作品タイトル不明
第167話 終の一撃
ありとあらゆる方向から、グロリアに向かって紅の攻撃が迫り来る。セラの血が付着したそれら全ての攻撃は、掠っただけでも『血染』によって致命傷と化す最悪の代物だ。当然、グロリアはこれらを受ける訳にはいかなかった。展開させた黒十字の目、その視界に映る全ての攻撃を権能行使対象とし、絶対に辿り着く事のできない無限の距離を作り出す。それ以外にこの攻撃から逃れる術を、彼女は持っていなかったのだ。
―――パキッ、パキパキバギッ。
だがしかし、義体に課せられた『神の束縛』はそのような乱発を許さなかった。ほんの数秒ほど攻撃を無力化した後に、彼女の頭上に浮かんでいた漆黒の天使の輪、そして背にあった翼が音を立てて砕け散って行ったのだ。同時に距離操作を行う『 間隙(かんげき) 』の権能も消失、無敵を誇っていた絶対的な距離空間も、これにて無力化されてしまう。但し周囲に展開していた黒十字は元々魔法であった為か、これらだけは消えなかった。
「あ、何か駄目押しの好機かも」
何となく攻め時を察したセラは、このタイミングで黒十字の盾からひょっこりと身を乗り出す。あと数秒ほど早く出ていれば、再びゼロ距離による攻撃を食らっていただろうが、最早その心配もないだろう。加えて、セラの全方向による攻撃は未だに続いており、グロリアは攻撃に転じているどころではなかった。
「クソッ、 黒十字要塞(クロスフォートレス) ……!」
唯一残ったグロリアの黒十字群が、彼女を守護するように密集し始める。幾重にも交差し、最早黒いボールのようになるまでに固まった黒十字の障壁。十字架の集合体だけあって、その様は歪な墓場のようでもあった。先の盾として活躍した耐久性から察するに、この防御陣形は相当の強度を誇っているのだろう。それこそ、ケルヴィンのS級緑魔法【 剛黒の城塞(アダマンフォートレス) 】よりも頑強かもしれない。正攻法で攻略するとならば、如何にパワフルなセラでも、苦戦を強いられるのは想像に難くない。 ―――そう、正攻法で挑むのであれば、だが。
「今更防御を固めてどうするのよ?」
眼前の光景に対し、セラは少し呆れている様子だ。前述の通り、セラの攻撃全てには血が付着している。如何に頑強であろうと、『血染』を通して「どけ」と命令すれば、一瞬のうちに形成された要塞は瓦解してしまう。そうこうしている間にも、セラの攻撃は密集する十字群に到達する寸前だ。
(……状況と私の勘からして、あの理不尽能力がもう使えなくなったのは確か。守りに入ったのは、他に切る手札がなくなったから? だとしたら、愚かな選択をしたとしか言えないけど…… 本当にそうかしら?)
ふと頭を過ぎったセラの疑問。そして、その直後にそれは起こった。
「――― 監視者の熱視線(ガーディアンゲイズ) !」
「ッ!」
難攻不落の要塞、そこに密集した全ての十字架の目より、外に向かって熱光線が放たれる。その輝く線の総数は、一体何本に至るだろうか。輝きは輝きを呼び、線と線がそこら中で交差し、更なる脅威となって再び外へと放たれる。最終的にこの空間全てを埋め尽くしたグロリアの魔法は、彼女の魔力が尽きるまで継続された。
逃れられないのであれば、迫る脅威全てを排除してしまえば良い。グロリアが最後に下した判断は、圧倒的な火力による異分子の排除であった。十字架を密集させてギリギリまで接近を許したのは、十分に脅威を引き付ける為。そこから放たれる熱光線は接近する全てを蒸発させ、徹底的に駆逐していく。こうなってしまえばセラの血がどうこうの問題ではなく、光線に触れた傍から消えていくのみである。現にグロリアに迫っていた攻撃は、影も形もなくなっていた。
「 黒十字解放(クロスリリース) !」
フィールドを燃やし尽くした光線の嵐が止んだ直後、グロリアは密集させた黒十字架を全て外へと放出した。それは言わば、 黒十字杭改(クロスパイルアルター) の全方向同時射出。先ほどの熱光線攻撃でセラが生き残っているのでれば、これら黒十字の要塞は最早不要、むしろ敵に利用されるだけ邪魔であると、そう判断しての行動であった。もしこれが当たれば僥倖だが、そのような不合理な期待は端からグロリアは持っていなかった。
