作品タイトル不明
いらない才能
ディエゴの先導で部屋の中に入る。中は壁や天井がぼんやりと光っていて、閉鎖された空間なのに十分に明るい。
広間は学校の体育館くらいの広さで、正面に向かって長椅子が並べられている。正面には1段高くなっている場所があり、そこには大きな棺のようなものが置かれていた。
中が気になる。ミイラでも入っているのかな。気になりだしたら気になって仕方がないぞ。うーん……。後でこっそり開けてみよう。
棺は後回しにして、まずは光る壁を調べよう。壁には竜をモチーフにしたレリーフが等間隔に並んでいる。どういう理由か知らないが、エルフと竜は密接な関係にあるらしい。エルフの村にもペットの竜が居たが、昔から飼われているのかな。
光る壁の仕組みはよく分からないのだが、壁全体が魔道具なのだろう。これの応用で光るテントが作れそうだ。
「フンッ。お主らに理解できるのか?」
ディエゴが鼻を鳴らしながら顎を突き出し、見下げるように言う。
こいつはさっきから顎を突き出すポーズをよくやっている。相手を小馬鹿にするような仕草だ。ディエゴは背が低いから、顎を突き出さないと見下げることができないんだ。やはり少しイラッとする。
「まあ多少はな」
うちの女性陣は、すでにディエゴを無視し始めている。こいつの言葉に受け答えをするのは俺の仕事だ。
ディエゴを適当にあしらいながら光る壁を眺めていると、突然ホールにディエゴの叫び声が轟いた。
「あぁぁぁぁぁ! 開けるなぁぁぁ!」
ディエゴは棺に向かってバタバタと走っている。
棺を見ると、自由人リーズが棺の蓋を持ち上げていた。もう遅い、開いたよ。よくやった。
中が気になるので、俺も棺に駆け寄る。
「うちのリーズが悪かったな。まあ、そんなこともあるさ。気にするな」
「勝手なことをするなと言ったであろう……」
ディエゴはやれやれと手のひらを上に向けて言う。その姿は他人を見下しているようで、また少しイラっとする。
実際、見下しているんだと思う。生前は国の重要人物だったのだろう。未だに調子に乗っているらしい。
ディエゴを無視して棺を覗き込もうとした時、リーズが何かに驚いて飛び上がった。
「うわっ! 大変!」
「どうした?」
「動いたよ……?」
どうやら死体が動いたらしい。俺の隣には半透明の浮遊霊が居るんだ。いまさら死体が動いたくらいで驚かなくてもいいだろう。
「そういう死体なんだろ。気にするなよ」
「コーさん……死体が動いたら魔物ですよ?」
「なおさら怖くないじゃないか。魔物なら討伐すればいい」
ゴーストと違い、物理攻撃が効くはずだ。だったら何も怖くない。殴り飛ばして終了だ。
「お待ちください! 私は魔物ではございません!」
棺の中から真っ白なドレスを着たキレイな女性が立ち上がった。ついさっきまで死んでいたとは思えない、生きているかのような姿だ。
透き通るような白い肌に輝く金髪、幼さを残しつつ大人の妖艶な雰囲気を漂わせている。
「はぃ? 何故? 女王、生きておられたか!?」
ディエゴが焦ったように叫ぶが、さすがに生きてはいないだろう。
「恐れ入りますが、私はこの方ではございません。この体を間借りしていると言うか……」
「女王では無いのか?」
「この方はすでにお亡くなりになっておられました。
私の波長に合ったと言いますか……具合が良かったので 依代(よりしろ) に使わせていただいています」
ディエゴと謎の女性が話をしているが、俺には何のことかわからない。誰?
