軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

夢で逢えたら(中編)

というわけで養い子――ではなく、飼い猫の捜索依頼を引き受けたコニーは、依頼人から渡された姿絵をまじまじと見つめていた。

場所は屋敷の庭だろうか。絵のほぼ半分は、黄色の丸い中心に白い花びらがくっついた素朴な花で埋められている。

ガブリエルは、おそらくわざわざ持って来させたであろう豪奢な椅子に座り、白い猫を膝に乗せて微笑んでいた。コニーと話している間はにこりともしなかったので、これはおそらく猫限定の笑顔だろう。

対してマーガレットは雪のように真っ白な毛並みを持つ長毛種だった。瞳は蜂蜜色で、首輪――というよりどこからどう見ても貴族女性が好むような華奢な金鎖のネックレス――につけられた雫型の宝石も瞳と同じ黄金色に輝いている。石の種類はシトリンだろうか。

そして、その色の組み合わせは奇しくも周囲に咲く花と同じであった。

「マーガレットのお花に囲まれるマーガレット様……」

『……その構図、さすがにちょっとくどすぎない? 魔除け用なの? それとも う(・) け(・) 狙(・) い(・) ?』

「いや純粋に愛だと思う」

ただしかなり重めの――と心の中でつけ足していると、セバスチャンが戻ってきた。

「只今戻りました」

そう言いながらケージをソファに置くと、扉を開けて子猫を持ち上げる。どうやらこの短時間ですっかり小さな生き物の心を掌握したらしく、子猫は嬉しそうに老紳士の手に顔を擦りつけてはごろごろと咽喉を鳴らしていた。ちょっと羨ましい。

「少し脱水気味だったみたいですが、他は健康そのものだそうで――」

そこで一旦言葉をとめるとテーブルの上に置かれた契約書に視線を落とし、わずかに首を傾げる。

「お客様が来ていたんですか?」

「あ、はい」

書面を覗き込んだセバスチャンは依頼人の名を確認すると、「おや、猫侯爵様ですか」と興味深そうに告げた。

「猫侯爵?」

「サマセット候のことです」

「有名な方だったんですか?」

「コンスタンス様より少し上の年代の方の間では。あの外見に侯爵という身分でしょう? しかも領地も豊かときたら、まさにご令嬢が夢見るような条件なので。なのに、なぜか今も独り身で――」

「あの人、結婚されてないんですか!?」

コニーは思わず叫んでいた。

さすがに父より若いが、年齢的には 社交界デビュー(デビュタント) を迎えそうな年頃の子供のひとりやふたりいてもおかしくない。

「人よりも猫を優先されるとかで、縁談の話があっても、けっきょく毎回相手方からお断りされるんですよ。何でも食事の仕入れもぜんぶ猫基準で、人間は余った部分を食べるんだとか。飼い猫専属の料理人まで雇っているそうです」

「ね、猫専属の料理人……?」

なにそれすごい。

「夜会の類にもほとんど顔を出さないので、美貌の持ち腐れと言われておりましたね。ご両親である前侯爵夫妻もすでに諦めていて、後継は弟夫妻の子を養子に迎えるとか」

「そうなんですね。なら飼い猫がいなくなってしまって相当不安でいらっしゃるでしょうね……」

心中を想像してしまい思わずそう呟くと、セバスチャンは驚いたように目を瞬かせた。

「 飼(・) い(・) 猫(・) が? あの侯爵が自分の猫から目を離したと?」

「あ、というより、侯爵が外出中のできごとだったみたいで」

さらっと聞き流してしまったが、確かそんなようなことを言っていた気がする。

「それと、ストーカー被害にもあっているらしくて」

「ストーカー?」

こちらに関してはしっかりと記憶している。先ほど本人から聞かされた事情を説明すると、セバスチャンは何やら難しい表情を浮かべながら首を捻った。

「いくら相手が高貴な方だったとしても、侯爵家で働く使用人が、主人の許可なく他人を屋敷に出入りさせるとは思えませんが……」

確かにごもっともである。

しかもセバスチャンは実際に公爵家の執事だ。言葉に説得力がある。

実はコニーも少し疑問に思っていたのだが、本人がそう言うなら――とやはり聞き流してしまっていた。もはやこの仕事に向いてないのかもしれない。

「ちなみに被害はいつ頃から?」

「二年前とか……」

記憶をたどりながら告げると、セバスチャンは何かに納得するように「……ああ、なるほど」と頷いた。

「ちょうど侯爵の前の飼い猫が亡くなった頃ですね」

「亡くなった?」

「老衰だったそうです。二十年以上も連れ添ったとか。当時の侯爵の嘆きは深く、悲しみのあまり体調を崩し、そのまま死んでしまうのでは――と噂されていたほどです。新しい猫を飼うようになってから落ち着いたと聞いていますが……」

