軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

基準

グラッド教官は「仕事がある」と言って去っていった。夕食までまだ少し時間があるので、魔導院に寄ってから帰ろうと思う。

ちょうど元従業員のルナとリリィさんしか居ないし、翻訳の指輪を作るための資料も借りっぱなしになっているからな。

魔導院の扉をノックしたが、誰も出てこない。中に人の気配が感じられたので、扉を開けて勝手に入った。

いつもなら騒々しく作業しているはずなのに、今日は活気が無い。

「誰も居ないのか?」

そう問いかけると、奥から主任が出てきた。

「おや、ルナちゃんとリリィじゃないか。よく来たね。ゆっくりしていきなさい。コーは帰れ」

この人、ルナとリリィさんの元上司なのだが、ルナに物凄く甘い。そして俺には物凄く厳しい。

以前よりもさらに厳しくなった気がする……。リリィさんも連れ出したからかな。

「俺が帰るなら2人も連れて帰るぞ」

「……ゆっくりしていけ」

主任は「ちっ」と舌打ちをしながら言う。

応接室の椅子に座ると、ルナがお茶を入れてきた。古巣だけあって、慣れた手付きだ。

「妙に静かだが、何かあったか?」

「ミルジアの骨董市だよ。手分けをして街を回っているからな。

だが、そろそろ終わった頃だ。数日中に戻るだろう」

最低限の作業員を残し、多くの人員が外出しているらしい。もちろんミルジアにも行くのだが、国内の古道具屋も見て回るという。ミルジアで買い付けした骨董品が狙いだそうだ。

今残っているのは、急ぎの仕事を抱える人と、魔導院の責任者だけだ。

「主任は行かなかったのか?」

「責任者がここを離れるわけにはいかないだろう。リリィはどうだ? 今年は行けたのか?」

「あぁ、連れていってもらったよ。今年の骨董市は、とても刺激的で楽しかった。魔導院では味わえないものだったよ」

リリィさんがニコニコと笑いながら言う。刺激……サイクロプス狩り競争のことかな。ボナンザさんと意気投合して、とても楽しそうにしていた。俺としては若干心配だ。「ボナンザさんになりたい」とか言い出さないよな?

「それは良かった。ルナちゃんはどうだ? 楽しかったか?」

「はい。初めてでしたので少し戸惑いましたが、楽しくお買い物ができました」

「コーが嫌になったら、いつでも帰ってきていいからね。いつでも帰っておいで。コーが死んだらすぐに帰ってくるといい」

縁起でもないことを言うなよ……。腹立つから、意地でも長生きしてやろう。

「ふふふ。心配ありません。いつも楽しく過ごしていますよ」

ルナが笑顔で返す。でもちょっと、目が笑っていないかな……。主任の軽口に、イラッとしたらしい。ルナの目が怖いから話題を変えよう。

「近況報告はこれくらいにして、翻訳の資料を返すぞ。助かったよ。ありがとう」

「役に立て良かった。

しかし、今更どうして神託の指輪なんだ? コーは十分喋れるだろう」

主任は困惑した表情を浮かべながら、資料を受け取った。

リリィさんは借りる時に説明しなかったのか。まあ、説明しにくいことではあるよな。深く説明しようと思うと、エルミンスールとエルフの話題になってしまう。主任ならそれなりに信用できるが、それでも軽々しく話せるものではない。

