作品タイトル不明
商売と下心
俺たちは無事報酬を受け取ることができた。金が必要だったわけではなく、馬鹿に金が渡るのを阻止しただけだ。
予想よりも時間が掛かったが、出発できない時間ではなかったので、そのまま街を出て山を抜けた。
帰りは一度通った道を戻るだけだ。日が暮れる前には、なんとか麓の野営地に辿り着くことができた。ただし、登りの3倍ほど疲れたけどね。
斜面を転げるように駆け下り、崖は飛び降りた。魔物は適当に蹴散らしたので、正確な数は分からない。ウルフが数匹だと思う。
麓の野営地で1泊したあとは、王都に直行する。金ボアの素材の処理はまだ終わっていないはずなので、アルコイに立ち寄る理由が無い。
と言うかエリンから仕入れた剣が邪魔なので、早いところ大鷲屋のおっさんに引き渡したいのだ。急いだ分だけおっさんの行動が早くなるため、それも好都合だ。
テントや野営の準備をしている間に辺りは暗くなってしまった。
「もう暗くなってしまいましたね……。夕食は保存食で済ましてもいいですか?」
ルナが申し訳なさそうに言うが、暗い中で作れるものは限られている。と言っても、ルナは保存食をそのまま出す事は無いので、全く不満は無い。
「問題無いぞ。いつも準備を任せてしまって悪いな」
「あ……いえ、好きでやっていることですので」
ルナが笑顔で答える。
「ホント、助かるわぁ。アタシ1人だったら、保存食の塊をかじってガマンするわよ」
クレアは時間がある時は凝った料理を作るが、時間がない時の適当さ加減がなかなか酷い。俺は時間があっても適当なんだけどね。凝った料理は気が向いた時だけだ。
「私なら食べることを我慢するぞ」
「あたしは食べなくてもへーき!」
ルナ以外の3人は割とガサツだ。みんな器用で働き者なんだけど、妙な所で無頓着なんだよな。
氷室(クーラーボックス) があるので新鮮な肉や野菜も持ち歩いているのだが、調理の手間があるので、時間がない時は保存食を食べる。保存食は干し肉とドライフルーツが基本で、小麦粉を使った無発酵のパンを焼くこともある。
以前は堅パンを持ち歩いていたが、煉瓦をかじっているのかと思うくらい硬いので、もう二度と買わない。
時間があればスキレットを使いたかったのだが、今日は時間がないから無理だ。王都に寄った後はすぐにエルフの国に行くので、その時に思う存分使おうと思う。
食事を終えてクレアと雑談をする。話題は、エリンが作った剣だ。
「どうだった?」
クレアが俺に顔を近付けて聞く。
買ったばかりのファルシオンは、さっきのウルフ戦で一度だけ試した。
「悪くない……というかかなり良いな。切れ味は当然なんだが、振った感じが良い。俺が入れた力以上の速度で振っている感覚と言うか……」
「へぇ……重心がいいのね。アタシも次はその剣にしようかしら」
「マクハエラでは不満なのか?」
「使い勝手に不満は無いけど、手入れがね……形がちょっと特殊でしょ? だから難しいのよ。
今はまだ大丈夫だけど、たぶん近いうちに壊しちゃうわ」
クレアは以前まで両刃の剣を使っていたので、片刃の手入れに手こずっているようだ。
マクハエラの刀身は、先端に向けてS字を書くように大きく湾曲している。湾曲に合わせて砥いでいくのだが、刃物は研ぐ度に形が変わっていく。そのため、不慣れな人が研ぎ続けると刃線が崩れてしまうのだ。
俺がマチェットの修理をプロに任せたのも同じ理由。大きく欠けすぎていたので、俺が研いだら彫刻用の小刀みたいな形になってしまうだろう。
クレアにはいずれ本物のマクハエラを渡すつもりだが、本物は魔道具だ。普段使いの剣も必要になる。でもなあ……俺と同じ剣では面白くないんだよなあ。エリンに面白い剣を作ってもらおう。
次の日はただの移動日だ。道中は何の問題も無く進んだ。いつものように魔物と冒険者を回避しながら走るだけだ。敢えて街道を避けたため、ある程度地図を埋めることもできた。
途中でテント泊を挟みつつ進む。距離を稼ぐ必要があったので、ゆっくりしている暇は無かった。
しかし急いだ甲斐があり、ビルバオ出発から3日めの昼には王都に到着した。
「なんだか久しぶりに帰ってきた気がするわね」
王都の門を抜けると、クレアが背伸びをしながら言った。
「そうだな。たった数日しか経っていないんだけどな」
「では、宿に行きましょうか」
「その前に大鷲屋と冒険者ギルドに寄っておこう。時間が掛かる用事ではないから、先に済ませたい」
「そうですね。お付き合いします」
久しぶりに屋根を走り、大鷲屋に向かう。地方都市では家がまばらなので、屋根走りに向いていない。王都ほどびっしりと密集していれば走りやすいのになあ。
大鷲屋武器店に到着したので、扉に手を掛けて開けようとした。
「あれっ?」
しかし、扉には鍵が掛かっている。毎日開店がモットーだったはずなのに……。
「開きませんか?」
「そうなんだよ。何かあったのかな」
「体調を崩されたのかもしれませんね……。心配ですが、帰りましょうか」
少し心配だが、まあ大丈夫だろう。もし体調不良ならポーションに漬け込んでやればいい。おっさんが倒れたら困るのは俺だ。
次は冒険者ギルドに行く。今日中に納品しておかないと、道中で討伐したウルフが腐ってしまう。
冒険者ギルドのホールは相変わらず閑散としているのだが、今日は訓練場が騒がしいみたいだ。奥から物音が聞こえている。
「あ、お帰りなさい」
エリシアさんがこちらに気付き、笑顔で迎えてくれた。
「やあ、久しぶりだね。とりあえず買い取りを頼むよ」
「ありがとうございます。査定しますね」
「ところで、訓練場で何かやっているのか?」
「あ……そうなんです。
元冒険者の方が、指導に来てくれているんですよ。コー様も覗いてみてはいかがですか?」
「へえ、面白そうだな。査定している間に見てみるよ」
王都のギルドに併設された訓練場は、バレーボールコート2つ分くらいの屋外運動場みたいな場所だ。頑丈そうな塀に囲まれていて、外からは見えなくなっている。
そこの真ん中で、数人の冒険者が集まって模擬戦をしているようだ。ガチガチと剣を打ち合う音と騒々しく騒ぐ声が聞こえている。
騒ぎの中心を見ると、大鷲屋のおっさんが勢いよく剣を振り回していた。
「何をやっているんだ……?」
心配して損したぞ。とても元気じゃないか。
「ちょっと声をかけてみましょうか」
「そうだな。
おっさん! そんな所で何しているんだ?」
大声を出すと、おっさんが俺に気付いて打ち合いを止め、こちらに歩み寄ってきた。
「ん? おう、常連の!
