軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第120話 ルキル

数少ない上級天使である両親の間に生まれたルキルは、将来を大いに期待される天才天使であった。彼女自身も由緒正しき血筋である事を誇りに思い、両親や周囲の期待に応えようと研鑽を重ね、それに見合う成長を遂げていく。小さな頃から慈悲深く、思慮深く、信仰深い。それでいて大人の上級天使も顔負けなほどに武芸と魔法に長けていたルキルは、正に神童であり、次代の転生神であると誰もが考えていた。その思いは彼女自身も例外ではなく、自分こそが似つかわしい、だからこそ努力を重ねなければと心掛けていたのだ。事実、ルキルは転生神に相応しい力と知性、精神を持っていた。

「……えっ? い、今、何と?」

「もう一度言おう。次の転生神は天使メルフィーナとする。これは我ら長の総意である。メルフィーナは 叡智(えいち) の間へと進め」

「承知致しました」

しかし、次期転生神を決める運命の日、天使の長らが念話で呼び上げた名前はルキルではなかった。転生神エレアリスの役目を引き継ぐのはメルフィーナ、ほんの数日ほど前に外界から 白翼の地(イスラヘブン) へと戻って来た、どこの骨とも分からぬ天使であったのだ。

……いや、全く知らぬ天使という訳でもなかった。メルフィーナが知っているかは分からないが、ルキルは彼女が同世代の天使であり、閉鎖的な天使社会に嫌気が差して外界に出て行ったと、そう記憶していた。先日、とある理由により数百年振りに天使達が外界へと出向いた際、 白翼の地(イスラヘブン) に施された結界を解除していたのだが、その時に乗じたのか、いつの間にかメルフィーナが戻って来ていたのだ。

「ルキル様ではなく、メルフィーナが次期転生神!? こ、これは何かの間違いではないのか?」

「し、しかし、長達が不正を働くとは思えん。これは正当な判断の筈だ」

「こう考えてはどうだろうか? メルフィーナは 白翼の地(イスラヘブン) に戻れなくなる事を恐れず、外の世界へと向かった。それは天使である我々の誰よりも世界を知り、知見を広める事に繋がる。異種族との交流も、もちろん深めて来たのだろう」

「なるほど。転生神として真に値する者は、それだけの行動力がなければならないと?」

「今回の件を解釈するとなれば、そうなるだろう。ただ心優しいだけでは世界は救えぬ、ただ優秀なだけではまだ足りないと、そういう事なのかもしれぬな……」

「おい、口が過ぎるぞ。ルキル様も間違いなくアイドルとして、コホン! ……転生神としての素質はあったのだ。今回はまあ、少々間が悪かった。それだけの事だ」

「それよりも俺、メルフィーナを、いや、メルフィーナ様をどうやって推していくかについて語りたいんだが? 横断幕とか作らないか?」

「いやいや、まだそれは気が早いだろう。ワシは最後の最後まで、エレアリス様を推し続けるよ」

長の言葉を聞いた天使達はざわめき、様々な憶測を立てていた。しかし、その中でルキルだけは、ただただその場で立ち尽くすのみであった。

「メルフィーナが、次の転生神……?」

彼女の記憶にあるメルフィーナは悪人ではないが、天使としての使命を捨てた、言わば落第者であった。天使として特に優れている訳でもなく、精神的にも特筆に値する者ではなかった。なかった筈だ。むしろ日頃の行いから察するに、怠惰であったとさえ思える。だというのに、次の転生神に選ばれたのはメルフィーナだった。

(なぜ…… なぜ? なぜ!? なぜにメルフィーナがぁ!?)

これまでの天使生全てを、転生神となる為に捧げて来たルキル。この時、彼女は生まれて初めて、他者に嫉妬や憎しみという感情を抱いた。初めてであるが故に、その悪しき感情は強力なものと化した。

―――キィーン。

時同じくしてその瞬間、ルキルを含めた天使達全員に、ある影響が及んでいた。頭の中に響き渡る強い耳鳴りのような音、ルキルはそれが酷く不快に感じられた。それに加えて軽い眩暈、吐き気を催した彼女は、堪らずに地面に片膝をつけてしまう。

(……? 今のは、一体……?)