「たまたま神代文字の資料を見つけたんだ。何が書いてあるかが知りたかった」

そう言って、魔導書『ディエゴの日記』を取り出した。

「むむ……こんな資料が……どこに?」

「どこにあったかは言えないが、これを読むために必要だったんだ」

はい、大嘘。これを読むためにも使ったが、本来の目的は別にある。嘘をつくときは真実を半分混ぜる。これ、嘘つきの常識。

「これには……何が書いてあったんだ?」

主任が物凄く真剣な顔つきで聞く。

「残念だが、ただの日記だったぞ。かなり個人的で可哀想な内容だったから、俺の口からは語れない」

「嘘をつくな! ただの日記が、どうしてこんなに上等な本になっているんだ!」

主任は必死の形相で俺の腕を掴んだ。

「そうなんだよ。俺もそれに騙された。本当にただの日記なんだ。一応、当時の権力者が書いた物だった。

試しに読んでみるといい」

翻訳の指輪を渡し、ディエゴの日記の中でも最も残念なページを開いて見せた。

しばらくの沈黙の後、主任は顔を赤らめて言う。

「……妙な物を見せるんじゃない。こっちまで恥ずかしくなるじゃないか」

そう言って、本と指輪を突き返してきた。まあ、こんな物を読みたがる奴は余程の物好きだけだからな。

「だから、ただの日記だと言っただろう。どうする? 研究でもしてみるか?」

「遠慮しておく。いや、読みたがる奴も居るかもしれないな……」

あ、ヤバイ。ちょっと食いついた。この魔導院には、物好きしか居ないんだった。

「冗談だ。本人の名誉のため、近々焼くつもりなんだ」

「そうか……。当時の生活を知ることができる、貴重な資料なんだがな」

そういう見方もできるのか……。でも、ディエゴは当時としてもおかしな奴だったと思うぞ。あれが標準だと思われたら、当時のエルフが可哀想だ。

「今度、もっとまともな資料を持ってきてやるよ。だからこれは諦めろ」

「ふむ……。そういうことなら仕方がない。次に何かを見つけたら、私にも見せてくれ」

主任には落胆した様子が見られない。この日記を本気で研究したいとは思っていなかったようだ。

「コーさん、そろそろ……」

ルナが俺の服を引っ張る。夕食の時間が来たようだ。魔道具の話もしたかったが、それはまた次回だな。

「邪魔して悪かった。また来るよ」

「む……まだいいだろう。せっかくだから泊まっていきなさい。

あ、コーは帰っていいからな」

「だから、俺が帰るんなら2人も一緒に帰るって。じゃあ、またな」

ルナとリリィさんが主任に礼をして、魔導院から出た。俺も主任に軽く手を振って後に続く。

外は既に薄暗くなっている。宿屋待機組を待たせるのも悪いので、転移で即座に帰った。行き先は宿の俺の部屋。リビングがあるので、そこに飛ぶ。

「ぅわぁっ!」

アーヴィンの叫び声が響く。ソファの前に座って何かを書いていたが、驚いて転がった。

「良い子にしていたか?」

「だから子ども扱いしないでって言ってるじゃん」

不満そうに頬をふくらませる。微妙なお年頃だからなあ。

アーヴィンの部屋は、クレアたちと同じだ。てっきりそっちに居ると思っていたのだが、リビングで寛いでいた。

「クレアとリーズは一緒じゃないのか?」

「ううん。クレアさんはトイレに行ってる。リーズさんは寝ちゃったから、ベッドに連れていったよ」

気配察知でリーズの居場所を確認すると、隣の部屋に居ることがわかった。俺のベッドで寝ているらしい。とりあえず起こしておこう。

寝室のドアを開けて声を掛けると、寝ぼけたリーズがリビングに来た。

クレアも部屋に戻ったので、揃って食堂に向かった。

夕食を終えて部屋に戻ると、いつもの雑談が始まった。今日の話題は、アーヴィンの今後だ。

「しばらくの間、俺たちの隠れ家に居てもらおうと思っている」

エルミンスールの詳細を教えることはできないので、隠れ家ということにしておく。転移魔法で飛ぶため、位置や詳細を知られることは無いだろう。