お前さんこそどうしたんだ? しばらく帰らないと言っていただろう」
「あんたに用事があって、帰ってきたんだよ。店はどうしたんだ?」
「今日は休みだ。店を休んで冒険者に剣を教えろと言ったのはお前さんだろ?」
あ、そういえばそんなことを言ったな。律儀に実行したのか……。
「そうだったな。で、調子はどうだ?」
「おかげさんで、結構売れているよ」
おっさんがニンマリと笑いながら腕を組む。思い付きで出した案だったが、上手くいっているようだ。でも、今日はちょっと忙しいのかもしれない。
「そりゃ良かった。今日は遅くなりそうか?」
「いや、急ぎの用ならこれで終わりにするぞ」
早く済ませたいのは事実だが、訓練を切り上げるほどの用じゃないんだよな。
「それなら少しの間休憩ということにしてくれ。ギルドのホールで話をしよう」
ギルドのホールはラウンジのようになっていて、軽食を食べながら話をすることができる。提供されるのは酒がメインなので俺たちはあまり利用しないのだが、ちょっとした話をするのにはちょうど良いスペースだ。
「よし、わかった。
すまんが少し休憩だ! 話が終わったら戻る!」
訓練を受けていた冒険者に声を掛けてギルドの建物に入ると、ホールのテーブルを囲んで座った。
「で、用ってのは?」
「まずはこれを見てほしい」
エリン作のファルシオンをマジックバッグから1本取り出し、おっさんに見せた。
「ふむ…… 拵(こしらえ) は普通だな。良くも悪くもない。
しかし中身は良い物じゃないか。良い鉄を使っている。鍛え方も良い。これがどうかしたか?」
おっさんはファルシオンを鞘から抜いて、刀身を眺めている。
やっぱりこのおっさんは見る目あるなあ。俺は拵なんて気にならなかったぞ。せっかくだからちょっと試してみよう。
「おっさんがこれを買い取るとしたら、いくらで買う?」
「そうだな……持ち込みなら12枚が限度だな。売値で金貨18枚ってところだ。
店として仕入れるなら、仕入先によるぜ。遠くから仕入れるなら移動費も考える必要がある」
意外と高値だな。金貨10枚で売ろうと思っていたんだけど、先に聞いておいてよかった。
「これと同じ物を全部で5本売りたいんだが、どうだ?」
「買おう」
おっさんが間髪容れず答える。
早いな。即答かよ。
「よし売った。
それで、この剣の仕入先なんだが……」
「もっと仕入れたい。また持ってきてくれ」
またしても即答した。気が早いなあ。
「教えるから、自分で仕入れてくれ」
「……いいのか? お前さんの仕入れルートだろう?」
おっさんは目を見開いて言う。
冒険者は、小遣い稼ぎのために荷物の運搬や小規模な交易をやっている。しかし普通は自分の交易ルートを人に教えることは無い。これも大事な仕事道具だ。商人も聞かないし、聞かれても教えない。
でも俺は金稼ぎのためにやっているのではない。自分の武器を手軽に買えるようにしたいだけだ。
「工房には話を通してあるよ。俺は面倒だから行きたくない」
「そりゃあ助かるが……」
「ビルバオって分かるか?」
「ああ、鉄の街だな。でも山の上だろう。少し遠いな……」
おっさんが少し考えて渋る。
遠いといえば遠いんだよな。馬車移動だとアルコイまで2日、そこから5日だ。滞在時間を考えると、往復で2週間以上掛かる。
「そこのエリンという人だよ。若くてきれいな女性だ」
あ、女性って言っちゃダメだったか……。この国の鍛冶職人の間では、女性というだけで不当に低く見られるみたいだからなあ。
「よし、行こう」
その心配は無かった。
おっさんの鼻の下が伸び、鼻の穴を膨らましてニヤついている。若干の下心が気になるが、このおっさんは性別で腕を判断するような人じゃないな。
張り切っているようだから、エリンとの取引はすべておっさんに任せよう。
詳しい場所を教え、5本のファルシオンと60枚の金貨を交換した。面白い鍛冶職人を見つけたら、この調子で全部おっさんに丸投げしよう。
ファルシオンを抱えて訓練場に戻るおっさんを見送る。あとは買い取りのお金を受け取って今日の用事は終わりだ。