作品タイトル不明
閑話 小さな武器屋の憂鬱
俺はアクイラ。王都で小さな……本当に小さい武器屋を営んでいる、元冒険者だ。
夢は大きく大商人と思っていたのだが、現実はそう甘くない。開店から3年近く経った今でも、常連は昔の馴染みの冒険者くらいだ。
そんな中、最近若いのが一組、俺の店を贔屓にしてくれている。このまま常連になってくれれば……。
その若いのの助言で冒険者に稽古を付けてやろうと思い、久しぶりに冒険者ギルドにやってきた。まずは ギルド長(アレクスさん) に挨拶をしなければ。
受付に声を掛け、アレクスさんを呼び出してもらう。
この受付係は、俺が引退する少し前に新しく入ったお嬢ちゃんだ。真面目で頑張り屋、でも少し失敗が多い。そんな娘だった。
「よぉ、新入り。久しぶりだな」
「あれ? アクイラさんじゃないですか。私はもう新入りではありませんよ」
「フン。俺から見たら新入りは新入りだよ。ギルド長は居るかい?」
新入りの名前は、エリシアといったかな。
いまさら呼び名を変えるなんて気まずいだろうが。『エリシア』なんて呼んだら顔が赤くなっちまうぜ。
「今は外出中です。すぐに戻りますので、少々お待ち下さい。
アクイラさんは武器屋を始めたんでしたよね? お店は良いのですか?」
「どうせ客は来ねえよ。来たとしても冒険者だ。ここに居れば分かるだろ」
「そうですか。今日はまた、どうしてここに?
まさか……冒険者に戻る気ですか?」
新入りが露骨に嫌な顔をした。これは気に入らない武器を勧めてしまった時の客の反応だ。なんでだよ。
「どうして嫌な顔をするんだ。いや、冒険者には戻らねぇけどよ」
「やっと私の新人時代を知っている人が居なくなったんですよ? 今更戻ってこられると迷惑です!」
「はっはっは。失敗が多かったもんなぁ。北町と西町を間違えて案内したりよぉ。報酬の額を一桁間違えたこともあったか!」
貴族の護衛だっていうのに、職人地区の北町に案内されたんだ。どこの貴族が石材屋を始めたのかと思った。
ゴブリン5匹で金貨5枚渡された時はたまげたぜ。ネコババしようとしてアレクスさんに怒られたなぁ。
「やめてくださいよ! だから嫌なんです!
私はこれでもデキる人で通っているんですよ?」
「それでもお前さんを悪く言う奴は居なかった。人柄ってもんだろう。それでいいじゃねぇか」
まぁ多少は文句も出たか。でも高ランクの熟練冒険者は、みんなこの娘を可愛がっていた。
そいつらはもう王都には居ないがな。引退したか、仕事が多い地方に拠点を移した。俺の常連客は、ほとんどがこの連中だ。わざわざ遠くから買いに来てくれる。
「良くありません! もう、この話は終わりです! ご用は何ですか?」
「いやぁ、うちの常連にな、若い冒険者に稽古をつけてやれって言われたんだよ」
「え……それは助かりますが……」
新人りが困った顔をしている。これは欲しい商品が高すぎる時の客の反応と同じだ。何か不都合でもあるのだろうか。
「なんだよ、無理ならいいんだぜ?」
「私に話し掛けないならいいですよ?」
笑顔で答える新人。無茶な値切りを平気でやる客のような笑顔だ。さすがの俺でも少し傷つくぜぇ……。
「そんなに嫌わなくてもいいだろう」
「嫌ってないです。昔話をされるのが嫌なんですよ」
あぁ、なるほどな。俺にも経験があるぞ。新人時代の失敗をいつまでも言われるってのは、居心地が悪いもんだ。
「すまんかったな……気を付けるよ」
「それならいいです。ギルド長には私から話しておきますよ?」
「いや、久しぶりだから会っていくよ。待たせてもらうぜ。
ところで、近頃は冒険者のスタイルが変わったのか?」
「え……? そんなことは無いと思いますが……」
「そうだよなぁ。
俺に助言をしたヤツってのは、たぶん冒険者だ。でもな、貴族が着るような革の服を着ていたんだよ」
鎧を着ていないだけでも珍しいが、あれはかなりの高級品だ。普段着のように着る服じゃない。余程の金持ちか、余程酔狂なヤツだろう。
「あ……それは心当たりがあります。お名前を伺ってもいいですか?」
「悪い、名前は聞いていないんだ。男1人と女4人という、ちょっと変わった構成のパーティだ」
「やっぱりそうですね。
新人ですけど腕は良いです。パーティの全員が少し変わった人ですけど、良い方ばかりです」
「はっはっは。それは判るよ。そのリーダーの男ってのが一番の曲者だな。相当強ぇだろ。
たった1日で剣を折るバカはそう居ない。聞けば、1人で200を超えるゴブリンを討伐してきたんだってよ。王城の兵士かってんだ」
「王城の兵士でも無理だと思います」
新人が優しい笑顔を向ける。心底気に入った商品を見つけた客のような笑顔だ。この冒険者のことを相当気に入っているんだろう。
「まぁそいつの助言だ。ギルドの中で商売する気はねぇよ。俺が扱ってる武器の使い方を教えるだけだ」
「そういえば、アクイラさんは変わった武器をお使いでしたね」
「俺だけじゃねぇがな。よその国に行くと、いろんな武器が売ってんだ。人によって合う武器が違うってのに、この国じゃあみんなが大剣かロングソードだろ?