「え? 秘密基地? 凄い! 秘密基地を持ってるんだ!」

アーヴィンのテンションが上がった。変な所で子どもっぽいんだよなあ。よしよしと頭を撫でると、ふくれっ面で俺の手をどけた。

「街からはかなり離れているから、見つかる心配は無いぞ。そのかわり、食料が不足したら死ぬ」

「え……なんて場所に作ったの……」

俺が作ったんじゃないんだから、文句は言わないでほしい。

でも、単独行動できるくらい強ければ、周囲のジャングルでいくらでも食料が手に入る。

「現地調達は可能だぞ。身体強化はできるようになったのか?」

アーヴィンの訓練は、クレアとリリィさんに任せた。心と体は女の子なので、俺が訓練するのは拙い気がしたんだ。というか絶対拙いだろ。

「う……それは……」

言葉に詰まるアーヴィンに代わり、クレアが言う。

「正直、あまり良くないわね。アタシたちの時と何が違うのかしら」

クレアの言葉に、アーヴィンが俯いて黙った。

使徒時代から考えると、経験には問題が無い。年齢の問題か……それとも、やっぱり一度ハードな訓練をした方がいいのかな。

「どうする? 手っ取り早く、一度死にかけてみるか?」

「嫌っ!」

「コーさん、それはさすがに……」

アーヴィンの即答と共に、ルナから窘められた。いいアイディアだと思ったんだけどなあ。

言い方が悪かったのかな。言い直してみよう。

「死にそうになるけど、ギリギリで死なないような、絶妙なバランスの訓練だぞ?」

「ダメだって……。コーの基準で『ギリギリ死なない』は、一般人にとっては『九死に一生』のレベルだから……」

クレアからも窘められた。言い方の問題でも無かったらしい。

うーん、俺は先日のハインツ戦で思い切り死にかけたんだけど、おかげでかなり魔法が使えるようになったんだよな。他のみんなも、キツめの戦闘訓練で強化魔法が使えるようになっている。アーヴィンも、戦闘させないと上達しないかもしれない。

「わかった。少しレベルを下げて、『怪我をするかもしれない』訓練にしよう」

これは兵士の模擬戦くらいの訓練。辛いのは最初だけで、後は慣れだ。

「う……それくらいならなんとか……」

「こんさんの基準だとねぇ、骨折は怪我じゃないよー」

「やめとくっ!」

リーズが余計なことを言うから、アーヴィンが拒否してしまったじゃないか。

「リーズ、それは言いすぎだぞ。手足はともかく、首や背骨が折れたらさすがに怪我だよ」

戦闘中の骨折なら手足でも命取りだが、訓練中なら問題無い。怪我の基準は、痛みを我慢して動けるかどうかだ。

「手足は怪我じゃないんだ……」

アーヴィンは、口元を引き攣らして呟いた。心を閉ざしてしまったらしい。キツめの訓練は無理っぽいな。残念。

ゆっくり地道にやるしかないが、どれくらいの時間があるんだろう。

「ところで、アーヴィンはいつまで身を隠せばいいんだ?」

「わかんない。半年くらい? でも屋敷の様子を見てみないと……」

それなりに長期間匿う必要があるらしい。定期的にオマリィ邸を見に行くのか……。かなり面倒だな。転写機を買って渡しておこう。代金は、アーヴィンの世話代と一緒に必要経費として請求する。貴族だから金はあるだろう。

「わかった。明日起きたら隠れ家に案内するよ」

「ちょっと待って! 食料! 無くなったら死ぬんでしょ?」

アーヴィンは、焦ったように『バン』と机を叩いて大声を出した。

「そうだったな。先に買い出しをしよう」

「……それに、アレンシアの王都……見物したいよ」

アーヴィンの本音がポロッと出た。普通はミルジアの人が王都に入ることは無い。この辺りのルールはミルジアに行く時とほぼ同じだ。越境許可証を持つ人だけが、限られた街に入ることができる。

ミルジアの人がアレンシアの王都に入るには、特別な理由が必要になる。ちなみにアーヴィンは、密入国だ。

アーヴィンのリクエストに応え、買い物に行こうと思う。そろそろ金ボアの服が仕上がっている頃だし、ちょうどいいな。たまった雑用を終わらせよう。