軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第196話 笑い話

かつて天使の長達が眠っていた聖域、 叡智(えいち) の間。彼らの寝床であった機械的な寝具は全て空の状態にあり、現在は十権能の長、エルド・アステルの椅子として使われていた。

「………」

機械の椅子に座るエルドは目を瞑ったまま一切動かず、生物らしい気配が感じられない。叡智の間自体も静寂に支配されており、まるで音という音が全て殺されているかのようだ。しかし、そんな静寂を打ち破る者が現れる。

「エルドよ、気付いておるか?」

「……ハザマか」

権能三傑、ハザマ・シェムハザ。ローブで全身を覆い隠した老人口調の男であるが、その中身は明らかに人型でない事が見て取れる。ローブを通して、体が不気味に変形しているのだ。まるでローブの中で、触手か何かかが蠢いているかのようである。

「偽神に裏切者、その他大勢の者達がこの 白翼の地(イスラヘブン) へ近づいているようだな。気配が非常に曖昧なのから察するに、 聖杭(ステーク) を使って結界を突破し、強襲を仕掛けて来るつもりなのだろう。 ……ハザマ、今日はやけに機嫌が良いようだな?」

「カカッ、分かるか?」

ローブ下の蠢きが普段よりも激しい。その事に気付き指摘したエルドであったが、彼自身は特に興味がないのか、特にハザマと視線を合わそうともせず、無表情を維持したままであった。

「義体の身であるとはいえ、十権能を倒すだけの逸材がこの世に居る。そんな者達の気高き魂を、これからアダムスに捧げる事ができるのじゃ。これに興奮せぬ訳にはいくまい? ワシがこの手で、残り全ての魂を搔き集めてやろうぞ! カッカッカ!」

「……ああ、そうだな」

上機嫌にそう笑うハザマであるが、彼が欠片もそのような事を考えていない事を、既にエルドは見抜いていた。尤も、そんな事はエルドにとっては些事に過ぎず、改めて口にする事でもないのだが。

「他の者達は配置に就いたか?」

「カッカ――― む? ああ、うむ。互いの権能が干渉せぬよう、 白翼の地(イスラヘブン) の各地に散って行ったわい。ワシもこの後、目を付けておった場所へと向かう。エルド、お主はどうする?」

「私はこのまま、ここに居残る。恐らくは、ケルヴィム辺りが一目散にやって来るだろう。ハザマ、レムは奴と権能の相性が悪いからな。私がその役割を負うつもりだ」

「ほう、言ってくれるのう。別にワシが相手をしてやっても良いんじゃぞ? 要らぬ気遣いをせずとも、そこまで 耄碌(もうろく) はしておらんわい」

「フッ、そうか。まあ、いずれにせよ奴ら次第だ。対峙した贄を打ち倒し、アダムスに捧げる。我々がすべき事は変わらない」

「その通りじゃ。ワシらが望む世界、生ある者達にとっての真の理想郷を成就させる為にも、このような前座試合に躓いてはおれん。敵対する者は力でねじ伏せる、それこそが自然の摂理というものよ。では、ワシもそろそろ行くとするかのう。カッカッカ!」

ローブ下の蠢きと笑い声をより一層強めながら、ハザマは踵を返す。

「かつての大戦、我々は敗北を喫した。終始敵の神々を圧倒し、主神の座、その後一歩まで迫ったというのに、敗北したのだ。ハザマ、その理由は一体何だと思う?」

呟くようなエルドの問い掛けに、ハザマはピタリと足と笑いを止める。相変わらずローブの中身だけは蠢いているようだが、なぜかその動きも緩慢なものになっていた。

「……カカッ、そんな事を今更聞くのか? 何、簡単な事じゃ。全ては憎きあの主神のせいよ。ワシらアダムス側に付いた神々の神格を、一瞬で消失させられる術を隠し持っておった、彼奴のな。神々の力の根底を辿れば、それらは全て主神へと繋がっておる。そして、主神はそれら力を自在に徴収できた。要は神であるが故に、主神には絶対に勝てないというシステムがあったんじゃ。下界を管理する我々もまた、あの主神という名の暴君に管理されておった、そんな馬鹿馬鹿しいオチじゃった訳よ! カカカッ! 何という笑い話か!」

「そう、とんだ笑い話だ。我々は神であったが故に敗れた。だからこそ、我々は神に依存しない力を持たなければならない」

「うむ。何の因果なのか、この世界には既に神ならざる者が神を打ち倒したという、他では考えられぬ奇跡が起こっておる。つまり、この世界ならば神殺しの域にまで、自らを高める事が可能という訳じゃ。神としての肉体を失った事が、こうも状況を好転させてくれるとはのう。カカッ! 義体様様、といったところかのう! 後は権能さえ十全に使う事ができれば、言う事なしじゃて! カッカッカ!」

再び歩み始めたハザマは、そのまま叡智の間より姿を消す。そんな彼を見送る訳でもなく、エルドは虚空を見詰めていた。

「……主神は唯一アダムスに対してだけは、完全に神の力を徴収する事ができなかった。だからこそ、我々とは異なる徹底的な封印を施したのだろう。私達が持つ権能は、そのアダムスより賜った神力の残滓のようなもの、主神と肩を並べるほどの神であったアダムスだからこそできた、神の 御業(みわざ) なのだ。 ……ああ、だからこそアダムスよ、貴方も神を止める必要がある」

エルドの言葉は誰に聞こえる事もなく、彼の見詰める虚空の中へと消えて行った。

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叡智の間を出たハザマは、どういう訳か空を見上げ、溜息を漏らしていた。先ほどのエルドとの会話に、何か思うところがあった訳ではない。ただ眼前の人物の登場が、ハザマの予想を大きく超えていたのが問題であった。

「ふぅむ、少しばかり長話が過ぎたようじゃわい。まさか、こんなにも早くにここへ辿り着くとはな。しかし、ワシの老眼からしても、ケルヴィムには見えんのう…… さて、お主は何者じゃ?」

大きく広げられた翼の影により、ハザマの巨体が徐々に隠されていく。

「……ドロシー」

翼の主、ドロシーは蒼天よりハザマを見下ろし、必要最低限の言葉を発する。片脚の鉤爪には大杖が握られており、辞典の如く分厚い書物が彼女の近くに浮遊――― 明らかに臨戦態勢、今直ぐにでも戦いを始めるであろう様子だ。

「ドロシー? ……ああ、例の神柱か―――」

「――― 黄泉飛ばす(モール) 」

ドロシーの大杖に不可視の弦と不可視の矢が生成され、目にも留まらぬ速度で攻撃が放たれる。射線に入った時を一瞬にして数十年経過させる腐食の矢は、ハザマの胸部(?)と思われる場所に命中。矢の通り道となった肉は腐り落ち、ハザマの肉体に大きな穴を開けるのであった。 ……が。

「ふぅむ、最近の若者は気が早くていかん。ろくに言葉も交わさず、直ぐに拳を振るおうとしよる。じゃが、お主の力には興味があるのう。肉が腐った、という事は黒魔法の類か? それにその姿は何じゃ? ただの半人半鳥のようではないようじゃが、実に興味深いのう!」

「私は貴方に興味はないです。早々に死んで頂けると、とても助かるのですが?」

「カカッ、このハザマ・シェムハザを相手に、それは無理な話じゃて! 早々に諦めよ!」

ドロシーの矢に開けられたハザマの穴、その内部から新たな肉が爆発的な勢いで膨れ上がる。そこには既に攻撃で貫通された形跡はなくなっており、ローブ下で不気味に肉が踊っていた。