作品タイトル不明
第188話 脅し=ご褒美
迷宮国パブ西部のジャングル、その奥地にはケルヴィンによって発見された新ダンジョン、『死神の食卓』が存在する。出現するモンスターのレベルは軒並み高く、浅い階層でもA級冒険者が命懸けになるほどだ。冒険者ギルドはここをS級ダンジョンに認定、攻略はおろか許可が下りなければ、A級冒険者以下の者達はダンジョン周辺に近付く事もできなくなった。パブを拠点とする者で、この地に足を踏み入れる事ができるのは、実質的にギルド総長のシン、そしてS級冒険者のケルヴィンだけとなっている。例外的にケルヴィンの弟子である、スズ、パウル、シンジール、オッドラッドも入る事を許可されているが、それもケルヴィンが同伴している時に限っての条件だ。
……しかし、これらは表向きに公表されている情報に過ぎず、その他にも例外は存在していた。超危険地帯であるこのダンジョン、その最深部の階層付近にて、男女と思わしき不審な人影が二つ。そこは元々は何もなかった空き部屋であったが、現在は死神の手によって、特製の牢獄に魔改造されている。女らしき人影は牢の中に、男らしき人影は鉄格子の反対側にて、何やら牢の中の女に話しかけている様子だ。
「グロリア、いつまで意地を張っているつもりだ? 副官である俺がこう言っているんだ、さっさとこちら側につけ」
「私も何度も言わせてもらうが…… 貴様こそふざけるな、ケルヴィム! 戦いに敗れた上、敵側に寝返るだと!? 貴様、それでも我々の副官のつもりか!?」
人影の正体はケルヴィムと、セラに敗れ現在幽閉の身となっているグロリアであった。話し合い、というよりは口争いに近いだろうか。ケルヴィンからグロリアの説得を任されたケルヴィムであったが、どうにも交渉は難航しているようである。
「そもそもだ、私は貴様よりも上の立場に居るエルドの指示で動いている。貴様に命令される謂れはない!」
「そのエルドがおかしくなったのだ。無策な命令で無意味に同胞達を減らし、今も尚、自らの方針を是正しようとしない。それらしい言葉を並べてはいるが、それらは全てくだらぬ妄言だ。アダムスの右腕が狂ったのであれば、左腕であるこの俺が行動を起こすのは、至極自然な流れ。かつては『規律の神』として君臨していたお前にとっても、これは悪い話ではない筈だ。過ちを正す、それが規律というものだろう?」
「馬鹿者が! それは貴様が、規律を自分に都合の良いものとして解釈しているだけだろう!」
「解釈とはいつの時代も、強者によって成されるものだ。グロリア、お前も敗者となったのであれば、今のところは勝者に従う義務がある。アダムスの考えに賛同するのであれば、それくらいの事は理解してほしいものなのだがな」
「理解できる訳がないだろう!?」
……いや、難航というよりも、最早説得は不可能のようにも思えた。
「ケルヴィム、邪魔するぞ――― って、まだ言い争いをしていたのか。説得どころじゃなさそうだな」
「わあ、こんな場所があったのですね」
「こんな奥深くにまで来た事がなかったからな。驚きだぜ」
「皆、それよりも……」
「ハッハー! ……ああ、分かってるぜぇ」
そこへやって来たのが、ケルヴィンと四人の弟子達。ケルヴィンは半分呆れた様子で溜息をつき、弟子達は興味深そうに辺りを見回しつつも、目の前の二人を警戒している様子だ。
「誰かと思えばケルヴィンか。まあ、お前以外にこの場所を訪れる者なんて、他には居ない訳だが」
「誰にも邪魔されず、外に出れば凶悪なモンスターとも戦えるリゾート施設だ。なかなか居心地が良いだろ?」
「……まあ、退屈はしない」
「おお、マスターの考えに同意をしたぞ! あいつもバトルジャンキーの素質があるのではないか!?」
「ですね、大いに期待できそうです! 髪色も黒で親近感を覚えます!」
「オッドラッドと違って、ヴィジュアルもなかなか良さそうだ。まあ、私ほどではないけどね」
「お前ら、マスターの邪魔になるから、それ以上口を挟むなって」
「……で、その人間共は何だ?」
