軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第120話 夏休み、始まる

終業式が終わった校門前は、いつもより少しだけ浮ついた空気に包まれていた。

普段は整然としているはずの生徒達もこの日ばかりは制服の着崩しが目立ち、鞄を揺らしながら友達同士で夏休みの予定を話し合っている。長い休みに入る直前の、独特の解放感が学校中に漂っていた。

「れーいん! こっちー!」

その中心で、相変わらず全力なのがリリィだった。

校門を出るなり、半ば引きずるようにしてレインの腕を掴み、迷いなく帰り道へと踏み出す。その足元では青いスライムが一匹、ぷるぷると身体を震わせながら必死に着いてきていた。

クラスで飼っているスライム――ぽよぽよだ。

夏休みの間はリリィの家で世話をすることになったのだが、その決定がヴァイスに共有されていないことは言うまでもない。

「ちょ、ちょっと待ってリリィ……! 走ると転ぶって……!」

「だいじょーぶ! なつやすみだから!」

理屈としては何一つ成立していないが、本人は本気でそう思っているらしい。

レインは困ったように眉を寄せながらも、結局はリリィの歩幅に合わせて足を速めていた。

「ぽよぽよー! おいてっちゃうよー!」

前を行くリリィが振り返って声を張り上げる。

ぽよぽよは理解しているのかいないのか、少し遅れてからようやく追いつき、ぷるりと身体を揺らしてから何事もなかったかのようにリリィの影の横へと収まった。どうやら急ぐという発想自体が最初から存在していないらしい。

その一連の様子を見下ろし、レインは思わず息を漏らした。

「……本当に、毎日がさわがしそうね」

「うん! たのしいよ!」

迷いのない即答が、レインには少し眩しい。

「ただいまー!!」

内側から足音がして、扉が開く。

「おかえり──」

そこまで言いかけて、ヴァイスの視線が自然と下に落ちた。リリィの足元で青いスライムがぷるりと揺れている。

「ぽよぽよ……か?」

存在自体に驚きはない。リリィの教室で飼っているスライムの話を、ヴァイスは嫌というほどリリィから聞いていた。

だから、問題は。

「どうしてここにいるんだ?」

「なつやすみだから!」

リリィは当然のことのように言う。

「クラスでね、なつやすみのあいだ、だれかのおうちでみるってきまったの!」

「……で?」

「りりーがりっこーほした!」

ヴァイスは額を押さえ、ゆっくりと息を吐いた。

「あのなあ、連れて帰るとは聞いてないぞ?」

「いってなかった!」

見かねたレインが慌てて一歩前に出て、丁寧に頭を下げる。

「ごめんなさい。私も止めきれなくて……」

「いや、レインちゃんは悪くない」

ヴァイスは即座に否定する。報告、連絡、相談はリリィの行動ルールに組み込まれていないことをヴァイスはよく知っている。

今だってそうだ。どうしてレインがこの場にいるのか──ヴァイスが聞かなかったのはリリィの突発的な行動に慣れているからだった。

「聞いてた限りじゃ害はなさそうだがな。問題は──」

視線がリリィに戻る。

「一人で突っ走ったことだ」

「えへへ」

「褒めてねえ」

本気で怒っているヴァイスではない。ヴァイスの頭の中は、既にぽよぽよの寝床をどこにするのかを考えていた。

そこへ奥から落ち着いた足音が近づいてくる。

「どうした?」

リビングから姿を現したジークリンデは、ゆっくりとその場にいた全員に視線を滑らせる。

「……これがぽよぽよか?」

「じーくりんでおねーちゃん!」

リリィは嬉しそうにぽよぽよを両手で持ち上げて見せる。

「いっしょにすむの!」

「そうか。それはいいな」

ジークリンデはリリィから目を切ると、レインの方へ向き直った。

「久しぶりだな、レイン・フローレンシア」

「ご無沙汰しております。ジークリンデさん」

二人は、ほとんど同時に小さく頭を下げた。

深く踏み込むことも、必要以上に距離を詰めることもない、互いの立場を心得た者同士の挨拶だった。