作品タイトル不明
第263話 シュトラの策
舌戦にて敗色濃厚である現在、最早戦況は俺独力ではどうにもならないものになっていた。『報復説伏』の固有スキルを抜きにしたとしても、シュトラと対等にお話しをするには、コレットクラスの援軍が必要となる。要は既に俺は負け確の状態なんだ。後はどこを落としどころにするのか、せめてもの悪足掻きをするしかない。果たしてその行為さえも、意味があるのかは分からないのだが……
「私とケルヴィンさんの場合、今でこそ家族公認の仲、そう、所謂 許嫁(いいなずけ) の仲であるとはいえ、私にそういった感情が芽生えるまでに、かなりの時間を要してしまいました。愛情の激流が渦巻くセルシウス家にて、それはスタート地点から相当に出遅れている事を意味しています」
そう思っていたのも束の間、シュトラが何やら語り出した。
「このままではケルヴィンさんに、私をそういった目で見てもらえないかもしれない。なので、私は決意する事にしたのです。祖国トライセンの為に、苦労されているアズグラッドお兄様の為に、そして何よりも私の為に、もっと積極的になるべきであると」
「積極的に、か……?」
「はい、ケルヴィンさんって戦闘の時とは違って、色事には受け身である事が多いですよね?」
「………」
え、俺ってそんなに受け身だったか? いやいや、まさか。確かに迫られた経験は多々あれど、それだってエフィルの時とセラの時とメルコレットの時、それとアンジェの時くらいなもので――― あれっ?
「色々と思うところがあるとは思いますが、まあそういう事なんです。ですが、ご安心を。私は正式に結婚をするその時まで、その…… 新枕を交わすつもりはありませんので」
絶妙なタイミングで視線を逸らし、頬を染めるシュトラ。その姿に心打たれ、何とも言えない衝撃を受けてしまう俺。曲がりなりにも、結構な時間を共に過ごしてきた俺には分かる。今の仕草は演技ではない。しかし、今のシュトラの発言に俺はどう返答したら良いのだろうか? 俺は最適解を導く為に、再度脳を高速回転させる――― つもりだったのだが。
「その代わりと言っては何ですが、外堀から固めさせて頂きます」
シュトラが次の手を打ってくる方が、圧倒的に早かった。
「そ、外堀?」
「はい、外堀です。具体的には今回の世界周遊の際、各国の代表者にケルヴィンさんが私の婚約者であると、そう紹介しておきました」
「へえ、各国の代表者にそんな事を…… ん、んんんっ?」
あの、シュトラさん? 君、基本的に俺と一緒に行動していた筈だよね? そんな事をしていたなんて、俺、微塵も気付かなかったんですけど? 進化してから妙に耳が良くなった筈なのに、そんな情報はどこからも聞こえてこなかったんですけど? つうか、外堀ってそんな世界レベルでの意味!?
「更に、です。私の言葉に信頼性を持たせる為、世界周遊の際の寝泊りは、全てケルヴィンさんと同室にしていました。第三者にとって、これ以上のインパクトはありません」
「えっ? ……あっ、確かに!?」
そう言えば、俺とシュトラはいつも相部屋だった! ツインベッドだったし、寝る時くらいしか利用しなかったし、部屋に居る時は幼シュトラの姿だったから全然気にしていなかったけど、確かにいっつも同室で寝泊りしていた!? しかも、お偉いさんとか会う時のシュトラは今の姿だったから…… 絶対変な風に勘違いされてる!?
「新大陸の発見という大ニュース、そのついでの形でお伝えしていたので、改めてケルヴィンさんに言われる事もなかったのでしょう。何よりもケルヴィンさんは心ここにあらず、といった状態でしたし、トライセンから正式に発表があるまでは、表向きはあまりこの話題を出さないようにと、徹底してお願いしておきましたから。場合によっては『報復説伏』を交えて、復唱して頂きました」
「そ、そこまでする……?」
確かにその方法を用いれば、シュトラやトライセンに悪意を持っている奴らが居たとしても、以降も絶対に秘密を守ってくれるだろう。ああ、俺とシュトラが婚約しているんだなという、そんな認識だけがお偉いさんの心に残るのみなのである。善意から話が広まってしまう場合はあるだろうが、少なくともスタートから悪用される事はない。まあ、何だ。世界各国の中枢に立つ方々が皆、そんな共通認識を持ったってだけの話なんだが…… これってさ、すっごい広い範囲で外堀が埋まってしまったという訳でして。
「これで後戻りはもうできませんね、ケルヴィンさん」
そしてこの笑顔である。今日一番の笑顔である。どうしようもなく綺麗である。
「子を成す事自体は最後になるかもしれませんが、そのような順番など私にとっては些細な事です。特に気にする必要もないでしょう。大切なのは、そこに至るまでの道筋をしっかりと見定める事…… あ、そうです。ケルヴィンさん、私との挙式については、私に一任してくれませんか? ケルヴィンさんはトライセン式に明るくないと思いますし、王族のものとなれば更にそれは特別です。これまでの経緯から察するに、挙式の日程は皆さんと一斉に行うものになりますよね? となれば、その形にした方がケルヴィンの負担軽減に繋がると思いますし―――」
「―――待て、待ってお願い。話の展開がスピーディー過ぎる……」
この圧倒的なまでの物量攻撃、今の俺では処理し切れん。いや、物量だけじゃない。その質までもが俺の手の届かない場所にあるものだ。これは無理だ。白旗だ。
「先々の予定を立てておくのに、早過ぎるなんて事はありません。あったとしても、順次修正していけば良いだけの事です。ケルヴィンさんもそう思いますよね?」
「……ウン、俺モソウ思ッテイタトコロ」
まあ、こうなる事は最初から分かっていた。俺としては、もっと順序立てて接していくつもりだったんだが、まさか本気を出したシュトラが、ここまで積極的だったとは…… 正直、予想外です。
「ケルヴィンさん、言葉が全て棒読みになり始めていますよ?」
「ウッ……」
「フフッ、少し意地悪が過ましたね。未来の旦那様の精神を安定させる為にも、えっと、その…… もう一度、膝の上に乗りましょうか?」
「……シュトラ、その台詞を上目遣いで言うのは反則だと思う」
その後、シュトラを膝の上に乗せた俺の精神は、何とか回復していくのであった。ちなみにどちらの姿でしたのかは、まあ、俺とシュトラだけの秘密である。
―――コンコン。
「シュトラ様、ケルヴィン様、失礼致します。会談の準備が整いましたので、これから会場にご案内致しま――― す?」
「「………」」
「……その、時間を置いてから、またお迎えに参りますね? ええ、私が責任をもって時間を繋ぎますから、どうかご安心を。では、ごゆっくりどうぞ」
「待って! ちょっと待って! 誤解だから! それ誤解だからぁぁぁ!」
こうして俺達だけの秘密は、早くも城のメイドにバレてしまうのであった。