牢獄が一気に賑やかになり、ケルヴィムは怪訝そうにケルヴィンに尋ねる。グロリアに至っては、ポカンとしていて状況を呑み込めていない様子だ。
「俺の弟子達だよ。ケルヴィム、こいつらを鍛えてやってくれ」
「……唐突なお願いするにしても、せめて具体的な説明を加えろ」
尤もな指摘であった。ケルヴィン、掻い摘んで説明。
「―――なるほど、決戦に参加させる為、力を底上げさせたいと?」
「ああ、俺も一度断ったんだけど、熱意が凄くてさ。けど、俺も俺で他にやる事があるんだ。ケルヴィムなら仮想敵として打って付けだし、こいつらの為になると思うんだよ」
「断る。そんなくだらない事に付き合っている暇はない。見ての通り、俺はグロリアの説得で忙しいのだ」
「いや、あんな調子でやっていたら、永遠に説得なんてできないって…… 何なら、グロリアも一緒に鍛錬に参加させてくれたって良いぞ? グロリアに対して『 鷲掴む風凪(ハートカーム) 』で提示した条件も、ケルヴィムと同じものだしな。こいつらに稽古をつけている間、説得も並行して行えば問題ないだろ? こんな牢に閉じ込めて説得するより、伸び伸びとした環境で説得した方が、成功確率も上がるとは思わないか?」
「……なるほど」
「なるほどじゃないッ! ケルヴィム、おかしいのはやはり貴様の頭の方だろうが!」
ケルヴィンとケルヴィムの会話に、正気を取り戻したグロリアが勢いよく割り込んだ。
「ハハッ、思っていたよりも元気そうで何より。セラと派手にバトッたらしいじゃないか。いつか俺ともお手合わせ願いたいな、グロリア」
「……お前がケルヴィンか。ケルヴィムからある程度の話は聞いている。私は何をされようとも、貴様らに屈するつもりはないぞ」
「ああ、それはそれで構わないよ。つうか、ケルヴィムの話にお前が乗るとは、最初から思っていなかったしな。そうなったらそうなったで、こちら側の戦力が増えて困る事になる」
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。まあ、どう解釈してもらっても構わない」
「フン、強がりを。そのような者達まで参戦させるだと? 地上の者達の戦力は、よほど不足しているらしい。そんな貧弱な戦力で、本当に我々十権能と戦うつもりか? 悪い事は言わん、止めておけ。お前達に勝ち目は微塵もない」
「ヒソヒソ(あいつ、負けた直後によくあんな大口叩けるよな? あの図太さを見習いてぇわ)」
「ヒソヒ―――(それは私も同意するところだけど、レディに対してあまり失礼な事を言うものじゃ―――)」
―――ギロリ。
「「………」」
グロリアに睨まれ、一転して無言となり、そのまま視線を逸らすパウルとシンジール。どうやら二人のヒソヒソ話は丸聞こえであったようだ。進化した人間と同じく、堕天使も耳が良い。
「ハハッ、なかなか威勢の良い奴らだろ? あと、さっきの質問についての答えだが、もちろん戦って勝つつもりだ。こいつらはまあ、社会科見学って言うのかな? 戦力として期待しているんじゃなくて、未来を見越しての参加だと思ってくれ。前線で戦うのは、お前を負かしたセラみたいなメンバーだから、その点は安心してくれ」
「何を安心しろと言うのだ…… どうやら、貴様は私やケルヴィムを倒した事で、十権能と対等に渡り合えると勘違いしているようだ。哀れだな」
「勘違いも何も、ケルヴィムは十権能の副官だった堕天使だろ? 言ってしまえば、ナンバーツーだ。そう思うのは当然じゃないか?」
「その思い込みこそが哀れだと言うのだ。飾りでないのであれば、その耳を使いよく聴け。十権能の最大戦力、そのトップスリー――― 権能三傑(けんのうさんけつ) と呼ばれる強者達は未だ健在だ。そして、その者達の純粋な強さは、他の十権能と一線を画している」
「ああ、知ってるよ! 楽しみだよな!」
「……は?」
グロリアはこの説明を脅しの一環として行ったつもりであった。が、死神が相手ではその効力が真逆にしか発揮されない事を、残念ながら彼女は想像もしていなかったようだ。何とも不幸な話である。