作品タイトル不明
食いしん坊
エルミンスール大聖堂に行った次の日は、特に成果が上がらない調査だった。本を積み上げて終了した。リリィさんとリーズは何かを発見したようだったが、詳しくは聞いていない。
カベルはパーティメンバーではないので、お互いに干渉しない。手伝いもしない。多少の会話はするが、完全に別行動だ。
生前のカベル女王の記憶があるらしいので、城の構造はよく知っていた。元々の自室が2階にあったと言い、今はその部屋を使っている。図書室の上ににある、やたら広い部屋だ。カベルはこのまま宮殿に住み続ける。
部屋に何も無いのが可哀想なので、毛皮と予備のシュラフを貸してある。眠る必要は無いらしいが、何もないよりはマシだろう。
俺たちは2階を使っていないので、カベルは広い2階を独り占めしている。寂しくないのかな、とも思ったのだが、棺の中で数カ月間じっとしていたくらいだから平気だろう。
結局何者なのかは聞かなかった。本名すらわからない。そもそも中の人が女性とは限らないんだよな。憑依しているだけだから。ディエゴに対する態度から察するに、たぶん女性だ。
この宮殿に新しい住人が増えてから、2回目の朝が来た。今日はクレアが図書室にフル参戦すると言うので、俺はベーコンを作りながら調査に参加しようと思う。
朝食はみんなで揃って食べる。パンとポトフのようなスープだ。ダシの代わりに干し肉を使っているのだが、これが意外と美味い。ハーブとスパイスの香りが朝から食欲をそそる。
「みなさん、準備ができましたよ」
この世界に『いただきます』の文化は無い。アレンシアでは3秒ほど黙祷するのが一般的だ。使徒の2人は頑なに「いただきます」と言い続けていたが、俺はすぐにアレンシアのルールに従うことにした。
使徒たちが「いただきます」と呟く度に、王城の人たちが怪訝な顔をしていたんだ。それでも言い続けるなんて、意外とハートが強いなと感心したよ。でも、食事のマナーは現地に倣った方がトラブルが少ない。細かいことだが、こういう細かい違いが不信感を抱かせる。
黙祷を終えて目を開けると、食堂の外にカベルが立っていた。
「うわっ! どうした?」
「美味しそうな香りに我慢できず……つい……」
意外と食い意地が張っているらしい。昨日も匂いを感じていたはずだが、ついに我慢できなくなったのか。
「カベルさんもご一緒にいかがですか?」
「いえ、お気持ちだけで結構です。私は食べなくても平気なのです」
どういう原理か知らないが、カベルは動く死体だ。寝なくても食べなくても問題無い。
くさってない死体……キレイなゾンビ……あまり聞かないカテゴリなので、何と言っていいか分からない。依代が無いと死んでしまうらしいから、 不死者(アンデッド) というわけでも無いよな。新種のゴーストだ。
「食べることはできるんだよな?」
「はい、おそらく……」
「じゃあ食べればいいだろ。
食料は余裕があるよな?」
食料はルナが管理している。買い出しには同行しているが、何をどれだけ買うかはルナに任せた。前回の反省を踏まえて、かなり余裕を持たせるように指示してある。
「大丈夫ですよ。遠慮は要りません」
ルナがカベルに微笑みを向けると、カベルは笑顔でお礼を言った。こうして並んでみると、2人の顔立ちはよく似ている。相当昔の祖先が同じというだけなのに、不思議なものだ。
カベルは黙祷の後、朝食を食べ始めた。外見は生きているようにしか見えないが、内臓も機能しているのだろうか。
食べるように勧めたのは俺だが、少し心配だな。
「こんな食事は久しぶりです。二度と食べられないと思っていました……」
カベルはそう言いながら涙を浮かべた。普通は死んだら食べられないよな。上手く消化できればいいんだけど。
食事を終え、ルナが持ってきたお茶に口を付ける。食後のちょっとした休憩だ。カベルがそそくさと自室に帰ろうとしたので、呼び止めた。
「お茶を飲み終えるまでが食事だよ。飲んでいけ」
「ありがとうございます。いただきます」
いつもは他愛もない雑談をして過ごす時間なのだが、今日はカベルの知識を頼りたい。カベルには2つの記憶がある。 本人(中の人) の記憶と、体の主の記憶だ。体の主はこの周辺に詳しいはず。
バナナとパパイヤを取り出して、カベルに見せた。簡単な確認はしたのだが、知識を持つ人が居るのなら聞いたほうが確実だ。
「これなんだが、普通に食べてもいいものなのか?」
「えぇと……これはそのまま食べても美味しいです。
こちらはまだ未熟ですね。十分に熟した果実は甘くて美味しいみたいです。未熟だと苦味があるので、調理にコツが要るらしいですよ」
それぞれバナナとパパイヤの評価だ。どちらも問題無いらしい。中の人はパパイヤを食べたことが無いようだが、体の主の記憶を辿ったんだな。
「なるほどな。じゃあ、この周辺で食べられる魔物に心当たりは無いか?」
「そうですね……ボアやブルは居ないみたいですし……。
あ! ラットという魔物が食べられます。ウサギのような魔物なのですが、ご存知ですか?」
カベルは過去を思い出すかのように独り言をブツブツと呟いてから答えた。
例のネズミだな。食べられるなら狩ろう。アレンシアのウサギほどではないが、それなりに大量繁殖している。
「ああ、わかるよ。この周辺にたくさん居る」
「ウサギに似た味がするようです。他にも、空を飛んでいる魔物も美味しいみたいです」
「ありがとう。参考になったよ」
