軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10.

たくさんの贈り物に埋もれてしまっているかと思いきや、エミリアの名付けの元になった本の贈り物を、彼女は殊更に大切にしてくれていたようだ。

「わたし、この本がとっても大好きなの。なんて言ったって、お母さまがこのお話に出てくるお姫さまの名前を、そのままわたしに付けてくれたんだもの」

「エミリア姫ですね」

「そう。お母さまはわたしに、エミリア姫みたいに強くて優しい子になってほしかったのね。わたしがお腹にいる時、ずっとこの本を読み聞かせてくれてたそうよ。だからジュリエットからの贈り物が〝白薔薇姫の涙〟だって知って、すごく嬉しかったの」

もう十年以上も前に出版された本で、新品を探すのは苦労したけれど、こんなに喜んでくれるなら贈った甲斐もあるというものだ。

それに、名付けの意味が本人に伝わっていることも嬉しかった。ミーナか、乳母のモリス夫人が教えてくれたのだろうか。正直、オスカーがあの本の内容を知っていたとは思えない。

「気に入っていただけたようで何よりです。きっと、エミリアさまにぴったりだと思って選びましたから」

「さすがジュリエットだわ。お父さまの贈り物なんて、有名な教授が書いたって言う教科書よ。酷いと思わない?」

確かに十二歳の誕生日プレゼントとしてはあまりに心躍らない品だが、当人を前にして随分と遠慮のない物言いをする。

しかしオスカー自身もあまりよくない贈り物という自覚はあったのか、娘からの当て擦りに咳払いをし、気まずげに顔を背けていた。

それも仲の良さゆえだと思えば微笑ましく、ジュリエットはつい、本人を前に吹き出してしまう。

「あ、ジュリエットが笑ったわ!」

それを、まるで実に珍しい光景を目撃したかのように言われ、戸惑うしかなかった。

「わたし、そんなに普段むっすりしていますか……?」

「ううん。そうじゃなくて、お父さまがいると、なんだかいつも緊張しているみたいだから」

意外な指摘に、なんとも情けないような居たたまれないような気持ちになる。

上手く取り繕っていたはずなのに、僅か十二歳の娘にそれを見抜かれていたということは、オスカーにとってはもっと分かりやすく思われていたことだろう。

目上の人間を前に緊張するのは至極当然のことだが、それ以上の何かが伝わってはいないだろうか。

ちらりとオスカーを窺うと、逸らすのが不自然なほどはっきり目が合った。

「私は、そんなに恐ろしい雇い主だろうか」

「い、いいえ……! 滅相もございません」

本気なのか冗談なのかわからない質問に、ジュリエットは大真面目に答える。

「ただ、その――これまで、あまり男性とお喋りする機会がなくて」

言ってから、迂闊な発言を後悔した。

これではまるで、オスカーを男性として意識していると答えたようなものではないか。そんなつもりはなかった。もちろん、少しも意識していないというと嘘になるが、それをあえてここで主張するような意図はなかったのだ。

しかしエミリアが次に発した言葉は、そんなジュリエットの考えに追い打ちを掛けるようなものだった。

「でも、アダムやライオネルとは普通にお話ししていたわよね?」

「ア、アダムさんとは年が! 近いですから! それに、ライオネルさまは……そう、親戚に似ている方がいるんです!」

「そうなのね。でも、お父さまは見た目ほど怖くないから大丈夫よ。本当はすごく優しいんだから」

その発言から鑑みるに先ほどの言葉にさほど深い意味はなかったらしいが、波立った心がすぐに収まるわけでもない。

エミリアが寝る支度を調えている間、ジュリエットは妙な動悸がして大変だった。

そして、話はそれだけでは終わらなかった。

「では、私はこれで失礼しよう。おやすみ、エミリー。よい夢を――」

「ちょっと待って、お父さま!」

娘の額に口づけし、部屋を去ろうとするオスカーをエミリアが慌てて引き留める。

「お父さまも一緒に読み聞かせするのよ」

「え?」

「えっ?」

当然のように放たれた要望に、ジュリエットとオスカーの疑問符がぴったり重なる。

てっきりジュリエットひとりで本を読み聞かせるのかと思っていたが、エミリアは初めからふたりに頼む予定だったようだ。

「白薔薇姫の涙には、王子様が登場するのよ? 男の人がいてくれないとりん……りんじょ……」

「臨場感?」

「そう! 臨場感が出ないじゃない」

演劇でもないし、何もそこまで本格的にしなくても。

そう思ったが、こうと言い出したら聞かないエミリアのことだ。

「ほら、ふたりとも座って座って!」

彼女はてきぱきと椅子を二つ用意すると、寝台のそばに並べて置いた。そして右手でジュリエット、左手でオスカーの袖を引っ張り、左右の椅子にそれぞれ押し込む。

寝台へ滑り込んだエミリアは、わくわくした顔で読み聞かせが始まるのを待ち望んでおり、今更水を差せる雰囲気ではなかった。

――すまないが、少しだけ付き合ってやってほしい。

オスカーから視線でそう請われ、ジュリエットは仕方なく頷いた。

別に読み聞かせをするのが嫌というわけではない。ただ、この話の内容が問題なのだ。

悪い魔女によって『竜になる呪い』をかけられた王子を、心優しい姫が愛の力で救う物語。

そう、この本の中身は恋物語なのである。

――どうしてこんなことに……!?

『昔々あるところに』

そんな、耳によく馴染んだ冒頭部分を読みながら、ジュリエットは心の中で天を仰いだ。