軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 仕立て屋さんの苦悩

ここは革職人ブライドルの店。師匠である父の名を冠したこの店は、王都では新興ながらもトップクラスの腕だと自負しています。

「もう、なんでこんなに硬いんですか!」

ついぼやいてしまいました。誰にも聞かれていないのが幸いです。

私は仕立て屋の跡を継いで5年、修業時代を含めたら、10年以上の経験があります。

そんな中、ある常連が持ち込んだ素材に四苦八苦しています。その客はボアだと言っていましたが、これは絶対ボアじゃないです。金色に輝く毛並みは神々しく、見る者を魅了する……。これでコートやマントを作れば、さぞ注目を浴びることでしょう。

でも、問題はそこではありません。この毛皮は異様に硬く、裁断用のナイフでは全く切れません。指1本分の長さを切るために、すでに5本のナイフを壊しました。

「素直に協力してもらえば良かったですね……」

『ペキッ』

ナイフが返事をするかのように、また1本折れました。扱い慣れない素材なので、予算は余分に頂いています。それでも赤字になりそうです。

持ち込んだお客さんは簡単に切っていたのに……。「完成するまで顔を出すな」と言ってしまったので、ここに来ることは無いでしょう。もう後悔しかありません。

王都の伝統的な仕立て屋は、1着の服を仕立てるために何度も仮縫いを繰り返します。試着のために何度も来店してもらう必要があるのですが、私の父はそれを嫌いました。

お客さんは忙しいのです。試着のために何度も来店を強いるのは、お客さんの負担が大きい。もちろん完成度は従来の仕立て屋の方が高いのですが、そこまで求める人は一部の貴族くらいです。

使用人の制服のような服は、完成度よりも見栄えの方が重要ですからね。

そのおかげで、普段仕立て服を着ないような人たちにも受け入れられるようになりました。仕立て服が必要なのは、貴族や商人だけではありません。

「邪魔するよー。店主は居る?」

お客さんが来たようです。壊れたナイフをぼんやりと見つめている場合ではありませんね。急いで店舗に向かいましょう。

店舗で売っている服は、仕立ての失敗作。失敗と言っても、裁断や縫製に失敗したわけではありません。完成品が気に入らないと返品されたり、仕上げ中に体格が変わってサイズが合わなくなったりした物です。

完成するまで試着しないので、この手のトラブルはしょっちゅうです。捨ててしまうのは惜しいと売り始めたら、思いの外人気になりました。宣伝効果もあるみたいで、店舗のお客さんから仕立ての依頼が来るようにもなりました。

これは他の仕立て屋ではやっていませんね。そもそも、失敗作が出来る事は殆どありませんから。

「はい。いらっしゃいませ」

店舗へとつながる扉を開けると、昔からの常連さんが居ました。元冒険者のボナンザさんという方で、父の代からの付き合いです。

うちの服を冒険者の防具代わりにする方なんて、ボナンザさんくらいでしょう。普通は街中で暗殺者から身を護るために着ます。命を狙われるほどの重要人物だと、アピールすることにもなります。お金持ちの嗜みですね。

ボナンザさんには久しぶりに会いましたが、また少し大きくなったみたいですね。こんなことは言えませんけど。

昔はスレンダーで綺麗な女性だったのですが、今はすっかり貫禄が出て、ボスの風格が漂っています。昔よりも強そうなんですよね。ちょっと怖いです。

「ねぇ、コレ破れちゃったんだけど。直せる?」

ボナンザさんは全身にサイクロプスの革を纏っています。アレンシアでは滅多に見ることが無い、貴重な素材。破れたのは、ジャケットですね。

背中の部分が大きく裂けてしまっています。硬くて柔軟性があるサイクロプスの革なのに、どうしてこんな破れ方をしたのでしょうか。

「何をされたんですか?」

「ちょっと前に若い冒険者と殴り合いをしたんだけど、その時から破れかけてたのよぉ。

それが、今朝着たら突然バリッとイッちゃったの。限界だったのね」

ボナンザさんと殴り合いですか……。死んでいなければいいのですが。命知らずな方も居るものです。

でもこの服は、体に合わなくなったのだと思います。もちろん言えませんけど。

これでは直してもすぐに破れますね……。

「ごめんなさい、難しいです。仕立て直した方が早いですよ」

「そう……。一張羅なのよ。困ったわね。

同じ素材はある?」

「これ、ボナンザさんが持ち込まれた素材ですよね?

もう一度持ち込んでいただかないと……アレンシアでは手に入りにくいんです」

「面倒ねぇ。似たような効果の素材は無いわけ?」

「オーガなら似ていますが……」

「オーガじゃダメよぉ。店の子たちと同じになるじゃない。女将が同じ素材なんて、示しがつかないでしょ。

無いのね?」

ボナンザさんは奴隷商と酒場をやっています。店の子というのは奴隷でしょう。奴隷にオーガ革の服を着せる人なんて、絶対にこの人しか居ないですね。

「そうですねぇ。申し訳ありません」

「まぁいいわぁ。久しぶりに行ってくるわよ。ミルジアへ」

サイクロプスはミルジアよりも南に行かないと出没しないそうです。アレンシアではまず出回りません。かなり強いと聞きますが、ボナンザさんなら楽勝です。きっとご自分で狩ってくるのでしょうね。

