軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

事故調査ファイル_災の共鳴③

「俺達に言わせりゃ、あの事故は起こるべくして起こったもんだよ」

現場責任者のマルティスから話を聞いた翌日、清貴は解雇された現場関係者のもとを尋ねていた。

大聖堂のインフラ管理の仕事を外された彼らに素早くコンタクトをとることが出来たのは、その聖堂の大崩壊によって急遽作業員が必要となったためだった。

教会は慌てて解雇した作業員を呼び集めた。

無論、呼びかけに応じなかった者も存在したが、職を失い金に困っていた者たちは渋々ながら再雇用に応じたのだ。

作業を終えた彼らは、大聖堂から少し離れた設備担当者のための宿泊施設に集まっていた。

エクレシアの多くの建物と同じように岩壁をくりぬいて作られた部屋。

その壁には無数のタペストリーが吊り下げられている。

「事故が起こる前にも様々な予兆があった、という事でしょうか? 壁にヒビが入ったり、扉が開かなくなる。

大聖堂の扉のうちの二つは、固くて動かなくなっていたと聞きました。これは建物全体が歪んでいたという事ですね」

清貴が具体例を出したところで、作業員たちの表情が変化した。

「ああ、そうだ。よく分かったな」

「崩壊前の図面を拝見しましたが、あの聖堂に対して落下した鐘は大きすぎるように思えます。そもそも、聖堂自体があれほど巨大な鐘を吊るすことを前提とされていなかったのではないでしょうか」

