作品タイトル不明
金(の)玉
王都を出発し、都合良く中継地点にしているエルフの村に着いた。この村は適度な広さがあって安全で、テント泊にちょうどいい。
少し王都に近いのが難点だ。急げば半日ほどで到着してしまうので、あと2時間分ミルジア寄りにあればもっと便利なのになあ。
いつもの警備の女の子を見つけ、到着を知らせておいた。長老は暇になったらここに来るだろう。テントを設営しながら気長に待とう。
そう思っていたのだが、長老はいつの間にかここに居た。家から持参したのか、大きなロッキングチェアに座ってゆらゆら揺れている。
「うわっ!」
長老はテントを設営している広場の隅、邪魔にならない場所だが絶妙に視界に入る所に陣取っている。
「待っておったぞ」
「来たのなら来たと言ってくれ……」
テントの設営をさっと済ませ、小物の準備をみんなに任せた。俺はこの爺さんの相手をする。
「例の物は持ってきてくれたかの?」
この爺さんが言う『例の物』とは、前回実演したダッチオーブンのことだ。村にとっては食料の方が重要なはずなのだが、この人にとってはそっちの方が重要らしい。
余程楽しみだったのか、頬を紅潮させて催促している。でも借りた物を返すのが先だ。
「持ってきている。でもその前に、借りていた氷室を返すよ。ありがとう」
「む……もう複製が作れたのか?」
「試作をして上手く動作しているが、改良が必要だ。完成したらそれも渡すよ」
温度調整とマジックバッグの機能を追加したら完成だ。完成品はこの村に売る約束をしている。無理を言って貸してもらったんだ。1つくらいはタダであげてもいい。
「ふむ……。こんな物よりも、早く例の物を出してくれぬか?」
爺さんは氷室を引っ手繰って自分のマジックバッグに放り込んだ。ダッチオーブンが楽しみ過ぎて、他のことがどうでもよくなっているらしい。
おもちゃを買ってもらった子どもみたいだな。
「わかった、わかった。あと、こんな物もあるんだが……」
ダッチオーブンを2つと 蓋(ふた) 付きのスキレットを5つ、マジックバッグから取り出した。すると、爺さんの目の色が変わり、興奮しながら口を開く。
「ほう。こいつは何じゃ?」
「焼きに特化したダッチオーブンのような物だ。均等に火が通るぞ」
「ふむ……それもいただこう」
ダッチオーブンとスキレットを1つずつ持っていこうとしたので、慌てて止める。
「いや、ちょっと待て。全部持っていってくれ」
「何っ? 良いのか?」
「そのつもりで持ってきたんだよ。全部合わせて、爺さんの金貨2枚でいいから」
「むぅ……安すぎではないかのう。いいと言うなら買わせてもらうぞ」
持っていってくれないと逆に困る。この調理器具は、落として割らない限り一生使えるんだ。予備なんて要らない。
仕入額は全部合わせて金貨11枚だが、爺さんが持っている神代金貨は1枚で金貨10枚分以上の価値がある。そのため、最低でも金貨9枚の利益が出る。小麦も持ってきているので、今日爺さんから受け取る神代金貨は3枚だ。
「ところで、鉄鍋の手入れ方法は知っているよな?」
「むっ! 特殊なのか?」
「普通の鉄鍋と同じだよ。知っているならいいんだ」
「この村には『普通の鉄鍋』は無い。鉄が貴重なんじゃ。料理は石窯か土鍋じゃよ」
こんな閉塞された小さな村に、鉄の鉱山なんて無いか。でも、石窯と土鍋は逆に欲しいぞ。今度作ろう。石窯は 王都の風鈴亭(いつもの宿) に勝手に作るか。
「武器や農具はどうしているんだ?」
「近くを流れる川から砂を取ってきて、そこから精製しておるよ」
砂鉄かな? かなり大変な作業だと思う。鉄鍋なんて作っている余裕は無さそうだ。包丁すらも持っているか怪しい。まさか、黒曜石なんて使っていないよな……。
「なるほどね。
買った時の準備が要るんだが、知らないなら一緒にやろう。教えるよ」
鉄鍋を初めて使う時は少し手間が掛かる。ダッチオーブンの時はルナに任せたが、スキレットは自分の物だから自分でやる。
焚き火台の準備が終わっていたので、火をつけて金網を乗せた。その上に、よく洗ったスキレットを2つ並べる。
「まずは空焼きだ。取手が熱くなるから気を付けろ」
「こんなことをして、鍋が壊れないかのう?」
心配そうな爺さんを尻目に、作業を続ける。油を塗って火にかけ、冷やしてまた油を塗って火にかける。これを数回繰り返して最後に野菜くずを炒めれば完了だ。
「濡れたまま放置するなよ。確実に錆びる。もし錆びたら、錆を落としてこの工程をやり直すんだ」
「ふぅ……ずいぶん手間がかかるのう。これをあと6回も繰り返すんじゃな……」
「まあ、頑張れ。1人でやれとは言っていないだろう。誰かに手伝ってもらえばいい」
ちなみに6回じゃ終わらないぞ。 蓋(ふた) にも同じことをするんだ。あと13回が正しい。俺もあと1回やらないといけない。結構大変だな。
「お疲れ様でした。コーさんのやり方を見させていただきましたけど、ずいぶん丁寧でしたね」
作業を終えると、ルナがお茶を淹れてきてくれた。
お茶は焚き火台ではなくオイルストーブで沸かすので、俺が焚き火台を占領していても問題無い。
「俺はあのやり方しか知らないが、一般的じゃないのか?」
「いえ、私が知っている一番丁寧な方法でしたので。空焼きを省く人も居ますし、乱暴に水で冷やしちゃう人も居るんですよ」
