作品タイトル不明
第139話 鍛錬
権能を顕現させたバルドッグは、堕天使であるのにも拘わらず、その背に真っ白な翼を展開させていた。いや、翼というよりも、粒子の集合体と言うべきだろうか。木々や草花、岩や大地といった彼の周囲にあった物体がエネルギー体に分解され、彼の素材として次々と翼へ蓄えられていく。
「神域の鍛冶師は場所や素材、果ては道具を選ばず、如何なる時も最高の武具を作りだすもの。けれど、僕の工房は少しばかり危険でもあるんだ。意思を持たぬ者、何よりも弱き者を、尽く分解してしまうからね。これこそが僕の権能『鍛錬』なのさ」
「ふーん、それは期待できそう? まっ、言葉では何とでも言えるからね~」
対するセルジュは聖剣ウィルを棍形態の『 聖棒(ニョイボウ) 』に変形させ、準備運動代わりにグルグルとそれを振り回していた。2メートルほどはありそうな長物であるが、彼女が振り回せば尋常でない速度に達し、棍が一切合切見えなくなる。残像が生じるとか、最早そういったレベルではない。冗談抜きに、棍が不可視と化すのだ。
「ふん、面白い曲芸だ。けど、それで僕を倒すつもりなのかい?」
「どうだろうね? まあ、君の頑張り次第かな、っと?」
翼の粒子、その一部を手元に集めたバルドッグが、一瞬のうちに弓を形成する。更に彼の周りでは、剣や槍といった様々な形態の武器が、宙にて作られていた。まるでバルドッグが纏う空気そのものが、彼の鍛冶工房であるかのようだ。
「消し飛ぶがいい」
彼の持つ弓、そして展開された武器群の矛先が、セルジュへと定められる。そして次の瞬間、それらは弾けるようにして、彼女へと放たれた。
―――カッ!
衝撃は大爆発に次ぐ大爆発を起こし、付近一帯の地形を変貌させるほどの威力を知らしめた。それもその筈、それら全てはS級相当の武器に仕上がっていたのだ。単純に投擲するだけでも、威力によってこれだけの被害を容易に引き起こしてしまう。
「君がどれだけ自分の力に自信があるのかは知らない。が、爆発が巻き起こるまで、その場を一切移動しなかったのは迂闊だったんじゃないかな? どんなに早く得物を振り回そうとも、圧倒的格上たる伝説級の武器を一斉掃射されては、最早どうしようもないんだ」
バルドッグの眼前には、大地に突き刺さった武器を中心にして、いくつもの大型クレーターが出来上がっていた。生憎とそこからはモクモクと濃い土煙が舞い上がっており、見通しが最悪なまでに悪くなっていたが、あれだけの爆発を引き起こしたのだ。万が一にそれを耐えたとしても、武器群にはS級に相応しい凶悪な能力が備わっている。人の身ではどうしようもあるまいと、バルドッグは勝負が決した事を確信していた。 ……ある意味で、フラグ立てがセルジュよりも上手い彼である。
「おっと、不思議な事に私、まだ生きてるなぁ? 運が良かったのかな? それとも、相手がノーコンだったのかな~? どちらにせよ、もっとしっかり狙ってほしいものだよね。こんなの、避けるまでもないじゃないか」
「……あ?」
突如として爆風が吹き荒れ、土煙が一掃される。どうやら土煙の内部より、セルジュが棍を振るって風を巻き起こしたようだ。そして、この口上から察せられる通り、セルジュは五体満足な状態――― というか、全くの無傷のままであった。
バルドッグが投じた武器は、確かに大型クレーターを複数個作り出し、自然破壊とも言うべき破壊を成していた。そこに間違いはない。だがしかし、それだけなのだ。セルジュ目掛けて放った自慢の武器は、どれもこれもが明後日の方向へと向かっていた。まるでセルジュを避けるかのように、彼女が立つ場所だけが安全なままであったのだ。
(全くの無傷、だと……!? 馬鹿な! 僕がさっき撃った矢には、星の果てまでも対象を追尾する能力が備わっていたんだぞ!? その場を一切動かず、全ての武器が逸れるなんて事はあり得ない! ましてや、こんなにも都合良く散らばる筈がない!)
