軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4.それはまるで嵐のような

『血の三角』事件の被害者はわかっているだけで五人だ。

ケイトは事件の記事の切り抜きをまとめた資料を手に取った。

最初の被害者はマリー・ポーター。労働階級出身の十八歳で、貧民街近くの酒場で働いていた。家族と離れてひとりで暮らしていたため、当初はなかなか死体の身元が判明しなかったようだ。

二人目はエリオット・フォスター。三十七歳。王都郊外で薬屋を営んでいた。放浪癖があるらしく、失踪していても周囲は特に問題にしていなかったらしい。

三人目はアンセルム・クロフォード。五十三歳。それなりに古い歴史を持つ伯爵家の当主で、ケイトも名前だけは聞いたことがあった。

クロフォード伯の悲劇的な死は、その猟奇的な殺害方法も相まって 衝撃的(センセーショナル) な 記事(ニュース) として随分長いこと世間を賑わせていた。憲兵局が本格的に捜査に着手し始めたのもおそらくこの時期だろう。ただ、この時点ではまだ、それまでの二件との関係性は明らかになっていなかった。

転機となったのは四人目だ。カーター・リンチ。二十六歳のたたき上げの軍人で、殺害方法がクロフォード伯爵と同様だったことから連続殺人という可能性が浮上した。そうして過去に類似した事件がなかったか確認していくうちにマリー・ポーターとエリオット・フォスター殺害の件が明らかになったのだ。

そして今日、ついに五人目の犠牲者が出てしまった。ミレーヌの話を信じるのなら、被害者の名はエスター・リンドバーグ。年は四十後半。王都有数の大店を持つ商人の妻で、彼女自身も貴族の傍系だったそうだ。

ケイトはわずかに目を細めた。

やはり身分も、年齢も、性別も、共通点らしい共通点は存在しない。

(でも、きっと、何かあるはず)

「共通の秘密か……」

カイルが考え込むように口元に指を当てる。

ケイトはハッとしたように慌てて両手を振った。

「あ、その、言ってみただけで特に根拠があるわけではないんですけど……」

「いや、いい着眼点だと思うよ。実際そこまでは調査していないし」

そう告げると難しい表情のまま「……憲兵局に戻って伝えてこようかな」と呟く。

「え? 今からですか?」

「うん。早い方がいいでしょ」

すでに決定事項になったのか、会話の途中でさっと立ち上がる。

ケイトが呆気に取られていると、カイル・ヒューズは人好きのする甘い笑みを浮かべてこう言った。

「じゃあまたね、ケイトちゃん。マダム・スミスによろしく」

そのまま振り返りもせず去っていく背中を見ながらケイトはぱちぱちと瞬きをした。

嵐のような人だった。

華やかな見た目に、社交的な性格。

あれは何というか――ケイトとは住む世界が違う種類の人間だ。

(…… ま(・) た(・) ね(・) 、か)

深い意味はないのだろうが。

ただ、きっともう会うことはないのだろうな、と何とはなしにそう思った。

――さてその翌日のこと。

「忘れてたわけじゃないのよ」

少し遅れて事務所に出勤してきたキンバリー・スミスに、昨日のカイル・ヒューズとの約束のことを訊ねれば、キンバリーはいかにも芝居がかった口調でそう告げた。

「でも、ほら、五人目の被害者が出たって言うじゃない? それでね、私って正義感が強い人間でしょう? だから気づいたら体が動いていたのよね。お客様には悪いことをしたわ」

「そうそう、ボス、昔から憲兵局の連中のこと好きじゃないですもんねー。まあ、嫌がらせにしてはやってることは小さいっていうかクソ地味っていうのがちょっとダサいっていうか――」

「爪剝ぐわよ」

だからどうして勝てない喧嘩を売るのだろう、と悲鳴を上げているハーパーを半目で見ながら、ケイトはため息をついた。

「……とにかく、ヒューズ中尉が今日の午後にいらっしゃることになっているので、今回はぜったいどこにも行かないでくださいね」

そう念押しすると、キンバリーが何とも面白くなさそうな表情になった。

「カイル・ヒューズねえ」

それから、けっ、と乾いた笑みを浮かべる。

「あのクソガキ、生意気なのよね」

「確かに顔が良いだけじゃなくて仕事もできますしねー」

「誰が褒めろって言ったのよ。引き継ぎで挨拶なんてしに来るタイプじゃないから、大方こちらが持っているディケー派の情報源が知りたいんでしょうけど」

(ディケー派?)

