作品タイトル不明
第191話 鍛錬巻き込んだ者勝ち
ケルヴィンを躱し、牢から抜け出したグロリア。彼女は今、『死神の食卓』を駆け巡っていた。目指すは出口、そして 神杭(ステーク) を奪還し、 白翼の地(イスラヘブン) へと戻る事が優先される。だが、どうにも彼女のダンジョン 逆(・) 攻略は上手くいっていない様子だ。
(ッ! クッ、また行き止まり……!)
何度目かの袋小路に陥ったグロリアが、心の中で舌打ちを打った。焦りは汗となって具現化し、精神的にも彼女の心を追いやっていく。
(それにしても…… クソッ! なぜこんな時に、あの時の記憶が……!)
そんな最中にグロリアは、とある記憶を呼び起こしていた。頭痛と共に思い出される、始まりの記憶――― それは姉と共に反主神派に回った際のもので、彼女の心の中に強烈に、そして色濃く刻まれたものだった。
(エルドと権能三傑、その中で誰が一番強いのか、私程度に推し量れる筈がない。ええ、さっきのこの言葉に嘘なんてないわよ。けど、けど…… 私にとって一番怖いのは、間違いなく姉さんだ。大戦、その前線で大暴れする姉の姿は、正に修羅そのものだった。ハオがあの筋肉偽神を捕らえた事もあって、今は落ち着いているみたいだけど、いつまでもあのままでいてくれる保証はない。これ以上エルドの計画が狂いでもしたら、いよいよもって何をしでかすか…… だからこそ、私はこんなところで捕まる訳には――― ぐっ、また!?)
再出発の後にグロリアが行き着いたのは、再度の袋小路。最下層に近いこの階層は通路が細く、難解な迷路の如く入り組んでいる。厄介な事に、この迷路には察知スキルを惑わす作用が働いており、地道にマッピングして進む、または純粋な勘を頼りに進む事でしか攻略方法が存在していない。それ専用の魔法などを覚えていれば、まだやりようはあったかもしれないが、生憎とグロリアはそのような術を持っていなかった。
ダンジョン自体を破壊して進む、という手も場合によっては選択できただろうが、グロリアは気絶した状態でここへ運ばれて来たので、ここがどこなのか、彼女はそもそも知らないのだ。仮に地下の底だったとしたら、ダンジョンの崩壊に巻き込まれてしまう恐れがある。流石にそのような事態は、グロリアも避けたかった。
(閉鎖空間に加え、この迷宮的な構造――― あの男、私の権能の特性を憎らしいくらいに理解している……!)
実のところ、こういった迷路は彼女の権能『 間隙(かんげき) 』との相性が頗る悪い。『 間隙(かんげき) 』は視覚に捉える事で距離を操作する能力だ。つまり迷路の壁などで行き着く視界を限定されてしまうと、能力もそこまでしか力を発揮する事ができない。それは距離を短縮してのショートカットが、殆ど機能しない事も意味している。
更に都合の悪い事に、そのショートカットでさえ不用意に使用すると、少しばかり危険であった。このダンジョンに出現する、超高レベルなモンスターの存在。細い通路上に現れるそれらは、『隠密』スキルを所持する者が多く、気配もなく唐突に目の前に立ち塞がる。曲がり角を曲がり、また新たに『 間隙(かんげき) 』を使おうとしたら、その先にはモンスターが居た――― なんて事も、先ほどから頻繁に起こっている。そんな場面で『 間隙(かんげき) 』を使ったら、モンスターの懐に自ら飛び込むようなものである。
もちろん十権能であるグロリアが、モンスターを相手に後れを取るような事はない。制約によって行動の多くを禁止されていようとも、無傷のままいなす程度の事はできる。 ……できるのだが、今は僅かな消耗も避けたいのが、正直なところだった。自らグロリアの枷を解いた死神、そして十権能を裏切った死の神――― ケルヴィンとケルヴィムが、こうしている間にも自分を追って来ている。その事実が、グロリアを慎重にさせていた。
一対一の戦い、それも逃げる事が前提のものであれば、如何に格上のケルヴィムが相手だったとしても、対処のしようはある。しかし、そこに正体不明の死神が参戦するとなれば、話は全くの別。権能の使用に限度があり、地の利が敵にある現状況では、まず間違いなく捕縛されるだろう。今ある力を全て逃げの一手に使い、運よく正解のルートを引き当てる事ができれば、或いは――― というのが、グロリアの考察であった。
実際、グロリアの考察は的を射ている。このような危機的な状況でも、正確に物事を判断できていると言えるだろう。 ……但し、読み違えている点もある。彼女を捕らえようとしているのは、何も背後から迫る死神だけではないのだ。
「む、漸く来たようじゃな。では、手合わせ願おうか!」
「ッ! 死神の 僕(しもべ) か!」
グロリアがT字路に差し掛かろうとすると、その分かれ道のど真ん中にて、ジェラールが待ち構えていた。どうやらグロリアの脱走に合わせて、ジェラールはこの場所に召喚されていたようである。また、グロリアもジェラールを視界に収め、只者でない事を瞬時に察する。
(察知スキルが働かなくとも、あのレベルであれば見れば分かる。恐らく、あのセラとかいう悪魔と同等の実力者……! クソッ、いつから下界はこのような魔境と化したのだ!)