「おい、何がどうなっているんだよ。話がさっぱりわからないぞ」
「私は、訳あってこの体に逃げ込んだ者です。怪しいことは承知ですが、まさか棺を開けられるとは思っておりませんでしたので……。
私は依代が無いと消滅してしまいますので、体をお借りしています」
謎の女性は女性らしい澄んだ優しい声で言う。ディエゴとは違うタイプのゴーストらしい。ゴースト2号? 浮遊霊の次は憑依霊だ。さすが遺跡。幽霊の種類も豊富らしい。
「要するにゴーストなんだよな? なぜこんな所に居るんだ?」
「いえ……ゴーストではないのですが……。
詳しくは申し上げられませんが、命を狙われていたので隠れていました」
すでに死んでいるのに命を狙われるって不思議な話だよな。浄霊されかけたのかな。
「我輩も気が付かなかった。いつからそこにおるのだ?」
「しばらく意識を失っておりましたので、どれだけ経ったかはわかりません。私が把握しているのは数カ月です」
「我輩が目覚めたのと同時期か……。その間、ずっとその棺の中に隠れておったのか?」
「はい。最初は本当に動けなかったのですが、何かの気配を感じたので動かないようにしていました」
ディエゴを警戒して気配を殺していたんだな。大変だっただろう。
しかし、死体が新鮮すぎる。てっきりミイラだと思っていたのだが、まるでまだ生きているようだ。状態保存の魔法が掛かっていたのだろうか。
「体がずいぶんとキレイだが、その姿は何だ?」
「それが……私にも分かりません。
初めは干からびていたのですが、突然魔力が流れ込んできて体が修復されました」
数カ月前に何かが起きたようだ。ちょうど俺が召喚された頃だな。俺が巻き込まれたことと関係があるのかな……いや、無いだろ。どう考えても無関係だわ。これを関連付けするのは、いくらなんでも自意識過剰だと思う。
「なるほどね。
しかし、なんでこんな所に逃げ込んだんだよ。入るのも出るのも難しいだろ」
「皆様にもご迷惑をお掛けすることになりますので、詳しくは聞かないでください」
「迷惑?」
「はい。私の正体を知ってしまうと、間違いなく皆様も命を狙われます」
知るだけでアウトって、どんな敵と戦っているんだよ。面倒だから聞かない方がいいな。『知りませんでした』という言い訳が通る相手なのか分からないが、必要以上に首を突っ込まなくてもいいだろう。
「しかし、それだと呼び名に困るな」
「では、この方の生前のお名前をお借りして、カベルとお呼びください」
カベルという名前を聞いたディエゴが、驚いて声を出す。
「知っておるのか?」
「いえ、この方の生前の記憶が少しだけ流れ込んできました。ディエゴさんのことも少しだけわかります」
「ぬふふふふ……。これも天の導きであろう。吾輩の伴侶に相応しい!」
「お断りします!」
仰々しく腕を振り上げながら宣言するディエゴに、カベルは即座に答えて頭を下げた。
ディエゴ、見境がないな……。さっきので懲りろよ。
「何故だ! 吾輩のクク姫に対する思いを知っておるのだろう?」
「だからです……。ククさんに、何度もしつこくお手紙をお渡ししていましたよね?」
「何故知っておるのだ? 確かに、吾輩は何度か恋文をしたためたが……」
「とても気味悪がっていましたよ。『ボクを闇から救い出す女神の告ぐ』でしたっけ?」
「ぬおっ! 止めてくれ! 何故知っているのだ? まさか……読んだのか?」
うわ……ラブレターを姉妹で回し読みしていたのか。なかなかエゲツないことをするな。そして相変わらず痛いポエムを書いていたようだ。こんな所で発表しなくてもいいのに……。
しかし、ディエゴは自分のことを“吾輩”と言っているけど、ラブレターの中では“ボク”なのか。キモいな。
「カベルさんに相談していたようです。
