。頼んだ」
『ちょっ! 無理……』
善が何かを言いかけていたが、通話を切る操作を止めることはできなかった。後は善の話術次第だ。でもあいつはバカ正直だから、たぶん誤魔化しきれないだろうなあ。
ボナンザさんにもスマホを渡すつもりでいた方が良いかもしれない。
動く気力が残っていないので、夕食が終わったらさっさと休む。他のみんなは雑談をしながらあれこれ作業をしていたが、俺は参加できそうにない。
疲れのあまり、ぐっすりと寝入ってしまった。数カ月ぶりの深い眠りだ。目を覚ますまでは誰の気配も何じること無く、朝を迎えた。夜明けと共に行動開始だ。
「おはようございます。具合はどうですか?」
俺が目を覚ますと、ルナは既に起きて準備を終えていた。いつもならその物音で目を覚ますのだが、今日は全く気付かなかった。
「良くはないが、悪くもないかな。エルフの村に行くくらいなら大丈夫だぞ」
使いすぎた魔力は、半分ほど回復している。本調子ではないが、転移するだけなら問題無い。
朝食を済ませたら、まずはボナンザさんの店に行く。ルミアを預けるためだ。
ルミアの今の見た目は、どう見てもエルフ。この国にはエルフを知っている人が居ないので、ルミアを見てもエルフだとバレる心配は無い。
でも、さすがにエルフの村に連れていくのは拙い。確実に怪しまれる。今日は時間が無いので、余計な問題を持ち込みたくない。
ボナンザさんの店に転移し、扉を開けた。まだ開店前なのか、店員のイケメンが店内の掃き掃除をしている。
「おはよう。ボナンザさんは?」
「女将はまだ寝ていますよ。呼んできましょうか」
イケメンは、掃除をする手を止めて背筋を伸ばした。教育が行き届いているというか、礼儀正しすぎて逆に困る。
「いや、いい。少し王都を離れるから、1人追加で預かってほしい。用が済んだらできるだけ早く戻るよ」
「承知いたしました。女将に伝えておきます。お預かりしているお三方には何か御用はございますか?」
「いや、特に無い。どうせ寝ているんだろ。起こしたら悪いからな」
イケメンとルミアに別れを告げ、店の外に出た。ボナンザさんが寝ていて助かったよ。絶対にスマホをおねだりされていただろう。
エルフの村に転移する。転移魔法で直接入ることができるようになったので、結界の解除は必要無い。
結界の修理を見せてもらう本来の目的は、結界の解除をするためだ。それはもう必要無い。正直、結界の資料だけ借りられればいいような気がする。
でも、せっかく見せてくれると言うのだ。厚意に甘えよう。