暫くして、それら不快な症状は徐々に治まっていった。結局、今のが何だったのかは分からず終い。ルキルは更に不機嫌な気持ちとなり、また、そうなってしまった自分に嫌気が差していた。

「あいたたた…… ちょっと眩暈がしたようだ。もう歳かねぇ?」

「奇遇だな、ワシも少し頭が痛くなってしまった。はて、ところで何の話をしていたんだったか?」

「おいおい、爺様方。転生神メルフィーナ様の素晴らしさを如何に巫女様に伝えていくか、それを論じるって話だったろ? ボケるにはまだまだ早いぞ!」

「横断幕も作るんだろ!」

「「ああ、そうだったそうだった!」」

「………?」

ルキルが辺りを見回す。どうやら自分だけでなく、他の者達も同じ症状に襲われていたらしい。ただ、彼らの会話が何か胸に引っ掛かる。何か気持ち悪い違和感があるような…… と、ルキルは何とも言いようのない気分になっていた。

「ああ、ルキル。ここにいましたか」

「まったく、捜したんだぞ?」

「お、お母様に、お父様……」

そんな風に思案するルキルに声を掛けたのは、他でもない彼女の両親であった。ルキルがいつ転生神になっても恥ずかしくないように、何よりも天使の模範となるようにと、両親は誰よりもルキルに期待してくれていた。

「も、申し訳ありません。お父様にお母さまも、長の念話を聞きましたよね? ルキルは、転生神になれませんでした……」

そんな両親を前にルキルは頭を下げ、心から謝罪した。自分がエレアリスの次に尊敬する、心優しい両親の事だ。感情を前に出したりルキルを叱咤したりはしないだろうが、少なからず残念に思っている筈。両親の期待に応えられなかったと、ルキルは自責の念に駆られていた。

「……? ルキル、何を言っているんだい? 転生神になるも何も、我々が崇めるはメルフィーナ様だけだろう? ルキルが心配せずとも、この世界は安泰そのものだよ」

「フフッ、ルキルったら疲れているのかしら? さ、帰りましょう。メルフィーナ様と共に、世界の安寧を支えていかないとね」

「……え?」

一瞬、ルキルは両親が口にした言葉の意味を、理解する事ができなかった。理解する事を、彼女の頭が拒否してしまった。しかし、いつまでも理解を拒んでいるほど、彼女は子供でもなかった。

(これは…… 私以外の天使の記憶が、改竄されている?)

聡明な彼女は勘も良かった。そして、周囲の様子や反応を観察、その他の検証を重ねるごとに、ルキルは確信を深めていく。あの謎の症状を経て、自分以外の天使達の認識が変化している。具体的に言えば、メルフィーナが転生神である事を、当たり前の如く認識しているのだ。ずっと前からそうであるように、自然と頭の中に馴染んでいる。一方で 白翼の地(イスラヘブン) に帰って来た天使のメルフィーナの事は知らず、その事を口にすると不敬だぞと注意までされてしまった。 ……まるで、ルキルが転生神を目指していた事を知らないように。

(違う、まるでじゃない。お父様にお母様、他の皆も知らないんだ。自分達の記憶が書き換えられている事に…… それじゃあ、なぜ私だけが正気のまま?)

熟考に熟考を重ね、ルキルはある考えへと思い至る。長達の指名、天使達の記憶改竄――― それらは全て、メルフィーナが仕組んだ事ではないのかと。

「……ッ! このタイミングで戻って来たのは、そういう事だったのか! メルフィーナ……! メル、フィーーーナァァァ!」

ルキルは叫んだ。心を偽り、不正行為で転生神になった事に飽き足らず、自分だけを正気でいさせた偽神の邪悪さに憤慨した。生き甲斐と目標を奪った偽神を、心の底から呪った。そして、ルキルは決心したのだ。いつか必ずこの偽神を欺き、復讐をしてやると。以降、彼女は数百年以上を模範的な天使として振る舞い、機会を伺い、神殺しの刃を研ぐ事となる。神となる筈だった聖女は、復讐の魔女へと生まれ変わったのだ。