「だが、それでも…… お前は消えていないのだろう!?」
「ギリギリなんとかね!」
崩壊寸前の十字架の盾を投げ捨てたセラが、解体された要塞の中から姿を現した、グロリアと対峙する。
セラは黒十字を盾にして熱光線を逃れたようだが、それでも完全に無傷とはいかず、体中に火傷を負っていた。対するグロリアも既に魔力が枯渇しており、ここからできるのは純粋な近接格闘術のみ。それでも彼女らの目は未だ死んでおらず、握った拳には力が漲っている。
「これで終わりだっ!」
「これで終いよっ!」
放たれた拳は交差し、互いの頬へと吸い込まれていった。
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「はえ~、つっかれた~! かなりギリギリだったわね、これ!」
焼け焦げた荒野のど真ん中にて、セラの叫びが上がる。大の字になって大地に寝る彼女の横には、同じく大の字になって倒れ伏したグロリアの姿があった。但しこちらに意識はなく、セラのように叫びを上げる事はなさそうだ。
「ああ、もう、最後に殴られた頬が死ぬほど痛いわー。血を流し過ぎて立ってるのも辛いし…… 誰か傷を治してくれないかしら? 一流の白魔導士が、たまたまその辺を散歩していたりとか―――」
「―――そんな偶然、起こる訳ないじゃない。こんな危険な戦場、人払いしておかないと、こっちが安心できないわよ」
セラの独り言に誰かが返事をした。声の方を見るまでもなく、セラはその声が誰のものなのかを把握する。
「あら、ベルったら来ていたの? 隠れていないで、戦いを手伝ってくれたら良かったのに。そうしたら、私がこんなに血を流す事もなかったわ」
セラの下にやって来たのはベルであった。制服姿ではあるが、脚の装甲だけは一応している状態だ。
「そんな事言って、実際に私が手伝ったら機嫌を悪くしていたでしょ、セラ姉様?」
「おおっ、流石は私の自慢の妹! 私の事をよく分かってる~」
「フフン、まあ自慢の姉の事だからねって、そうじゃなくて」
ベルはケルヴィンから借りている分身体クロトの『保管』から、MP回復薬を取り出す。
「生憎と、私も回復魔法は得意じゃないのよね。都合良く白魔導士が通りかかる事もないし、その堕天使にこれを飲ませて、白魔法で治療してもらったらどう? あんだけ派手に暴れられる白魔法を持ってるなら、きっと回復魔法だってそれ相応でしょ」
「あっ、その手があったか。ベル、あったま良い~♪ 今度一緒に釣りにでも行きましょ!」
「ハァ、何でこの場面で遊びに誘うのよ? まったくもう、セラ姉様は変なところが抜けているんだから…… で、いつ行くの?」
ベルは意外に乗り気であった。
それは兎も角として、ベルの案を採用したセラは、早速グロリアの頭部に血を付着させ、『血染』で回復薬で魔力を補充するよう、そして治療を施すよう指示を出す。ベルの読み通りグロリアは回復魔法を覚えており、十字架が突き刺さって再生しないでいた、セラの傷口全てを完治させてくれた。
それに加えてグロリアは、戦いで破損したセラの戦闘衣装、 狂女帝(クイーンズテラー) の補修までこなしていた。補修道具はグロリアがなぜか持参しており、テキパキとかなり慣れている様子である。
「い、意外と女子力高いわ、こいつ……!」
「姉様、何でそんな事までさせてるのよ……」
「いえ、冗談半分で命令してみたら、本当にやってくれて、その……」
グロリアによる補修は装備本来の能力こそ補えなかったものの、破れなどの見た目は完璧に直されていたという。
「おー、ちゃんと直ってる……」
「だから、おーじゃなくて。ああ、そうだ。セラ姉様、ついでにそいつの魔法でそいつ自身を拘束させといたら? 姉様の支配下にあるうちは大丈夫だろうけど、変な能力を持っているみたいだったし、念の為にやっておいた方が良いわよ」
「ベルったら、我が妹ながら容赦ないわねぇ」
全身を漆黒の包帯で、雑にグルグル巻きにされてしまうグロリア。最早ミイラか何かにしか見えない状態だ。