鍛冶職人は楽できるだろうが、冒険者にとっては良いことじゃねぇよ」
よその国によく行く冒険者は、行く先々で武器を買ってんだ。その中から自分に合った武器を見つけている。俺の店はそういうヤツのための店だ。
「ふふふ。思い出しました。引退する前からよく仰っていましたね」
「はは……まぁいいじゃねぇか」
俺が答えると、ギルドの奥から扉が開く音が聞こえた。裏口から誰かが入ってきたようだ。
「あ……ギルド長が帰ってきたみたいです。応接室を開けておきますので、そちらへどうぞ」
「応接室か……俺にとっては説教部屋なんだがな」
「怒られるようなことばかりしていたからです! では、呼んできますね」
新人はそう言ってカウンターの奥に歩いていった。
ギルド長は俺よりも少し年上で、新人時代の指導係だった人だ。俺が一人前になった後も、ちょっとした失敗やイタズラでよく怒られたもんだ。
応接室(説教部屋) に通され、 ギルド長(アレクスさん) と対面した。
「久しぶりじゃないか」
「そうっスね。ご無沙汰しとります」
アレクスさんには、つい 遜(へりくだ) ってしまう。昔怒られすぎたせいだろうな。
「店は順調か?」
「なんとかやってますよ。
しかし、あの時の新人のお嬢ちゃんが、ずいぶん様になってますね」
「エリシアのことか。今でもたまにやらかすが、立派になったものだ」
「やらかすって言うと、依頼票を逆さに貼り付けたりっスか?」
「フッ。そんなこともあったな。あの時はお前が依頼票の前で逆立ちしているから、何事かと思ったよ」
「あの後、お嬢ちゃんにこっぴどく怒られたんスよ。『嫌味ですか?』って」
「そりゃ自業自得ってやつだ」
その後はアレクスさんと昔話に花を咲かせ、つい長話をしてしまった。
大半が無駄話だったが、無事新人に指導する許可が下りた。
その後、何日か新人の指導をした。大剣を使い続けるヤツばかりだが、中には俺が紹介した武器に持ち替えるヤツも居る。あいつが言っていたのはこういうことか……。
ギルド内で武器を売り込む事は禁止されているが、指導と助言をするなら逆に歓迎される。
それにギルド内での商売は禁止されているが、ギルドに配達することは許可されている。指導のついでに納品するなら規則違反にならないんだ。
あいつ、若いくせに知恵が回るな。これは誰にでも真似できることではない。他の武器屋からのやっかみがありそうだが、真似できるもんならやってみやがれ。
と思っていたんだが、問題も発生した。
ギルドで評判が上がるにつれ、店にも客が入り始めたんだ。店を開けながら新人の指導もする。目が回る忙しさだ。本気で見習いを雇うことを考えねぇとなぁ。
でも今は新人の指導だ。久しぶりの模擬戦は楽しい。指導するのも面白い。いつの間にか5日に一度は店を閉めて指導するようになっていた。
ある日、上機嫌で指導している所にまた例の若いのがやってきた。しばらく帰らないと言っていた割には早い帰還だ。
「で、用ってのは?」
「まずはこれを見てほしい」
若いのは、そう言いながら5本の剣を取り出した。見た目は普通の片刃の片手剣だな。 鞘(さや) や 柄(つか) に使われている素材はそんなに良い物じゃねぇ。
でも、鞘から抜いて驚いた。透き通るかのように磨かれて、まるで鏡だ。素材もいい。持った感触も悪くない。
思わず金貨12枚なんて言ってしまったが、これの価値が分かるやつなら金貨20枚でも買ってくれるだろう。それよりも少し安く、金貨18枚で売るつもりだ。16枚までなら値下げしてもいい。
これを作ったのが若い女だって言うから驚きだ。俄然興味が湧いたぜ。場所も聞いたから、すぐに段取りを付けてビルバオに行こう。
……女に目がくらんだわけじゃないぜ。彼女が打つ剣に興味があったんだ。ついでに仲良くなれたらいいかなぁなんて思いは……少ししか無い。
せっかく直に仕入れるんだから、刀身だけ仕入れて 拵(こしらえ) は王都で依頼する。女だからとナメられて、安い拵になっているんだろう。それでは剣が可哀想だ。
くっくっく。全く、あいつは余計な仕事を増やしてくれるぜ。新人の指導だけでも手一杯なんだ。そのうえ、ビルバオまで仕入れに行けとはね。
まさか、俺に休む暇を与えないつもりか? いいだろう、受けて立とうじゃないか。店を大きくして待っているよ。いつかこのお返しをしないとなぁ。