作品タイトル不明
賭けっこ
グントゥールの街の宿の中、ルナは安っぽいベッドの上で眠っている。俺が目を覚まして起き上がると、すぐに目を覚ました。少し眠そうだが問題無い。スマホで全員を起こし、俺とルナの部屋に集合した。
割高だが、いつも通り2人用の寝室にリビングが付いた部屋を取った。この部屋には簡素なソファと凹凸が激しいテーブルが置かれ、ちょっとした会議ができるようになっている。
リリィさんは眠気を感じている様子が全く無い。ショートスリーパーなのかな。寝不足に慣れているのかもしれない。
クレアはうつらうつらと体を揺らし、今にも寝入ってしまいそうだ。リーズはソファで横になって二度寝している。
起きたは良いけど、そういえば昨日から碌に食べていないんだよな。走りながらパンを齧っただけだ。
「外に出て、何か食べよう」
空腹の壁は既に越えている。むしろ食べなくても平気なほどに。でも、しばらくしたら空腹の波が押し寄せてくるはずだ。素直に食べておいた方がいい。
「そうですね。この街は何がありますかね」
「この街なら、煮込みだろう。肉と野菜を煮込んだだけの料理だが、なかなか美味いぞ」
リリィさんは何度もこの街に来ているので、美味しい店を知っているそうだ。案内を任せよう。
「よし、じゃあ行こうか」
二度寝しているリーズを起こす。
「ふぁぁぁぁい」
あくびなのか返事なのかよく分からない声を出し、むくりと起き上がった。5人揃って街に出る。
これは起こされるわけだ……。街の中は人で溢れかえり、忙しく走り回っている。おそらく骨董市の準備が大詰めなのだろう。大きな荷物を抱え、道を行ったり来たりしていた。
人にぶつからないよう注意しながら食堂に向かう。この街で屋根走りを使うと、家が何軒か潰れる。移動は徒歩だ。
案内された食堂は、そこそこキレイな大きな建物だった。中からは、ハーブとスパイスが混ざりあったような香りが漂ってくる……というかカレーだな。
「なあ、ここの料理の名前は?」
「特に無いそうだよ。単に『煮込み』と呼ばれている」
この世界では郷土料理の扱いなのかな。もったいない。これがカレーなら、王都で流行らせたいぞ。
「まあいいや。とりあえず入ろう」
店内に掲げられたメニューを見ると、聞いた事が無い名前の肉が3種類並んでいた。メニューはそれだけ。どれを選んでも謎肉だ。一番上でいいだろう。
出された料理を見ると、やっぱりカレー。スパイスの香りが食欲をそそる、本格的なインドのカレーだ。
歪(いびつ) な陶器の器には、日本で見慣れた茶色いスープが入っている。その横には、大きな葉っぱに乗った、ナンのような平たいパンが添えられている。
「フォークが見当たらないのですが……」
ルナは、提供された料理に食器が添えられていないことを不思議に思っているようだ。リリィさんがそれに答える。
「この国では、素手で、それも右手だけで食べるのがマナーだ」
完全にインドだな。まあ、文化の起源は違うだろうが。歴史的経緯は知らないが、この国の文化に従うべきだな。
謎肉は……結局謎のままだった。味は、少しクセが強いかな。美味しいけど、臭みがあって固い。たぶんカレーにしないと食べられないタイプの肉だ。
このあたりは食べられる肉が少ないんだろうな。本当に環境が厳しい国だよ。
食事を終えて店から出ると、街の広場で誰かが言い争っていた。ドスの利いた声が周囲に響く。
「どうしてそんなに高いのよ! ふざけてんの?」
ああ、聞き覚えがある声だなあ。ミルジアに来てたのか、ボナンザさん。
言い合いの相手は、どうやらミルジアの冒険者のようだ。目つきが悪い、程々に筋肉が付いた若い男だ。歳は俺と同じか、少し上。街の中なので軽装だが、腰には剣をぶら下げている。
その足元には、一抱えほどの大きさでロール状に畳まれた、濃い青緑色の革が転がっている。
「ハンッ! テメェ、サイクロプスハンターのディランに逆らうってのか?