愚痴りながらも、グロリアはどうにか突破口を探そうとしていた。しかし、害を与える行為の一切を禁ずる制約の存在が、やはり邪魔となっている。現状況でセラと並ぶ実力者、ジェラールを突破する未来を自分を、上手く想い描く事ができない。
(せめて、 閃光炸裂(フラッシュバン) などが使えるだけでも、逃走の難度が段違いになるのだが……!)
そんなグロリアの心を読んでなのか、ジェラールが続けて叫んだ。
「安心せぇ! 王が貴殿の錠を解いた際に、制約についても新たに上書きしておる! 王と同じように、ワシへの攻撃もできるようになっておるわい!」
「なっ……! そ、そのような言葉を信じろと言うのか!?」
「おう、信じよ! 騎士のプライドにかけて、ワシは嘘など言わん!」
ジェラールの言葉は嘘か真か、判断を間違えば命を落とす事になる。
(……あの時、私に向かって手をかざしてみせたのは、もしや)
だが、グロリアの迷いは一瞬であった。
「……ならば、緊急時につき挨拶は省かせてもらう! 死にたくなければ、そこをどけぇ!」
「当然断る! ここを突破したければ、己が実力を示してみよ!」
「その言葉、飲み込むなよ! 斂葬十字弾帯(クロスマガジンベルト) !」
グロリアの両腕に装着される、光り輝く十字架型の弾帯。十字架の弾丸は直ぐ様にばら撒かれ、同時にジェラールへと 直撃(・・) する。
「ぬぅおおおぉぅ!?」
「遮蔽物も何もない場所で、私を待ち構えたのが間違いだったな!」
『 間隙(かんげき) 』の権能を弾丸に適用し、ジェラールとの距離をゼロにしたグロリア。その結果、放った弾丸は全てジェラールに直撃するに至ったのだ。しかも、狙われたのは兜や鎧の隙間ばかりである。全身鎧の防御性を無に帰す必中の攻撃は、その効力を十全に発揮させていた。
―――ズガガガガァァッ!
弾丸を何百何千と当て続け、その余波で土煙が巻き起こり視界が閉ざされてしまう。『 間隙(かんげき) 』によるゼロ距離ヒットはできなくなってしまったが、攻撃の手を休めなければ命中は続く。 ……続くのだが。
「ぬぬぬぅぅーーーん……!」
その間、土煙の中からはジェラールの耐え忍ぶ叫びが上がっていた。どれだけ攻撃を続けても、叫びが止まる様子はない。
(最初に放った弾丸は、間違いなく鎧内部に叩き込んだ。が、未だ叫び上げ続けているところから察するに、倒し切るにはそれでも火力不足か、化け物め。背後から迫る死神達の憂いもある。これ以上時間を消耗している余裕はない。 ……あの重装備だ、速度はそれほどでもないだろう。ならば―――)
グロリアは決断する。弾丸による物量でジェラールを磔に、その隙にT字路を通り過ぎてしまえ、と。見るからに頑丈なジェラールが相手では、どう戦っても長期戦になってしまうと悟ったのだろう。
「ぬんっ!」
「なっ!?」
グロリアがT字路の右側へと駆け出そうとした、丁度その時。叩き込まれる弾丸の嵐の中から漆黒の腕が現れ、グロリア目掛けて急接近して来た。近距離、それも奇襲に近い出来事だったが、グロリアはその腕をギリギリのところで回避。更に『 間隙(かんげき) 』で通路の向こう側へとショートカットする事で、その場から離れる事に辛うじて成功。終わってしまえば無傷で通過する事ができた訳だが、一歩間違えていれば、あの巨腕に捕まっていたかもしれない。
「むう、掴み損ねたか。反射なしじゃと対応が難しいわい。じゃが、漸く必中攻撃に体が慣れて来た」
グロリアが離れた事で弾幕が止み、次いで立ち上っていた土煙が引き裂かれた。巨腕の主、ジェラールの大剣に斬られたのだ。そんな少々派手な登場をしたジェラールであるが、あれだけの攻撃を受けたというのに、特にダメージを負っている様子はない。鎧の表面こそ細かい傷が付いているが、それも『自然治癒』で数秒後には修繕されてしまう。
「……本当に生物か?」
まるでリドワンの相手をしているかのような、圧倒的な不毛さ。グロリアが感じ取ったのは、正にそれであった。