「へ……」

「拠り所のはずの猫までいなくなってしまうとは。侯爵の精神状態が少し心配ですね」

セバスチャンは痛まし気な表情を浮かべてそう言うと、契約書に不備がないか確認するため書類を持って退出した。

――静かになった応接間で、スカーレットがぼそりと声を落とす。

『……本当に生きてるのかしら?』

「何の話?」

『 マ(・) ー(・) ガ(・) レ(・) ッ(・) ト(・) よ』

コニーは思わず目を見開いた。

「え」

『三歳なら老衰ということはないでしょうけど、それでも不慮の事故や病気で死んでしまうこともあるでしょう? もしかしたら事実を受け入れられないでいるのかもね。例のストーカーっていうのも疑問だし。心が弱っているせいで、そう思い込んでいるだけかもしれないわ。だとすれば、使用人たちがその話題を避けようとするのも納得できるもの』

奇妙な行動を取るストーカーの存在に、何の対応もしない使用人たち。

それがすべて主人が心を病んでしまったせいだとすれば、確かに辻褄は合う気がする。

おそらく本人はその事実に気づいていないのだろう。そして周囲も指摘することができないのだ。

「でも、あの人普通そうに見えたけど……」

傲慢で偏屈な態度ではあったが、闇を抱えているような素振りはなかった。

そう告げると、スカーレットは小さく首を振った。

『心のうちは誰にもわからないものよ。そもそも普通って言っても、わたくしたちはあの男の普段の様子も知らないじゃないの』

「それは……そうだけど……」

なら、どうしたらいいのだろう。

もし本当に、マーガレットが死んでいるとしたら――

困惑していると、なー、という愛らしい声が聞こえてくる。

視線を向ければ、ソファにちょこんと座った子猫が「あそんでーあそんでー」と言わんばかりに瞳をきらきらと輝かせていた。

そのあざとさに一瞬で心を奪われ、ふらふらと近づいていったコニーは「……うん?」と首を捻る。

「この子猫ちゃん、マーガレット様にちょっと似てる気がしない?」

短毛種だが、毛並みはマーガレットと同じ白だし、品の好さそうな顔立ちもどことなく面影がある気がする。目の色は灰がかった青だが、子猫の瞳の色は変わるというからまだわからない。

『そう? 猫なんてどれも同じような見た目じゃなくて?』

スカーレットがどうでもよさそうに肩を竦める。

じゃれてくる子猫を撫でながら、コニーは「この子の飼い主も探さないとね」と告げた。

『野良かもしれないじゃない』

「それならうちで飼うよ。お父様は領地で犬を飼っていたこともあるし、お母様も動物お嫌いじゃないし。レイリもずっとペットが飼いたいって言っていたし……」

成り行きとはいえ、手を差し伸べたからにはこの子を養う責任があるだろう。

「でも、もし飼い主がいるなら今頃必死に探していると思うから――」

スカーレットは野良猫の可能性を指摘していたものの、さすがにこれほど警戒心がないのは人間に愛された証拠だ。

にゃーと甘えたような声を出す子猫を見ながら、「ぜったいに見つけてあげるからね……!」と勢い込んだその時――

からころりんと、新たな依頼人を告げるベルが鳴った。

子猫をセバスチャンに預け、依頼人を出迎える。

質素な修道服に身を包んだ女性は、メグ、と名乗った。

年齢はやはり 父(エセル) くらいだろうか。疲れたような表情のせいで老けて見えるだけかもしれないが。小柄で、あまり特徴のない顔立ちをしている。髪にも艶がなく、全体的にくすんだ印象だが、琥珀色の瞳だけが鮮やかだった。

「郊外の孤児院で子供たちを育てております。今日は、その、頼みごとがあって来たのですが……」

そこまで告げると視線をわずかに伏せ、消え入るような声で「お金が……」と呟いた。

「お、お恥ずかしい話ながら、お金が、あまりご用意できなくて。この金額でできる範囲のことをお願いしたいのです」

そう言うと、擦り切れた鞄から麻袋を取り出した。

縛っていた口紐をほどくと、中から硬貨が顔を出す。

「銀貨が二枚と銅貨が五十枚あります」

悲痛な表情を浮かべる女性に、コニーは安心させるような笑みを向けた。

「とりあえず、お話をお伺いしてもよろしいですか?」

メグの指はあかぎれだらけで、服はところどころほつれている。苦労してるのだということはすぐわかった。それなのに、決して安くはない金額を使うというのだから相当大切な依頼なのだろう。