結果的にあまり変わらない気がするが、まあ丁寧にやった方がいいだろう。
「なるほどな。やりたいようにやればいいと思うぞ」
「そうですね。次は 蓋(ふた) ですか?」
「いや、今日は使わないから後だ」
爺さんが『 蓋(ふた) 』と聞いて絶望な表情をしている。俺が忠告する前に気が付いたらしい。爺さん、ドンマイ。
「すまんが、儂はここで失礼するぞ……。仕事が増えたわい……」
まさか、全部自分でやる気か? 頑張るなあ。
納品分の食料を渡すと、爺さんはふらふらと歩いて帰っていった。
手元には、今日爺さんから受け取った3枚の神代金貨が残されている。魔道具素材にも使える高純度の金だ。純度は調べていないが、純金に近いと思う。
そろそろ使い道を考えないとなあ。売るならオークションだが、使えるなら使いたい。
神代金貨を摘んで眺めていると、リリィさんが話し掛けてきた。
「いつ見ても見事な金貨だな」
「そうだな。これを魔道具にしたいんだが、何か良い案は無いか?」
「いや……魔道具にしてしまうのは惜しくないだろうか」
リリィさんは、俺の指先にある金貨を真剣な眼差しで眺めながら言う。
俺はこのまま持ち腐れになる方がもったいない気がするんだよなあ。
「でも売るのも惜しいだろ? 使った方がいいよ。金鉱石が買えるのなら話は別だけどな」
金、銀、銅の鉱石は、国が厳重に管理している。銀と銅は通貨以外にも使うので、ある程度は市場に流通する。しかし、金鉱石は別だ。どんなゴミ鉱石であっても一般に流通することは無い。
「ふむ……昔小耳に挟んだのだが、金山と銀山は近い所にあることが多いそうなんだよ。
もしかして、銀を取り出した後のクズに金が混じっていないか?」
リリィさんは口角を上げて言う。
かなり無茶な提案だと思うのだが……期待しているみたいだから、やるだけやってみよう。
銀や銅を絞り出した後のクズは、捨てる場所に迷ってまだ残してある。大きな布袋に詰め込んで、マジックバッグの隅に放置していた。
取り出して確認する。たぶん全部で8kg弱くらいだ。一掴みずつ試すのは面倒なので、地面に積み上げて一気に処理する。
熱でドロドロに溶かし、少量のAu原子を魔法で出して同じ物を探す。……ちょっとクラッと来た。やっぱり金を出すのは苦労するな。
それっぽい物を集めて固めて2つに分けると、ビー玉くらいの眩しく光る金の玉が姿を現して地面に転がった。
「できたな……」
「なぜできるんだ!」
リリィさんは目を見開いて大声を上げた。
やれと言ったのはリリィさんなのに。まあ、俺もできるとは思っていなかったんだけどね。約8kgの鉱石に対して、得られた金は70gくらいだろうか。
「まあ、できると言ってもかなり効率が悪いぞ」
「いや、そんなことは無い。
とりあえずコー君。結婚しようか」
「いやいやいや、何を血迷ったことを言っているんだ」
リリィさんは俺の肩を掴みながら、目が¥になっている。口元もだらしなく緩み、よだれが出そうだ。
完全に金に目が眩んだな……。ちょっと心配になるよ。
「リ、リ、ィ、さぁん? 何を言っているのですか?
馬鹿なことを言っている暇があったら、食事の準備を手伝ってください!」
ルナが静かに穏やかに、確実に怒っている。
少し離れた所で料理をしていたと思うのだが、気が付いたら俺の背後からリリィさんを睨みつけていた。どうやら聞こえていたらしい。
「あ……すまない。でもルナ君、これを見てくれないか?」
リリィさんはそう言って地面から金の玉を拾い上げ、ルナに見せる。
「こんな物、いつ買ったんですか? 相当高いですよね……ぇ……こんな物、街に売っていますか?
どうしたんです? これ……」
ルナが混乱している。目を白黒させながら、頭をフル回転させているようだ。
「コー君がね……そこの鉱石カスから取り出したのだよ」
「はぃ?」
ルナが間の抜けた声を出して口を半開きにしている。説明が必要みたいだな。
「リリィが『金が混じっているかも』と言うから、試してみたんだよ。そしたら、本当に混じっていた。それだけだ」
「『それだけだ』じゃないですよ!
もう、びっくりさせないでください。今度から、妙な実験をする時は事前に教えてくださいね?」
ルナは呆れたようにため息をつき、穏やかな笑顔に戻った。かなり簡単に説明しただけなのだが、上手く伝わったようだ。
「ルナ君……驚きが少ないんじゃないか?」
「コーさんがやることにいちいち驚いていたら、精神が持ちませんから……」
ルナが遠い目で言う。そんなにおかしなことをした覚えは無いんだけどなあ。
「そうか……まぁ、そうだな。コー君ならできるだろうな。すまない、取り乱した。食事の準備を手伝おうじゃないか」
リリィさんは軽く数回頷いて、ルナと一緒に歩いていった。
俺はいまいち釈然としないんだけど、2人は納得したみたいだ。残された俺は1人で鉱石の残骸を片付けて食事を待つ。
鉱石に何がどれだけ含まれているかは、かなり頑張らないと判らない。というか、個別に取り出してみないと判らない。結果的に微量の金が含まれていたのだが、他に何が含まれるかは知らない。
もしかしたら、まだ希少な金属が含まれているかもしれない。マジックバッグの容量が一杯になるまでは保管しておこうと思う。