サイクロプスの革が欲しいってんなら、金貨1000枚持ってきな!」
「高すぎるっつってんでしょうが! 相場の3倍以上だろ!」
どうやら、ボナンザさんは買い取りの交渉で揉めているらしい。
面倒だから、関わらないでおこう。みんなにそっと「宿に戻るぞ」と告げた。だが、この場を離れるよりも先にボナンザさんと目が合った。拙いな。
「あんた、ちょっとあんた! あんたからも何か言ってやってよ!」
はい、バレましたー。ボナンザさんの目は、確実に俺たちをロックオンした。ここで逃げたら、後で何を言われるかわからない。
「何があったんだよ。状況がわからないぞ」
ボナンザさんは、服の素材を探しに来たと言う。目当ての素材はサイクロプス。 偶々(たまたま) この街に居た冒険者が最近狩っていて、売ってもいいという話になったそうだ。
しかしサイクロプスは高級素材。その上、狩れる技量を持つ冒険者が少なく、ほとんど流通しない。この冒険者は、ここぞとばかりに高値を吹っ掛けているらしい。
「いらねぇんならそれでいい。欲しい奴は他にも居るんだ」
冒険者は、そう言いながら足元の革を持ち上げた。あんなデカイ物を持ち歩いているのか……。アホだな。それとも、こっそりマジックバッグを使っているのかな。
「なあ、ボナンザさんは急いでいるのか?」
「そうね、店が心配だから。今は昔の仲間に任せてるけど、長居はできないよ」
宿屋の店主が頑張っているらしい。可哀想だから急いであげて。
急いでいるからこそ、余計に吹っ掛けてきているんだろうな。足元を見るというやつだ。でも、たかがサイクロプスだぞ? 初めてミルジアに来た時も狩った。持っていけなくて、その場に残しちゃったけど。
「俺たちが狩ろうか?」
1日あれば狩れる。たぶん余裕で、何匹も。
「へっ。テメェらみたいな軟弱者に、サイクロプスが狩れるわけねぇだろ」
ああ、見た目で舐めているな。見た目に騙されるなっていうのは、アレンシアでは常識なんだけどなあ。魔法がある以上、ヒョロヒョロのモヤシみたいな奴でも油断できない。
「あんたたちに任せるんだったら、自分で行くわ」
ボナンザさんもそう言うが、この人は俺たちを舐めているわけではない。狩る時間がもったいないから買おうとしているだけだ。俺たちが狩るのも、自分で狩るのも、掛かる時間は大して変わらないからなあ。
「テメェらみたいな素人とは違うんだよ。見ろや、この状態を。これだけきれいな状態で狩れる奴なんざ、俺の他には居ねぇ!」
冒険者は得意げな顔で、濃い青緑色の革を広げた。引き摺ったような擦り傷は付いているが、全身に渡って大きな傷が無い。唯一、頭が無いことを除いて。首から引き千切られたように、頭だけが無くなっている。それと、魔石を強引に引き抜いた跡がある。
「ねぇ、これって……」
クレアがポツリと呟いた。他のみんなも気が付いたようだ。
この冒険者は片手剣の使い手なのに、この革には刀傷は一切無い。高い位置にある首を落とすには、強力な魔法を使うか足を斬って頭を下げるしか無い。こいつが討伐したと言うには不自然だ。
これ、俺が放棄した奴だ。俺たちが去った後、運良く拾ったらしい。となると、こいつは拾った素材で吹っ掛けているのか。気に入らないな。
俺たちは捨てたんだ。拾った物をどうしようが、拾った奴の自由だ。売ろうが使おうが、俺の知ったことではない。しかし、それを使ってボッタクリをしようという根性が気に食わない。ちょっと嫌がらせをしよう。
「ボナンザさん。そう言うなら、俺と勝負をしないか?
