軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5.適材適所?

「ケイトちゃんを過激派に潜入させる?」

カイルは困惑していた。

ここのところ王都で頻発している連続不審火事件は聖女信仰の過激派による犯行とみて間違いない。

ただ証拠がない。動機もはっきりしない。強引な手を使えば宗教弾圧と言われかねないので慎重にならざるを得ない。そこで必要になってくるのがキンバリー・スミスの情報源だった。

もちろんはっきりとは言わないが、おそらく過激派と繋がっている人間から情報を手に入れているのだろう。もしかすると信者かもしれない。

憲兵局でも情報屋を使おうとしたが、全て無駄足に終わった。警戒されているのだ。

(ってことは、もう ク(・) ロ(・) なんだよなあ……)

こうなると非常に悔しいが、頼みの綱はキンバリー・スミスの『情報源』のみ。

嫌な顔をされつつも無理矢理取りつけた面会の約束は早々に反故にされたが、諦めの悪さには自信がある。

なので今日はぜったいに『情報源』を手に入れるのだと並々ならぬ決意とともに『すみれの会』の事務所を訪れたのだが。

待っていたのはキンバリー・スミスと、なぜか昨日会ったばかりのケイト・ロレーヌ。

非常に居心地が悪そうな表情を浮かべている少女のことを不思議に思いつつ、例の『情報源』の話を切り出せば、なぜか「ケイトを過激派に潜入させる」という斜め上の発言が返ってきたのである。

「堅苦しい言い方をするとそうね。実際は潜入というより、ただ話を聞いてくるだけなんだけど」

正気か、ババア。

口から飛び出しそうになった言葉を寸前で呑み込む。

ケイト・ロレーヌ。

彼女に会ったのは昨日が初めてではない。昨年起きたロレーヌ男爵令嬢誘拐事件。カイルはランドルフ班のひとりとしてその救出劇に関わっていた。その際言葉を交わしたのだが、おそらくケイトは覚えていないのだろう。もしくは、思い出したくもないかもしれない。そう思って、あえて何も言わなかった。

ひどい怪我はなかったとはいえ、髪は男性のように短く切られ、殴られた頬は赤く腫れあがっていた。蝶よ花よと育てられてきた貴族の令嬢だ。 心的外傷(トラウマ) になってもおかしくはない。

取り乱したりはしていなかったものの、それでもずっと体は震えていた。

カイルにとってケイト・ロレーヌは忌むべき犯罪者に傷つけられた可哀想な被害者のひとりであって、それ以上でもそれ以下でもなかった。

昨(・) 日(・) ま(・) で(・) は(・) 。

――五人の共通点は、他人に隠す必要のある秘密なんじゃないでしょうか。

例の連続猟奇殺人事件。もしかすると、これは難航していた捜査状況を打破してくれる一筋の光になるかもしれない。

(腐っても『赤猪』の孫娘ってことかね)

ケイトは祖父のことをただ脳筋だと考えているようだが、実際のところエイル・ロレーヌは前線で暴れただけで評価されたわけではない。 非(・) 常(・) に(・) 運(・) が(・) 良(・) か(・) っ(・) た(・) の(・) だ(・) 。敵襲を事前に察知したり、敵の偵察部隊や罠に気づいたり、そしてなぜか密偵を見つけるのも抜群にうまかった――らしい。本人は「勘」だと言っていたが、もしかするとケイトのように洞察力に優れていたのかもしれない。

とはいえ、あくまでケイトは一般人だ。

「……さすがに冗談ですよね?」

「どうして? 私たちは軽口を叩き合うような仲じゃないでしょう?」

だから正気か、ババア。

やはり口から飛び出しそうになった言葉をぐっと呑み込んで、代わりに別の言葉を吐き出すことにする。

「は? マジで言ってんの? 犯罪組織に? 一般市民を? え? おばさん頭沸いてない? 大丈夫?」

その瞬間、目の前に座っていたケイトがなぜか額に手を当て天井を仰いだ。

カイルも少しだけ言い過ぎたかもしれないと思ったが、もともと口が悪いのだから仕方ない。これでも抑えた方である。

それに、おそらくまだ許容範囲内のはずだ。たぶん。

ちらりとキンバリーに視線を向ければ、笑顔のままわずかに口元を引き攣らせている。

(初めて会った時にも言い争いになって バ(・) バ(・) ア(・) って言ったらナイフが飛んできたんだよな)

今は何も飛んできていないので、セーフである。

「……早死にしたくなければ口の利き方には気をつけなさいね、クソガキ」

「すいません、育ちが悪いもんで」

「あら、私でよければ躾直してあげるけど?」

「あ、間に合ってまーす」

軽く流せば、チッ、と舌打ちが返ってくる。

「ほんっとに生意気ね。ああ、それと、放火の件はまだ証拠がないから正確には犯罪組織ではないわよ」

「はあ? 教会のモイライの壁画を塗り潰したり、聖女は神の使いじゃなくて 只人(ただびと) だって主張した歴史学者に何百通も脅迫状を送ったり色々やらかしてるだろ、聖女信仰の連中は」

「その聖女信仰っていう表現もちょっと語弊があるわね。一般的に聖女信仰と言ったらエウノミア派のことを指すのよ。エウノミアというのは古代語で秩序という意味ね。その名の通り、きちんとした秩序を持った、犯罪とは無縁の団体よ。問題は少数派であるディケー派。ちなみにディケーは正義という意味で、まあ、その正義が行き過ぎて今は過激派って呼ばれているわけだけど」