汚い文字で書かれた、『あなたはボクの伴侶となるべく生を受けた。その幸運に感謝し、安心してこの胸に飛び込んでくるが良い』という文言には鳥肌が立ちました。悪い意味で」
「もう止めてくれ! 何故そんなにハッキリと覚えておるのだ!」
ディエゴは床を転げ回って悶えている。止めてあげて! この精神ダメージは計り知れないぞ。
しかし、生前のカベルは余程衝撃を受けたんだろうな。まさに『死んでも忘れない』じゃないか。確かに相当気持ち悪い文章だけど。
「それだけ印象に残る文章だったんだよ。それも才能だ」
その才能は欲しくないけどね。と言うか、ラブレターくらい丁寧に書けよ。字が汚いから余計に気持ち悪いんだよ。
受け取ったクク姫の心情が窺える。さぞ気味が悪かっただろう。呪いを受けた気分だったんじゃないかな。
「ククさんは、ディエゴさんから逃げるために人間の国に行ったのですよ」
「そんな……」
ディエゴはがっくりと肩を落としてうなだれた。こいつはストーカーだったのか。こいつに付き纏われたら逃げたくもなるよな。
「まあ、諦めろ。しつこい男は嫌われるぞ」
こいつに至っては、しつこくしなくても嫌われる可能性がある。言動と考え方が気持ち悪いんだ。自己中心的で相手の気持ちを推し量ることができない。それに痛いポエムが追い打ちを掛けている。好かれる要素が見当たらない。
「ところでお聞きしたいのですが、ディエゴさんと一緒にいらっしゃる皆様は、ディエゴさんのお友達ですか?」
「違います!」
「冗談でも言われたくないよっ!」
「考えたくもないわ」
「知り合ったことが人生の汚点だ」
女性陣は俺が口をはさむスキが無いほどの勢いで一斉に答えた。そして全員が酷い言い様だ。出会って1時間も経っていないというのに、凄まじい嫌われっぷりだな。
悪い奴ではないと思うのだが、こいつと仲良くしているだけで俺まで嫌われそうなんだよなあ。それに、人をイラつかせるようなことを平気でやるから、仲良くしたいとは思えない。
「俺たちも知り合ったばかりだ。仲良くなる予定も無い、赤の他人だよ」
「言い過ぎではないのか? 吾輩は偉大な大預言者だぞ……」
ディエゴが身を竦めて言う。さっきまでは尊大な態度をとり続けていたのだが、嫌われすぎて萎縮してしまったようだ。
「お友達ではないのですね。安心しました」
カベルはにっこりと笑って胸をなでおろした。
ディエゴはカベルにもしっかりと嫌われたみたいだ。カベルの中の人は、記憶があると言っても初対面のはずだよな……。女性に嫌われる才能でもあるのかな。不憫な奴だ。
「あの……そろそろ戻らないとお食事の準備が……」
ルナが服の裾を引っ張りながら呟いた。もうそんな時間か。まだ調べたいことが残っているが、今日じゃなくてもいいだろう。
「悪いな、そろそろ戻るよ」
「あ……待ってください! 私も一緒に行ってもいいですか?」
「いや、俺に聞かれても……カベルがいいなら、いいんじゃないか?」
「申し訳ありません。あの方と2人きりになるのは、ちょっと耐えられそうにありません……」
酷い嫌われっぷりだ。でも、ここに残るならあいつと過ごすことになる。気持ちは分かるぞ。
部屋を出て廊下を歩いていると、背後から「待ってくれー!」という叫び声が聞こえてくる。振り返ったら負けだ。声を無視して光の玉に手を触れる。
車酔いの気分の悪さが再来し、図書室の正面に戻ってくることができた。少し心配だったが、カベルも無事こちら側に来ている。全員の無事を確認し、ゆっくりと扉を閉めた。
「できれば二度と行きたくありません……」
ルナが深いため息をつきながら言うと、みんながゆっくりと頷いた。何か用事がある時は俺が1人で行こう。
カベルの正体が気になるところだが、知ってしまうと面倒な気がする。聞かないでおこう。カベルを食堂にしている部屋に案内し、各々の作業に戻った。