この周辺には食べられる魔物が大量に居るみたいだ。鳥もよく見かける。ダチョウが空を飛んでいるような、気持ち悪い鳥だ。
しかし、中の人が詳しいわけではないな。カベルは人から聞いたような言い方をしている。体の主の記憶だろう。
「あの……フィクサを1本くださいませんか?」
カベルは申し訳なさそうに眉をハの字にして言う。でもフィクサが何かわからない。
「どれ?」
「その長い果実です。昔食べたことがあるので、とても懐かしいのです」
「それ、どっちの記憶?」
リーズがしれっとした様子でカベルに質問した。デリケートな質問だと思うのだが、さすがはリーズ。何も気にしていない様子だ。
「私です……あ……」
カベルは答えた後、はっとして自分の口を塞いだ。うっかり自分のことを喋ってしまったからだ。詮索するつもりは無いんだけど、そのうち正体が分かってしまいそうだぞ。
いろいろ聞けて有難いんだけど、拙いなあ。現時点でも結構分かってしまった。
たぶん中の人はアレンシアの人間だ。食べられる魔物と聞いてパッと思い付いたのがボアとブル。どちらもアレンシアで昔から食べられている魔物だ。特にボアは、アルコイ周辺に行かないとあまり出没しない。
さらにバナナを食べたことがあるというのも重要な手がかりになる。おそらく エルフの国(エルミンスール) と交易をしていた時代に、アレンシアに住んでいた人間だ。
カベルは自分でも喋りすぎた自覚があるのだろう。気まずそうにバナナを受け取ってお礼を言うと、お茶を飲み干してそそくさと部屋に戻っていった。
俺たちも作業を開始する。図書室と調理場を行き来してベーコンを作りながら調査だ。
ベーコンの漬け込みは3日目。もう少し漬け込みたいところだが、燻したい欲が半端ない。少し早いが今日中に燻す。
まずは塩抜きだ。ソミュール液を抜いて肉を洗い、薄い塩水に漬け込む。このまましばらく放置だ。本来なら頃合いを見て試食するのだが、面倒だから勘でいこう。
塩抜きをしたら風乾。氷室だと時間がかかりそうだな。ブロアの弱で風を当てて乾かそう。スキレットから肉を出し、まな板に乗せて図書室に移動した。
「ちょっと、なんでそんな物を持ってきたのよ」
「風を当てたいんだが、ブロアは手で持っていないと起動できないんだよ」
ここで手を抜くと、肉が酸っぱくなるんだ。それでは美味しくない。
「調査はアタシたちだけでやるから、外でやんなさい」
クレアに怒られたので、宮殿の外に出た。クレアは図書室の外でやれという意味で言ったのだと思うが、燻す作業は屋外でやるので、燻製器の準備をしながら風乾をしようと思う。
準備を進めていると、背後からカベルの気配が近付いてきた。
「何をなさっておられるのですか?」
まな板の上に乗った肉に風を当てる俺を見て、怪訝そうな顔をしている。
「燻製を作っているんだ。ベーコンだよ。美味いぞ」
「その棒で……ですか?」
ブロアの魔道具は、一見するとただの棒だ。肉に棒を向ける怪しい人にしか見えないだろう。
「これは乾かしているだけだ。煙で燻すのはもう少し先だよ」
「現代ではこんな作り方をするのですね」
カベルは不思議そうに頬に手を当てた。
基本的には関わらない方針だったはずなのだが、どうやら好奇心に負けたらしい。もしかしたら肉が気になっただけかもしれないけど。
「いや、それは知らないぞ。俺が昔習ったやり方をアレンジしているだけだ」
「見学してもよろしいでしょうか?」
「いいぞ。お茶は出せないが、まあゆっくりしていけ」
ティーセットは食堂だ。わざわざ取りに行くのも面倒なので、先に断っておく。
「お気遣いなく」
しばらく無言のまま作業を続けた。左手にブロアを持ち、肉に風を当てながら右手で燻製器を組み立てる。地味に辛い作業だったが、なんとか完了することができた。
そして今気が付いたのだが、目の前のカベルに手伝ってもらえばよかった……。俺をじっと見つめるだけで、何も言わないし何もしようとしないんだ。置物みたいだったよ。
「後は煙で燻すだけだ。時々様子を見に来るが、基本的には放置だぞ」
「仕組みを教えていただいても?」
「オイルストーブでチップを温めて煙を出す。火が強すぎるとチップに火がついて不味くなるから注意だ。オイルの量を調整したから、火が消えたら完成だよ」
肉から落ちる油にも要注意。チップの上に油受けの皿を置かないと、油に火がついて失敗する。
オイルストーブは、だいたい3時間ほどで燃え尽きるはずだ。すぐに食べても美味いが、一晩熟成すると味が馴染む。食べられるのは明日以降だな。
「では、私が見ておきましょう」
「頼むよ。何か問題が起きたら教えてくれ」
あまり密閉性が良くないようで、隙間から結構な量の煙が漏れている。まあ何事も無いとは思うが、頻繁に見に来た方が良さそうだな。
図書室に戻ろうと思って立ち上がると、宮殿からルナとクレアが出てきた。
「何かあったのか?」
「そうじゃないの。気になって作業に集中できないから、見に来たわ」
「その……ごめんなさい。作り方を教えてください」
ルナはモジモジと手を動かしながら上目遣いで言う。そういえば教える約束をしていたな。
重要な作業はすでに終わってしまったが、立ち上る煙を眺めながら手順を教えた。
長々と説明をしたので、それなりに時間が経ってしまった。このまま図書室に戻っても、作業できる時間は少ないだろう。燻製が終わるまで適当に雑談をして過ごそう。