どちらが多く狩れるかの勝負だ」
「……ふふふ。はははははぁ! いいじゃない! やってやるわ!」
ボナンザさんは目と口元を釣り上げて楽しそうに言った。何が琴線に触れたのか知らないが、ずいぶんやる気のようだ。
もしかして、俺の意図に気が付いたのかな。
「フンッ! じゃあ、これは要らないんだな?
次にはもっと値段が上がっているぞ。いいんだな?」
冒険者には若干の焦りが見えるが、まだまだ余裕の表情だ。どうせ狩れるわけ無いと思っているのだろう。
「そんな物はもう要らないわ。不愉快だから、どっか行って」
ボナンザさんが冷たく言い放つと、冒険者は「チッ」と舌打ちをして去っていった。ボナンザさんは、冒険者が視界から消えるのを待ち、ニヤリと笑って話を続けた。
「あんた、やっぱり面白いわねぇ。
どうせ勝負をするんだったら、何か賭けた方が面白いわ。あんたたち、欲しい物はある?」
うーん、賭け事は好きじゃないんだが、まあいいか。
「狩ったサイクロプスの総取りでどうだ?」
たぶんボナンザさんも俺の意図に気が付いている。この場合、どちらが素材を持っても結果は変わらない。むしろ、まとめた方が良い結果になりそうだ。
「いいわよ、乗ったわ。で、あんたたちは5人でしょ? ルールはどうする?」
5対1は明らかに偏り過ぎている。俺の成果だけを対象にしたとしても、手伝いが居るだけでずいぶんと違うよな。
「俺たちは、狩った総量を5で割るよ。1人あたりに換算する」
掛け金はこっちが不利になるのだが、それでも勝負はこっちの方が有利だ。バランスは取れているはずだ。
「……いいわ。まぁ、賭けはお遊び。お互いに楽しみましょう」
ボナンザさんは、不敵な笑みを浮かべて言った。
「ごめん、みんな。勝手に決めちゃったけど、良かった?」
「ふふっ。コーさん、また悪い顔になっていますよ?」
ルナが嬉しそうに言う。悪いことはしないよ。たぶん、あの冒険者以外はみんな喜ぶ。
「何を企んでいるのか知らないけど、面白そうじゃない。アタシも、今なら単独でサイクロプスを狩れると思うわ!」
クレアは、満面の笑みで自信満々のようだ。クレアは最近自分に自信を持ち始めている。以前は自分を過小評価して、困難を避ける傾向があった。良く言えば慎重、悪く言えば臆病といった様子だ。最近は慎重ながらも臆病さが減ってきた気がする。
「サイクロプスって、あの大きいやつだよねー。狩れるかなぁ」
「うーん、私には難しいかもしれない。殴っても効かない相手はやりにくいのだ。みんなの補助に回ろう」
リーズとリリィさんは自信無しか。リーズは問題無いとして、リリィさんだな。どうしてぶん殴る前提で考えるかな。
「リーズはいつも通りでいい。
リリィは、以前両手剣を渡しただろう。それを使えば問題無い。練習にもなるぞ」
「あぁ、そういえば預かっていたな。でも、全く使いこなせないぞ」
「まあ、慣れだよ。いい練習相手だ」
リリィさんは刃物の扱いに慣れていない。ようやく包丁に慣れたくらいだ。チャンスがあるなら練習した方がいい。
「話はまとまったかしら? 期限はどうするの?」
「できれば骨董市の初日にぶつけたい。長過ぎるか?」
「くふふふ。いいわ。よりによって骨董市の初日ね……。面白いじゃない」
ボナンザさんは肩を震わせて笑う。色んな意味でやる気十分だな。「勝負はもう始まっているわ」と言い残し、走り去った。
勝負の期間は今日を含めて3日間。ボナンザさんの店は、宿屋の店主に頑張ってもらおう。
今から移動すると夜になってしまう。俺たちは明日の早朝から移動しよう。マップの 優位性(アドバンテージ) を活かせば、行動開始が遅れても問題無い。
勝負はオマケみたいな物だけど、できれば勝ちたいからな。手を抜く気は一切ないぞ。