「はい、お待ちしています」

話は終わったのですが、ボナンザさんが訝しげに私の背後を覗き込んでいます。

「ところで、あんたが引き摺ってるその素材、なぁに?」

急いで出てきたせいで、毛皮を連れてきてしまったようです。今作業中の金の毛皮。預かり品なので、手荒なことはできません。

「別のお客さんから注文をいただきまして。持ち込み素材なんです」

珍しい素材です。安く手に入れたと仰っていましたが、さぞ高かったでしょう。彼らは相当なお金持ちみたいです。

「ふぅん。それねぇ、アルコイの近くで暴れてたボアでしょ? あたしも狙ってたのよ。ちょっと遅かったわ。

もし良かったら、余った革を売ってちょうだい。言い値で買うわ。持ち主に言っておいてよ」

「伝えておきます。でも、これは加工費が高いですよ」

「そうなの? 見るからに特殊そうな素材だものねぇ」

「全く切れる気がしないんです。持ち込んだ方は簡単に切っていたのですが……」

「貸してみなさいよ。ここで切ればいいのね?」

数本の新品のナイフと、毛皮を渡します。彼女はおもむろにナイフを突き立て、毛皮に走らせました。毛皮にはチョークで線を書いてあるので、線に沿って切るだけです。

『ギチギチギチギチ』

嫌な音が鳴り響き、毛皮が2つにわかれました。ボナンザさんが握ったナイフは、刃が削り取られてボロボロです。

このナイフは、さっきまで私が使っていた普通のナイフ。ボナンザさんの怪力で、強引に切ったようです。私には真似できません。

「これは硬いわね。どうやって解体したのよ」

あまりにも大きな革なので、扱いやすいサイズに切ってもらいました。あの刃物が特殊なのか、お客さんが特殊なのか、それは分かりません。

「私の目の前で簡単に切っていましたよ」

「はぁぁぁ? これを? その人、なかなかやるわね。益々会ってみたいわ」

ボナンザさんに目を付けられてしまったようです。決して悪い方ではないのですが、会わせてもいいものなのか、判断に困りますね。

「本人に伝えておきます」

判断は彼に委ねましょう。良い方でしたので、ボナンザさんに嫌われることは無いはずです。

「この革、あんたじゃ切れないでしょ。あたしがやったげるから、残りも全部持ってきなさい」

ボナンザさんはなんだかんだで面倒見が良いのです。私も何度も助けられました。

店の扉が開く音がします。

「こんにちは」

新しいお客さんが来たようです。見覚えのない人ですね。接客したいのですが、今はボナンザさんから離れることができません。困りました。

「あたしのことはいいから。行ってきなさいよ」

ボナンザさんにチラッと視線を送ると、返事を返してくれました。お言葉に甘えて行ってきます。

「いらっしゃいませ」

お客さんは男女2人組。カップル……ではありませんね。ご姉弟かなにかでしょう。綺麗な服を着ているので、どこかの商家のご子息とご息女ですかね。

「あ、今日は見に来ただけです。お構いなく」

女性の方はそう言いますが、店主としてお客さんを無視するわけにはいきません。

「見るだけでも結構です。試着したい服があったら、気軽に言ってくださいね」

「ふふっ。どこの国でも同じね。服屋さんって、そういう人にしか務まらないのかな」

優しい笑顔を浮かべて言いました。外国の方みたいですね。お2人とも黒髪で、平たい顔立ちをしていらっしゃいます。例の毛皮を持ち込んだ方と、少し似ていますね。

「やっぱり高いみたいだね。僕たちの給料で買えるのは、いつになるのかな」

男性の方は、値段を見て少し驚いたようです。量産品の布の服は銀貨3枚くらいで買えますが、うちの服は最低でも金貨5枚。これでもずいぶん安いのですが、一般の感覚では高いです。

給料ということは、見習いなのでしょう。目標を持つのは良いことです。欲しい物があれば、そのために頑張れます。

「これ、ルナさんが着てた服に似てる。金貨10枚……」

女性の方も、値段を見て絶句してしまいました。この服ならよくお似合いだと思うのですが……。残念です。

「僕たちも副業を考えた方がいいのかな……」

「こんな服がポンッと買える人になりたいね……」

2人はお礼を言って帰っていきました。年齢的に、うちの服はまだ早いでしょう。

例の毛皮を持ち込んだ方々と同年代だと思うのですが、彼らは特殊な例ですね。たぶん、彼らは新進の職人集団だと思います。若くして成功された方は、お金を使うのが好きですから。

「これで全部よね。終わったわよ」

「ありがとうございます。本当に助かりました」

裁断が終わりました。壊れたナイフが5本転がっています。たった5本で済んだのですね……。本当に助かります。

ボナンザさんも帰っていきました。お忙しい方なので、次の予定があるのでしょう。

さっそく縫製に取り掛かります。

『ぺきっ』

さっそく針が折れましたね。はい、予想していましたよ。

「はぁ……。針は何本必要ですかねぇ」

ため息が出ます。予備の針を買い足す必要がありますが……。何本壊れるでしょうかね。正直、もう二度と扱いたくないです。でも、今回の依頼が終わっても、素材が半分以上残るんですよね……。

受けた仕事は絶対に手を抜きません。気に入っていただければ、きっと次も依頼されるのでしょう。ありがたいことではありますが、もっと良い裁縫道具が必要です。どこかに良い裁縫道具が無いものですかねぇ……。