バルドッグは自らの手で作り出した武具を、この世で最も信頼していた。それこそ、自らが絶対なる神として崇拝している、邪神アダムスにも劣らないほどに。だからこそと言うべきか、彼は眼前で起こった光景を信じる事ができなかった。如何に地上に存在する最強の障害とはいえ、自分の作品が人間如きを相手にエラーを起こすとは、欠片も想像していなかったのだ。
(私ってば乙女だし、髪は汚したくないからね。土煙を風でぶっ飛ばせるように、 聖棒(ニョイボウ) を選んでおいて良かったよ)
一方でセルジュは、相も変わらず棍を振り回し続けていた。聞いた事もない不気味な風切り音だけが辺りに響き、得物本体は不可視の状態を維持している。
(で、だ。ふんふん、さっきまで得意気なドヤ顔を決めていたところを見るに、察知系の能力は弱々な感じなのかな? というか、私の事も実はそんなに知らないっぽい? うーん、可哀想に。そんな無知無知な状態で来ちゃったのかぁ。これが可愛い女の子だったら、ポイント高かったんだけどなぁ。それが男が来るだなんて…… 本当に、本当に私ったら可哀想!)
呆れるほどに自己愛の高いセルジュである。しかし、セルジュはこの思考の間にも次の行動を開始していた。敵が呆れるほどの隙を晒しているのである。これを見逃すほど、彼女はお人好しではない。
―――ドォパァァン!
痛烈な打撃音が鳴り響いたのは、バルドッグの頬からだった。それ以上の激痛が、音に遅れて迫り来る。隙を晒していたというのもあるが、バルドッグは何に攻撃されたのか、一瞬理解する事ができなかった。しかし、セルジュを見て気が付く。セルジュの手には、あり得ないほどに長さが延長された棍が握られていたのだ。
高速回転による不可視化、更にタイミングよく棍を伸ばす事で、延長線上にいたバルドッグの顔面に、見事攻撃を叩き付ける事に成功したセルジュ。やっている理屈は単純だが、恐らくは彼女でしか成し得ない神業である。しかし、当のセルジュは「おお、当たった当たった」と、縁日の射的が当たった程度の感想しか抱いていない様子だ。
「こ、の…… 得物を偽っていた、のか……!」
「偽っていたってか、 聖棒(ニョイボウ) だよ? そりゃあ伸びるでしょ。まあ、結構本気目で打った今ので、首が飛ばなかったのは褒めておこうかな。代わりに眼鏡が弾けたけど」
「……ッ!(ビキビキ!)」
殴られた衝撃で倒れ伏す寸前の状態だったバルドッグは、受け身を取るように片腕を地面に叩き付けた。すると一帯の地面が消えてエネルギー体となり、バルドッグの全身に移動。彼の姿にある変化をもたらす。
「ふう、ふう……! 良いだろう、君を明確な敵と認めるよ。僕の全身全霊で仕留めてやろう」
立ち上がったバルドッグは、煌びやかな全身鎧を纏っていた。元が大地とは思えないほどの輝きを放つ鎧は、対峙する者を無意識のうちに平伏させるほどの圧を放っている。これも何らかの能力の一種なのだろうか。まあ尤も、現在彼の目の前にいる者にとっては、何か偉そう、程度にしか思われないのだが。
「ええっ、まだ本気じゃなかったの!? 危機感足りな過ぎてビックリな私!」
「戯言をッ!」
セルジュのオーバーアクションは、バルドッグの堪忍袋の緒を更に切れさせた。最早一切の加減を許容できなくなった彼は、神時代に『保管』に収納していた極上の素材をも用い始める。創造され、展開される数々の神話級武具は、その一つ一つがメルフィーナの聖槍にも匹敵する出来栄えのものばかりだ。
「おお、流石にこれは壮観な景色だ! なら、私も――― 聖剣(ウィルジリオン) !」
そんなバルドッグの武器群に対抗するかの如く、セルジュも同数以上の聖剣を周囲に展開。それ一つで時空をも歪めてしまいそうな武器群の対峙は、宛らこの世の最終戦争のようであった。