「その通りだ」

仮眠用の寝台から身を起こしたのは、老齢の石工だった。

ロンダルと名乗った男は、50年間に渡って大聖堂の整備を続けてきた人物であり、大聖堂崩壊の後は現場に入って巨石を撤去する順番を指示しているという。

「大聖堂にあった鐘は、もともとは人の背丈ほどだった。だが、セレスティア派が大きくなるに従って鐘も大きくなっていった。

それだけじゃない。多くの信者を受け入れるために、石柱を何本か細く削らされた。

だが俺たちは何とか上手くやってきたんだ。歪みが出たところはすぐに補強し、地下水が漏れ出した時には水路を開けた」

「地下水が? なるほど、あの破局的な崩壊は、地下で液状化が発生していた可能性があるのか」

「詳しい事は分からねぇ。だが俺たちはソイツを手や、耳で知っていた。どうすりゃいいかをな」

「もともと構造上、無理があったところを職人の技術力で補っていた。だが、そうとは知らない上層部は君たちを解雇した訳か」

「そういうこった」

ロンダルは吐き捨てるように言いながら首を振る。

その顔には、長年、大聖堂を守ってきた者としてのやりきれない思いがにじみ出ていた。

「事故が起こる一週間ほど前に、揚水用水車が故障したらしい。恐らくは大聖堂の歪みによって押しつぶされたんだ」

「揚水用水車、……排水用ポンプか。それで、……」

「ああ、それでどうなったと思う?」

「……教えて頂けますか?」

清貴が真剣な顔で尋ねると、ロンダルは顎鬚を指で擦った。

「地下には、古い書物を保管しておく部屋があった。

他にも祭事に使う道具やら、備蓄用の食料。そんなもんがたっぷりと溜め込んであった。――そこが、浸水した。

連中は、高価な祭具や書物が汚れるのを恐れて、それらを上の階へと避難させたんだ。

一階は参拝客の目に付くからと、わざわざ二階の回廊へとな」

「乾燥した羊皮紙ならまだしも、水を含んだ書物は数倍の重さになる。……さらに食料か。

数トン、いや数十トンの 死荷重(デッドウェイト) が、よりによって構造的に最も脆弱な上層階に集中したわけか。

重心が上がり、復元力が失われた建物に、あの大鐘の振動を加える……」

「ああ、その通りだよ。荷物を移動させた部屋の壁や床には、いくつもの小さなヒビが入ってたそうだ。

そいつを聞いた瞬間、もういっそ怒りも吹き飛んだ。コイツらはそこまで”分かってないのか”ってな」

清貴は奥歯を噛み締めた。

知れば知るほど、この事故は偶然の不幸などではない。

「だが、他にもある。ここ数週間の間に鐘の音がおかしくなった。堂守のセダス爺さんが倒れた後からだ。

堂守は以前は三人だった。けど二人がクビになってセダス爺さんだけになった。

爺さんはあのでかい鐘の手入れから、鐘つきまで全て任されてたんだよ。だが、流石に無理が祟って腰を痛めた。

それで、若い神官が代わりを務めてたって話だが、……そのころから音が変わったんだ」

「変わった、というのはどのように?」

問いをなげると、作業員たちは互いの顔を見合わせた。

「うまく言えないが、鐘を打ち鳴らしたあとに、妙に音が長く尾を引くようになったんだ」

「それに何ていうか、音が二重に聞こえるような、いつまでも耳の奥で消えないみてぇな……」

「食堂のマーサさんが、堂守が変わってから、食器がやたら揺れるようになったって言ってたな」

清貴は証言をなぞるようにメモを走らせる。そのペン先は、怒りで僅かに震えていた。

「音が二重に聞こえる……。なるほど、建物全体の揺れが鐘の音に追いつき、干渉していた証拠だ。

そのセダス爺さんのような熟練者は、無意識にその共振を避けるような『打ち方』をしていたんだろう。

だが、新米の神官たちは何も知らず、……それが大聖堂が致命的な 共振(デゾナンス) を起こしていた」

二階に積み上げられた濡れた荷物、解雇された熟練者、そして素人の手による無秩序な打鐘。

「次は神官たちから話を聞く必要がありそうだな」

それは、今まででもっとも困難な調査になるであろう事が目に見えていた。

部屋へと戻り一日の証言を見直している清貴に、アレスがアイスコーヒーを運んでくる。

ゼノンはエクレシアの商会を駆け回って蒸留酒と石鹸を買い上げており、まだ戻っていなかった。彼の愛犬セルジュは、風通しの良いテラスで無防備に腹を出して眠っている。

魔道具によって作られた氷がカランっと涼やかな音をたて、作業に没頭していた清貴の意識が僅かに緩んだ。

「ああ、アレスか。助かるよ」

アイスコーヒーを喉に流し込めば、血管の隅々まで生き返るような気分になる。

「……聖女様、少しお話をさせて頂いても宜しいでしょうか」

「ああ、どうした?」

そういえばここ数日、アレスはほとんど口を開いていなかった。

ゼノンに比べお喋りではないにせよ、ちょっとした会話さえなかったように記憶している。

「神官たちに話を聞く際には、どうか、聖ペトラーダの教義を軽んじないで頂きたいのです」

「――もっともな意見だ。宗教は、彼らの心の礎だ。それを否定するようでは、そもそも”話し合い”ですらなくなる」

「ええ、その通りです」

アレスは頷き、浅く微笑んだ。

「……アレス、以前から気になっていたんだが、何故、君は僕の味方をしているんだ? 君とて聖ペトラーダの信徒だろう。

僕のやり方は君たちの教義に反する筈だ。でも君は、異端審問官という立場でありながら、僕の行動を黙認している」

「貴方も、私がシスター姿でいることを黙認されているではないですか」

「え!? あ、んあ? ……ま、まぁ、そうだが、その、……そこなのか?」

清貴がしきりに首を傾げると、アレスはころころと鈴を転がすような声で笑う。

「なぜ、黙認されているんですか? 確かに最初はちょっとした事故のようなものでした。

でも私はこの服を着続けた。あなたはそれを、似合わないだとか、奇妙だとか、やめさせることも出来た筈です」

「確かに最初の頃は似合っているとは言い難かった。だが今はその、なんだ、よく似合っている。が、問題はそこじゃない。

誰かがその服を選んだ時、そこには何らかの理由が存在する。人が理由をもって行っている事に口を挟むのは野暮ってもんだ」

「――あなたが、そういう方だからです」

ふふっとアレスが嬉しそうに笑う。

「少し、昔話をさせて下さい……。

以前にも、聖女様と同じように、神のなさる事を解き明かそうとされる方がいらっしゃいました。

その方はむしろ、ペトラーダの熱心な信者でした。

彼曰く”神は万能である”と。故に”神の作り出した方程式を解き明かす事もまた信仰である”、そんな風にお考えでした」

アレスはそこで目を伏せた。

「ですが、彼の行為は異端とされ、私は彼を裁くために派遣されたのです」

「……それで、どうしたんだ?」

「裁きを下しました。その時はそれが正しいと信じていました」

それはあまりにも深く重い一言だった。

アレスの持つ黒ずんだモーニングスター。それは彼がかさねた”裁き”の数を物語っている。

「ですが、ずっと心に棘が刺さっていました。後悔と言う名の棘が。

その時から私は、自分の心を殺すようになりました。教えに疑心を抱かぬように。懸命に心を殺してきました」

アレスの『棘』……それは、科学と宗教の衝突で流された血の痕跡なのだろう。

「ですが、あの日、あなたがシスターの服を着ろと言った時、私は『神官』ではなく、ただの『一人の人間』として存在することを許された気がしたのです。

あの日、弾けたのは私の自制心ではなく、私を縛っていた古い戒律の鎖だったのでしょう。

そして貴方は、そんな私を一度も否定しなかった」

「ああ、……」

「だから私は、貴方を否定しません。貴方の”心”を裁きません」

「そうか」

清貴は大きく頷いた。

彼は清貴を守るために、異端審問官としての自分を捨てて、一人の”人間”として隣にある。

アイスコーヒーの氷が溶け、グラスの表面を滴が伝い落ちる。

目を覚ましたセルジュが足元にすり寄って甘えてきた。

「アレス。君の”心”は受け取った。

僕は僕のやり方で、君達の神様が作ったこの世界の仕組みを解き明かしてみせよう。

――それが、僕なりの信仰の示し方だ」