軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1話 転生令嬢の覚醒

蜂がいる。

丸々とした大きな黒い蜂が、目の前で飛んでいる。

それ以上に、赤髪の少女は目の前の少年が気になった。

(なにこの美少年は……天使?)

十歳にも満たない年齢の少年だ。

太陽の光を集めた色素の薄い金髪に、透き通った青い瞳。つるりとしたゆで卵のような輪郭は左右対称で、目鼻口が完璧な配置で乗っている。

紛うことなき絶世の美少年。

肩にフリンジがついた豪奢な礼服が板についている。

そんな美少年の手には大きな花束が抱えられており、顔を引きつらせてこちらを見ていた。

(コスプレ……? 顔がいいと、どんな表情も可愛いわね。それにしてもこの少年の顔、どこかで見たことがあるのだけれど)

赤髪の少女は黄金を溶かし込んだかのような目をパチパチと瞬き、こてんと頭を傾けた。

(どこで見たのかしら? 絶対に見たことがあるはずなのに)

ぶーーーーん。

(あと少しで思い出せそうなんだけど……頭がずきずきしてきた)

ぶぶぶーーん。

(思い出せないのも気持ち悪い。どこで見たのかしら? でも頭が……どうして急に……)

ぶんぶんぶーーん!

(ぶんぶん! さっきからうるさいわね!)

蜂が赤髪の少女に向かってきた瞬間、彼女は手で叩き落とした。

そして思い出した。

「……あなたは、カイン様?」

「そ、そうだけど。カトリーナ嬢、大丈夫?」

「まさか……そんな……っ」

「カトリーナ嬢!」

ズキッと激しい頭痛が赤髪の少女カトリーナを襲う。彼女は頭を押さえ、痛みに耐えるようにその場でうずくまった。

それでも一気に押し寄せる 前(・) 世(・) の(・) 記(・) 憶(・) の流れは止まることなく……。

(私が転生⁉ しかも悪役令嬢カトリーナ⁉)

カトリーナは頭痛と衝撃で、そのまま意識を失った。

※ ※ ※

「本当に転生している」

カトリーナは豪奢な自室で目覚めるなり、鏡の前に立った。

鏡に映る少女は、先ほど見たカインに負けないくらいの美少女。

薔薇のようなしっとりした赤い髪は柔らかく波打ち、大きな黄金の瞳は宝石に負けないくらい煌めいている。

「公爵令嬢カトリーナ・クレマに間違いない。少女時代は、こんなに愛らしい顔をしていたのね……! やったー♡」

部屋に自分しかいないのを確認し、カトリーナは小さな両こぶしを天井へと突き上げた。

悪役令嬢への転生なんて、断罪を全力で回避しなければいけない人生ハードモード。最悪だ。

しかし『奇跡のアクセサリーと救国の転入生』、略して『アク転』という乙女ゲームの世界なら別!

捻りのないネーミングからして、なんとなくストーリーは察せられるだろう。

『アク転』は王道で、ド定番な、異世界の学園を舞台にしたシンデレラストーリー。

他校から転入してきたヒロイン「ミア・ボーテン」が、王子をはじめとする攻略者四名と障害を乗り越え、次第に恋仲になる。そして真実の愛により、攻略対象者が所有している家宝のアクセサリーに癒しの力が宿り、病に侵されていた国王の命を救うのだ。

国王が仲を認めたことでミアとキャラは国中から祝福され、ハッピーエンドを迎える。

その中でも一番人気『第一王子カイン』のルートを選択すると出現するのが、婚約者である公爵令嬢カトリーナ・クレマ。典型的な悪役令嬢で、あの手この手でミアを虐め抜くキャラクターである。

「つまりミアが、カインルートを選んだらあの神スチルが特等席で見れるの!?」

前世は大手企業に就職できたものの、社畜となった女性営業マン。

後輩が起こしたミスの尻拭いをして、連日連夜残業を続け、ようやくゆっくり寝られるとベッドに横になり……そこで前世の記憶は途切れている。

彼氏いない歴=年齢の享年二八歳。おそらく過労死だった。

そんな忙殺された人生で折れそうな心を支えていたのが、美しすぎる『アク転』のスチルだった。

(大好きな神絵師の神スチル……最高だったな)