メグはぐっと拳を握りしめると、コンスタンスに真剣な眼差しを向けた。

「――猫が、いなくなってしまったのです」

コニーは思わず瞳を瞬かせると、「ねこ」と繰り返した。

これは、あれだろうか。コニーの知らないうちに猫の失踪が世間の流行にでもなっているのだろうか。

「はい。実は、孤児院で飼っている猫が少し前に子を産みまして……」

メグによれば、誰も妊娠していることに気づかなかったのだという。だからある朝、生まれたばかりの子猫たちが母親の乳を飲んでいる姿を見つけて仰天したそうだ。

生まれた子は全部で七匹だった。当然子猫を迎える用意などしておらず、慌ただしい毎日を送っていたという。

「それで、気をつけていたのですが、見習いの子がうっかりケージの鍵をかけるのを忘れてしまって……」

気づいた時にはそのうちの一匹が姿を消していたらしい。

「ほうぼう手を尽くして探したのですが見つからなくて。まだ子猫なので烏や野犬に襲われていたらと思うと……」

「そうだったんですね。逃げてしまった子猫に、何か特徴はありますか?」

「それがこれといって……毛は白で、目は青色です。ミルクが好きなので、ミルクと呼んでいました」

すかさずスカーレットが『安直ね』と鼻で笑う。

「兄弟の中で一番人懐っこい性格なので、誰かに拾われているといいんですが……」

そこでコニーは「うん?」と首を傾げた。

その仕草に、メグも「何か……?」とつられたようにわずかに首を傾ける。

「ええと、ちょっと待っていてくださいね」

そう言うと弾かれたように応接間から飛び出し、またすぐに戻ってくる。

しかし出て行った時とは違い、その腕には大きなケージが抱えられていた。

困惑するメグの前にケージを置くと、扉を開ける。

すると転がるように子猫が出てきて、機嫌よく、なーう、と鳴いた。

「ミルク……!?」

メグが口に手を当てて立ち上がる。

「あ、やっぱりこの子ですか? たまたま路地裏で見つけたんです。数日前から公園の辺りにいたみたいで」

「はい、うちのミルクです……! ああ、よかった……!」

声を震わせながら両手を子猫に差し伸べると、子猫は当然のように胸の中へと入っていく。

その光景を見て、コニーは安心したように微笑んだ。

「ちょうど飼い主を探そうと思っていたんです。なので、このお金は持ち帰ってくださいね」

「いえ、そういうわけには……お世話代もかかったでしょうし……」

「見つけたばかりなので」

「ですが……」

メグは何かを考え込むように眉を寄せると、おもむろに口を開いた。

「でしたら、依頼として、もうひとつお願いをしてもよろしいでしょうか」

「お願い、ですか?」

「この子の父猫のことです」

「父猫?」

「はい。どうやらいつの間にかうちに迷い込んでしまった猫だったみたいで……。子が生まれてからは、すっかり居つくようになってしまったんですが……」

そこまで告げると、メグは何とも言いづらそうに声を潜めた。

「その子、たぶん、飼い猫なんです。おそらく、かなり裕福なお家の」

「なぜそう思われたんです?」

「なんというか、いかにも血統書付きという見た目で。人慣れもしていますし、それに首輪に宝石が――」

「宝石」

「たぶん、猫の目と同じ色のものをわざわざ用意したんだと」

「目の色と、同じ」

なぜだろう。なぜか、その父猫にとてつもない既視感を覚える。まるで、ついさっき目にしたような――

「……その猫ちゃん、もしかして毛並みは白で長毛種ですか?」

「え? あ、はい、そうです」

「…………首輪というより金鎖のネックレス状で、宝石は雫型のシトリン――明るい黄色では?」

その言葉にメグが驚いたように目を見開き、「どうしてわかったんですか……!?」と声を上げる。

感嘆の表情を浮かべながら「やっぱり、噂で聞いた通りの名探偵なんですね」と言ってくるが、コニーはそれどころではなかった。

「お」

「お……?」

メグが不思議そうに首を傾げる。

次の瞬間、コニーは心の底から絶叫していた。

「雄猫だったのおおおおおおおお!?」