軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2話 初期設定は重要

本来のカトリーナとカインの婚約は、蜂がきっかけとなっている。

先日は両家の子ども同士の初めての顔合わせの場だったのだが、原作ではカインが渡そうとした花束に紛れ込んでいた蜂が、カトリーナの額を刺してしまうのだ。

傷が残るようなことではないものの、貴族令嬢の顔に怪我をさせたのは問題。

クレマ公爵は王家に責任を追及する形で、一目惚れしたカインのお嫁さんになりたいと豪語していたカトリーナのために、婚約をもぎ取った――というのが原作上の話。

なかば横暴に決定した婚約のせいでカインの中でのクレマ公爵家の心象は悪くなり、カトリーナとの不仲に繋がるのだが……。

あろうことか、転生カトリーナはきっかけとなる蜂を叩き落としてしまった。

(刺されてから前世を思い出したかったわ。単に気を失っただけでは、婚約を迫るには理由が弱すぎる。スタートから原作を踏み外してしまうなんて……!)

カインと婚約できなければ、何も始まらない。

由々しき問題だ。責任を取ってもらう作戦を使えないのが悔やまれる。

(でも私は最高の悪役令嬢になるのよ。この程度でへこたれるもんですか。原作ルートを取り戻してみせる)

気合いを入れて着飾ったカトリーナは、屋敷の応接間へと向かった。

そうして着いた応接間ではクレマ公爵とカイン、そして国王の側近ひとりが待っていた。

クレマ公爵とカインは向かい合うようにソファに腰掛けている。

「カイン殿下、大変お待たせしました。カトリーナ・クレマ、ただいま参りました」

スカートを摘まみ上げ、にこやかな挨拶をカトリーナがすれば、カインはホッと胸を撫でおろした表情を浮かべた。

目の前で倒れたカトリーナのことを心から心配していたのだろう。元気そうなカトリーナの姿を見て、明らかに安堵している。

そんな顔も相変わらず綺麗で、カトリーナは素直に見惚れた。

「あまりの恐怖と驚きが原因だと聞いた。蜂がいないか、もっと確認すれば良かった。カトリーナ嬢、今回は私の不注意で申し訳ない」

素直に謝れるカインの、なんと尊いことか。

今後色々あっても、このまま真っすぐ育ってほしいところだ。

「私もカイン殿下を驚かせてしまい、失礼しました。蜂からカイン殿下を守らなきゃと頑張ってみたものの、結局は気を失ってしまって、お恥ずかしいですわ」

「なんと、身を挺して私を……! カトリーナ嬢、ありがとう!」

「どういたしまして。あの、お隣に座ってもよろしいですか?」

「あぁ、問題ない」

通常、貴族から気軽に王族の隣に気軽に腰掛けるのはマナー違反だが、今回は王家側が起こしてしまった事故の和解の場でもある。

カインからわざわざクレマ公爵邸に足を運んだのも、今後も公爵家との良好な関係を維持するため。

カインは快く受け入れ、国王の側近も黙認してくれた。

クレマ公爵は穏やかに微笑みながら子ども同士のやりとりを見守っている。

「そうだ。カトリーナ嬢に、お詫びの品を持ってきたんだ」

「私にですか?」

「気に入ってくれると嬉しいのだが」

カインが差し出したのは、両手に載る大きさをした長方形の小箱。彼が蓋を取れば、ガラスでできた一輪の薔薇が姿を現した。

カトリーナの髪色と同じ赤い薔薇は、光を受けてキラキラと輝いている。

「先日花束を渡せなかったから、代わりにこれを……と思ったのだが、どうだろう? これなら蜂はいないし、安心して飾れるはずだ」

「とても素敵です。カイン殿下から、こんな綺麗な花をいただけるなんて嬉しいです!」

「受け取ってくれるのか! それは良かった」

「――っ」

笑顔のカインが眩しすぎて、気を失いそうになった。子どものうちからこれほどの威力とは……原作のカトリーナが夢中になるのも納得だ。

将来、身を滅ぼすほど嫉妬に狂うのも仕方がない。

が、転生カトリーナはぐっと耐えた。

(推しの笑顔……なんて危険なの!? けれどこの程度で倒れていては、虚弱体質だと思われて婚約者の座を掴めない。耐えるのよ……悪役令嬢カトリーナも、カインに負けないくらい顔が良い。負けるな自分!)