「うわ、クソどうでもいい。……ていうか、ケイトちゃんはいいの? どうせ無理矢理押しつけられて断れなかったやつでしょ? 潜入なんて危険だし、何があるかわかんないし、やめた方がいいんじゃない?」

質問ではなく確認するように訊ねれば、ケイトはわざとらしく視線を逸らした。

代わりにキンバリーが答える。

「問題ないわ。エウノミア派のお偉方には顔が利くの。だからディケー派との交流会でも開いてもらおうと思って。ケイトにはエウノミア派の信者として交流会に参加してもらうつもりよ。相手と接触するのは交流会の準備の時と当日だけ。たいしたことはないでしょう?」

ということは限られた信者からしか話が聞けないということになる。

都合よく不審火事件に関係している人間が参加するだろうか――と考えてすぐに気づく。

その辺りはキンバリーの『情報源』に誘導させる手筈になっているのだろう。

カイルはわずかに眉を寄せた。

「……そこまでお膳立てするなら別にわざわざケイトちゃんがやる必要なくない? うちの捜査員を派遣させれば――」

「わかってないわねえ」

「あ?」

小馬鹿にするような声をかけられ、思わず口が滑ってしまう。

案の定、キンバリーは眉を吊り上げた。

「今何か言ったかしら?」

「イエ、ナニモ」

「そう。……まあ、いいわ」

ふん、と鼻を鳴らすと含みのある笑みを浮かべた。

「だってそちらの捜査員よりも、うちのケイト・ロレーヌの方が優秀なんだもの」

「――は?」

「あら、信じられない?」

反射的にケイトを見れば、隠し事がバレてしまった子供のような――「何で言っちゃうの……!」と言わんばかりの表情を浮かべている。

カイルは思わずケイトに訊ねていた。

「……え。こういうこと、よくしてるの?」

「まさか! 潜入は初めてです!」

「潜入 は(・) ……?」

キンバリーが楽しそうに言葉を続ける。

「ほら、ちょっと前にウィリアム伯爵が人身売買に手を出して逮捕された事件があったでしょう? 相手が他国の密売人だったから私たちも調査することになったんだけど、地下牢で奴隷を 甚振(いたぶ) っていたっていう証言を使用人から聞き出したのがこの子よ。憲兵局も屋敷の人間に聞き取りをしたそうだけど、確か誰も何も話そうとしなかったのよね?」

「あれはたまたま洗濯女中の女の子が私と年が近くて……足を悪くしたお父様のこととか色々相談に乗ってるうちに流れで……」

カイルの担当した事件ではなかったが、使用人たちは伯爵の徹底した管理下に置かれており、証言どころか憲兵とは口すら利かない状態だったようだ。おそらく一種の洗脳のような状態だったと思われる。それなのに突然証人が現れたと聞いて不可解に思っていたのだが、『すみれの会』が絡んでいたらしい。

「それと先月大聖堂で国宝であるルヴィアリスの宝剣が盗まれた事件。協力者だと思われる男に接触して犯人の情報を手に入れたのよね。結果的に宝剣が他国に渡る前に回収することができたんだけど、知ってる?」

「あれもたまたま私の母と同郷の方だったので話が弾んで……そしたらいつの間にか犯人の愚痴を言い始めて……」

窃盗事件なのでこれもやはりカイルの担当ではなかったが、手がかりが一向に掴めず捜査員たちが日に日にやつれていったのを覚えている。確か犯人の情報に関する匿名のタレコミがあったはずだが、これも『すみれの会』絡みだったようだ。

驚いたように目を見開くカイルを見てキンバリーが笑う。

「ね? この子には才能があるのよ」

「才能……」

「ええ。人を油断させる才能がね。現にあなただって、そんなことこの子にできるはずがないって疑ったでしょう?」

確かにその通りだった。ケイト・ロレーヌは見るからに無害そうで、大人しそうで、とてもじゃないが器用に立ち回れるようには思えない。

けれど、思い出してみれば、誘拐犯から銃を突きつけられても気丈に振舞えるような子だ。男でさえ泣きわめいてもおかしくない状況なのに、あの時のケイトは静かに自分の運命を受けとめていた。少なくとも、カイルにはそう見えた。

よく考えれば、とんでもない度胸である。

「それでも嘘だと思うなら、あなたも一緒に参加したらいいわ」

「……そうさせてもらうよ。ケイトちゃんを疑うわけじゃないけど、憲兵は一般市民を守る義務があるからね」

「ほんっとにああ言えばこう言う……」

キンバリーは呆れたようにため息をつくと、びしりとカイルに指を差した。

「わかってると思うけど、来るならその無駄に目立つ顔は隠してきなさいね」

「無駄……?」

「無駄でしかないでしょ。潜入する人間が印象に残ってどうするのよ」

何となく釈然としない気持ちになりつつ、カイルは「わかった」と頷いたのだった。

それから数日後。

交流会の準備という名目で、カイルとケイトはエウノミア派の信者としてディケー派の担当者たちと一度顔を合わせることになった。

待ち合わせ場所にやってきたケイトは、なぜかカイルを一目見るなりひどく遠い目になってしまった。

(……なんだ?)

「……ヒューズ中尉」

「ん?」

珍しく真剣な声に、カイルは瞳を瞬かせる。

「隠れてません」

「……ええと、何がかな?」

一瞬念のために仕込んだ武器の類のことかと思って焦ったが、確認するまでもなくしっかり定位置に収まっている。

わずかに首を傾げていると、ケイトはまっすぐカイルを見つめ、冷静な口調でこう告げた。

「その無駄に目立つお顔です」

カイルは固まり、それからどこか哀愁漂う声を零した。

「無駄…………」