聞き慣れない言葉に一瞬首を傾げ、それが聖女信仰の過激派の宗派名だったと思い出す。

「情報源、ですか?」

「そう。向こうの信者のひとりに た(・) ま(・) た(・) ま(・) 貸しができてね、ちょうどいいから お(・) 願(・) い(・) し(・) て(・) 協力してもらっているんだけど、第三者との接触はさせないことを取引の条件にしているから会わせるのは難しいのよね」

「は、はあ」

「あーやだやだ。あのクソガキ、ぜったいしつこく聞いてくるに決まっているわ。そうなると梃子でも動かないわよ、面倒くさい。ランドルフの坊やとは別の意味で厄介なのよね。もちろん悪い意味よ。かといって、こっちの人間を潜り込ませようにも ディケー派(あそこ) の連中はだいぶ排他的だからなかなか心を開かないだろうし……。相手に警戒心を抱かせずに会話ができて、なおかつ機転も利くような人間でもいればいいんだけど、そんな天然記念物みたいな人間今時いるわけ――」

ぶつくさと文句を言っていたキンバリーだったが、ケイトに視線を向けると何かに気づいたように言葉をとめる。

それからまるで瓦礫の山で金鉱石の原石でも見つけたかのようにぱっと瞳を輝かせた。

「――いるじゃない」

「はい?」

なぜか嫌な予感がしてケイトはわずかに身体を強張らせ、後ずさる。

けれど相手はお構いなしに機嫌よく手の平をぱんっと合わせると、ぐいっと身を乗り出してきた。

「 ち(・) ょ(・) う(・) ど(・) い(・) い(・) わ(・) 。私たちは例の件で忙しくなるし、あの死ぬほど生意気なクソガキ――じゃなくてカイル・ヒューズに関してはあなたが適任ね」

「え……? 一体何の話を――」

「大丈夫、大丈夫。危険なことはないから――たぶん」

「たぶん!? だからなにが!?」

ケイトは思わず声を上げた。状況がよくわからないが、やはり嫌な予感しかしない。

「お、仰る意味がよくわからないのですが……」

「――私たちはディケー派の情報源を憲兵局に明かせない。でも、カイル・ヒューズは何が何でも情報源と接触したい。そうするといつまで経っても話し合いは平行線でしょ? 時間の無駄だと思わない?」

そう言うと、キンバリーはわざとらしく眉を寄せてため息をついた。

「それは、確かに、そうですけど……」

「でしょ? それでね、閃いたのよ。 新(・) し(・) い(・) 情(・) 報(・) 源(・) を作ればいいんじゃないかって」

「なるほど……?」

ケイトは相槌を打ちつつ内心首を捻っていた。

確かにそれなら問題なさそうだが、そもそも聖女信仰の過激派は排他的で扱いが難しいというようなことを先ほどまで愚痴っていなかっただろうか。

「ええと、ですが、そんな急ごしらえでうまく行くんでしょうか?」

「それはあなた次第ね」

「――はい?」

ケイトは今度こそゆっくりと瞬きをした。

声が聞こえなかったわけではない。一言一句はっきり聞こえている。けれど、言っている意味がよくわからない。

「その、それは、どういう…………?」

「珍しく察しが悪いわねえ」

そう言うと、キンバリーは淑女のように品よく微笑んだ。

「新しい情報源はあなたよ。ケイト・ロレーヌ」

それから動揺のあまり凍りつくケイトには気にも留めず、有無を言わせぬ笑みを浮かべてこう言った。

「というわけで――ちょっと今から聖女信仰に潜入してきなさい」