重要なのはこのあと。

カトリーナは密かにお腹に力を入れつつ、顔には微笑みをしっかり浮かべてみせた。

「カイン殿下は本当にお優しいのですね」

「そうだろうか」

「はい。私が勝手に倒れてしまったのに、こうしてお見舞いにいらしてくださっただけでなく、素敵なガラス細工までくださるなんて。私、感動してます」

「王家を支えてくれる臣下のことを気遣うのは当然だ」

カインは得意げに胸を張った。

「周囲からもカイン殿下は正義感溢れる方と聞いていて憧れていましたが、ますます尊敬の気持ちが強まりましたわ」

「そんな噂が。期待を裏切らないよう、精進しなければ……!」

「ふふ、本当にカイン殿下は素敵です! どうか私に、一番おそばでカイン殿下をお支えする名誉をいただけませんか?」

「いいだろう! カトリーナ嬢は私の失態を寛大に許してくれた器の持ち主。あなたのような臣下がそばにいれば、私もとても心強い!」

カインは青い瞳をキラキラと輝かせて、カトリーナの手を握った。

すかさずカトリーナはカインの手を握り返し、クレマ公爵に満面の笑みを向けた。

「お父様、カイン殿下が隣に立つことをお許しくださったわ! これでずっと一緒にいられるわ!」

「そのようだね。カイン殿下、末永くカトリーナをお願いしますね」

「もちろんだとも!」

カインが元気よく返事をした一方で、国王の側近の顔色は悪い。

クレマ親子の意図に気付いてしまったのだろうが、もう手遅れだ。

「ドーリー卿、城に戻ったらこれを国王陛下に渡しておいてくれ。これはカイン殿下からお許しになった発言があったからこその親書であることも、必ず伝えてもらおう。娘との約束が守られることを信じていますよ」

「……承知いたしました」

側近ドーリーは震える手で、恭しくクレマ公爵から書状の入った筒を受け取った。

もちろん側近の異変をカインに気付かれないよう、この間カトリーナは「先日新しい勉強用のペンを買いましたの」「大鷲堂のノートの書き心地おすすめでしてよ」と話しかけ、気を引くのを忘れない。

こうして目論見通り、書状は側近の手に渡った。

***

そして数日後。カトリーナとカインの婚約が内定したという返事が、国王から届いた。

(まだ純粋な八歳のカイン殿下には悪いけれど、発言には気をつけないと)

方法は少し変わってしまったけれど『クレマ公爵家がやや強引に押し進めたことによる婚約』という設定に近い状態へ持ち込めた。

カインも今後はカトリーナとの会話には警戒するだろう。

流れを元に戻すことができた達成感は実に素晴らしい。

しかしカトリーナは気を緩めることなく鏡台の前に座った。

「私、本当に美少女すぎる……!」

鏡に映っているカトリーナは、非常に愛らしい。どの角度から見ても天使。

最高のキャラデザに感謝したいところだが、悪役感が一切ない。

ただでさえカトリーナが転生者というバグ発生中で、シナリオから外れやすくなっているというのに……。

「このままでは再現性が低くなってしまうわ」

本来は長年思いを寄せている王子に冷たくされて性格が歪み、中身も見た目も悪役としての素質を磨いていくのだろう。

しかし転生カトリーナは王子カインに恋なんてしていない。彼はあくまでも観賞用。

嫉妬が起きないことで悪役が輝かなければ、断罪スチルが映えないどころか、イベントが発生しない可能性もある。

「ネネ! ネネ! 早く来なさい!」

「は、はい!」

呼び鈴を激しく鳴らし大きな声で名前を呼べば、すぐに侍女のネネがやってきた。

教会の孤児院でカトリーナが気まぐれで連れてきた十四歳の少女で、毛先がくるんとしている亜麻色の短めのポニーテールがトレードマーク。

「わたくし、今日からハイスペックで美しい悪役を目指すの。協力してくれないかしら」

「あ、悪役ですか? カトリーナお嬢様はむしろ可愛らしい方が似合うのでは」

「それでは駄目なのよ。私には達成したい願いがあるの。ネネにしか協力を頼めないの。助けて?」

カトリーナが上目使いで頼めば、ネネはイチコロだった。

「喜んで! あぁ、神よ敬愛なるカトリーナ様の信頼を得られる機会を下さり感謝いたします」

ネネは数多くいる使用人の中から、唯一のカトリーナの秘密の共有者に選ばれたことに感動したのか、膝をついて神に感謝を捧げ始めた。

さすが教会出身。お祈りスタイルが板についている。

カトリーナは感心しながら鏡の前に座り直し、早速、悪役令嬢になるべく命令を下した。

「ネネ、まずは髪型を鋭いドリルにするのよ! 巻数は増し増しで」

悪役令嬢と言ったら縦ロール。

カトリーナは見た目から着手することにした。