スチルを見ているときだけは夢の世界に浸れ、心身ともに潤い、辛い現実を忘れられた。

あのスチルに生かされていたと言っても過言ではない。

『アク転』で求められる選択肢は二個と単純。あざとい答えを選んでいれば、基本的にはハッピーエンドに辿り着く。

前世では全スチルを手に入れるべく、全攻略者のコンプリートに精を出したものだ。

「ちょっと待って? もしかして神スチルを見られるだけでなく、大人カインのあの神ボイスで“婚約破棄だ!”とまで言ってくれるの!? 人生のご褒美! こうしちゃいられないわ」

カトリーナは記憶が鮮明なうちに、覚えていることをメモに記していく。

攻略者の人数と名前。貴族としての立場。そして重要なイベントなど。

「攻略者は全部で5人。その中でも人気ナンバーワンとあって、本当に王子カインルートは最高だったのよね~それが生で見られるなんて夢みたい。絶対に断罪してもらわないと♡」

一番人気の攻略対象、王子カインは麗しい見た目が素敵なのはもちろん、正義感あふれる好青年。

政治的立場に苦悩しつつ、最後はミアをいじめ抜いたカトリーナを断罪する堂々とした姿には惚れ惚れした。

もちろん、悪役令嬢カトリーナのカットも素晴らしい。

強気に見える瞳に、ドリルのような見事な縦ロール、ドレスのように改造をした派手な制服姿は、思わず「自分を踏んでください」と言いたくなるTHE美しい女王様。

そんな悪役令嬢が醜く床に崩れ落ちる姿があってこそ、主人公ミアと王子カインの断罪スチルが輝いて見えたと分析している。

是非ともミアにはカインルートを選んでいただきたい。

「それに、ミアのバッドエンドは絶対に駄目だわ」

もしミアがヒーローの攻略に失敗してバッドエンドになった場合、家宝アクセサリーは癒しの力に目覚めず、国王はそのまま息を引き取ることになってしまう。

そして隣国が侵略することで、この国が亡びるという設定なのだ。

「亡国回避、絶対」

カトリーナは断罪されても王都から追放され、領地で静かに過ごせばいいというゆるーい設定。

田舎で過ごす優雅な永久休暇。なんたるご褒美。

平和な断罪生活を送るためにも国が滅びてしまったら困る。

カトリーナに断罪回避の選択はなかった。

「主人公ミアと王子カインの恋の炎を最大火力にするためにも、私は原作通りの最高の悪役令嬢にならなくては……!」

現在のカトリーナは八歳。断罪まではあと十年。

原作ゲームでは書かれていないこの子ども時代を上手く生きていかなくてはならない。

「私は八歳……私は八歳……私は八歳……可愛い可愛い子ども……無邪気に元気」

前世を引きずって、妙に大人っぽくなってはいけない。

大人だったころの自分を捨てる。

「私は公爵令嬢……私は公爵令嬢……態度は大きく我儘で……優雅に高潔――よし!」

カトリーナは両手でパチンとほっぺを叩くと、呼び出し用のベルを思い切り振った。

廊下からバタバタと慌ただしい足音がすると、すぐに扉が開かれた。

「カトリーナァァァァ! ようやく目覚めたんだね!」

そう言ってカトリーナに飛びついてきたのは、焦げ茶の髪に金色の瞳を持った吊り目の紳士だ。

カトリーナの記憶によると父親――クレマ公爵らしい。

半泣きで駆けつけてくれたことから娘を溺愛しているのが分かる。

使用人の到着よりも早い。

「お父様、もう大丈夫。気持ちの良い目覚めでしたわ。どれくらい眠っていたのでしょうか?」

「丸一日だよ。心配したんだからな? そうだ、何か欲しいものはないか? 食べたい物でも、宝石でもなんでもいいぞ?」

設定上、カトリーナに甘いのは知っていたが想定以上だ。

だが今は好都合。カトリーナは上目遣いでクレマ公爵の顔を覗き込んで、無邪気に告げた。

「ねぇ、お父様。私、カイン殿下がほしいわ」と。