軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第76話 風雷棒

ルミエスト魔導研究所の所長にして、セルバ寮の寮長でもあるミルキー・クレスペッラは、今回の対抗戦の為に用意した特製舞台に強い自信を持っていた。その道最高峰の職人であるシーザーを迎え、現役のS級冒険者であるアートの戦闘力を元に、度重なる耐久試験を長期に渡って実施。理論と研究結果に欠陥がある度、様々な要素の見直しを徹底的に行って来たのだ。施設・材料・人材――― 揃えるものは全て揃えた。他に不足しているものがあるとすれば、それは偉業を成し遂げようとする、確固たる熱意と覚悟だけ。と、準備期間中の彼ら彼女らのチームには、研究者と職人としての狂気が宿っていたという。

「それら苦労の甲斐あって、完成した舞台は私達が満足する出来となりました。純粋な物理的・魔法的耐久性も然る事乍ら、あの舞台には自動で高速修復を行う機能があるのです。周囲で待機する術者の皆様がいる限り、どのような攻撃を試合で行おうとも、舞台が破壊される事はあり得ません。ええ、絶対にあり得ませんとも」

「ミ、ミルキー教官!? 行き成り語り出して、一体如何しました!?」

タイミングの良い事に、ケルヴィンが感動している丁度その時に、舞台の解説が聞こえて来た。それを耳にして、更に納得するケルヴィン以下S級冒険者達。しかし、実際に試合の最中にあるスズはそんな事に耳を傾ける余裕などなく、迫り来る脅威に一点集中するのみであった。

「 円(まどか) ・ 嵐(あらし) 」

「……ッ!」

振り回していた風雷棒を、ベルの暴風に向かって振り下ろすスズ。すると、どうした事だろうか。ベルの風に対抗できるほどの強風が、棍より解き放たれた。流動する風は円を描き、ベルの攻撃の尽くを外へと弾き飛ばしていく。

「 粛清通貫(ピアシングハッシュ) 」

攻撃を防がれたと認識した後のベルの判断は早かった。瞬きも許さないベルの追撃、鋭い蹴りより放たれた貫通特化の風槍が、受け流そうとするスズの喉元へと迫る。が、これも風の回転に乗せられ、的外れな方向へと弾かれてしまう。

鉄壁を思わせる風の防壁は、風雷棒の風を司る片方の棍より発生した魔法だ。この魔法には使用者の魔力を一切必要とせず、代わりに 回転(・・) を力の元としている。イメージとしてはタービンを回してエネルギーに変換する風力発電に近いだろうか。回転、つまり風雷棒を振り回した回数とその力強さを、風と雷の魔法に変換する事ができるのである。これまで魔法を使った事がなく、スキルを持っていなかったスズもこの風雷棒を扱う事で、ベルにその面でも対抗できるようになったという訳だ。

(へえ、 粛清通貫(ピアシングハッシュ) を弾くのね。どうも初見の動きじゃないみたいだけど、私の技、ケルヴィンにでも聞いたのかしら? まあ聞いたところで、返って来る言葉はセラ姉様を絡めた当てつけでしょうけ――― どっ!?)

咄嗟の回避行動。ベルは大きく横に身を逸らし、眼前から迫る何かを躱した。直後に頬を通り過ぎる痛み、つうっと赤き線からベルの血が垂れ落ちる。

「なるほど、速いわね。かなり驚かされたわ」

「……それにしては余裕そうですね。初見の『 閃(せつな) 』を、皮一枚で躱すだけの事はあります!」

「刹那?」

勘違いはさて置こう。頬を傷付けた攻撃の正体、それはスズが放ったクナイだった。いや、正確には風を巻き起こした棍とは逆側、雷を司る棍で打ち込んだ、レールガンの如き弾丸と呼ぶべきか。原理は不明だが、スズが隠し持つクナイは風雷棒で打ち込まれると、先ほどのような現象を起こすらしい。

「ふーん。貴女を見下していた事、実際に実力差があるのは事実だけど…… これは謝らないといけないかもね。貴女、私の想像以上にやるわ」

「それはどうも。ですが謝罪なんかよりも、もっとやる気を出して頂きたいですね。じゃないと、マスターのように私も楽しめません」

「安心なさい、そのつもりよ。 ――― 風切りの蒼剣(グラディウスアイレ) 」

風の唸りと共に顕現する、蒼き暴風の刃。ベルの片脚に付与された歪みの魔剣、その存在感は規格外も規格外だ。会場の殆どの者達が目と心を奪われてしまったとしても、それは仕方のない事だった。スズもそうしたいのは山々だったが、状況がそれを許そうとしてくれない。

「 風神脚(ソニックアクセラレート) 」

(は、やっ―――)

更なる付与、速度倍化。こうなってしまったベルのスピードは、スズの目を以ってしても捉えられるものではない。彼女が気が付いた瞬間には、ベルは 円(まどか) で形成した風の防壁の前にまで迫っていた。しかも、それだけではなかった。ベルの魔剣によって既に防壁の半分ほどが食い破られ、半壊状態にあったのだ。

(マ、マスターと作り上げた思い出の 円(まどか) が、力技で抉じ開けられる!?)

集大成の一つであった筈の奥義が、こうも簡単に破られてしまう。スズのショックは計り知れないが、だからと言って素直に感情に流されている暇もなかった。

(もう数秒の猶予もない! 柳(やなぎ) で何とか回避を―――)

「――― 重風圧(エアプレッシャー) 」

「ッ!!??」

思考を先読みするがの如く、攻撃の最中にも次々と展開されるベルの魔法。突然の重圧に圧し掛かられ、スズは忍の歩法ごと回避行動を禁じられてしまう。

(重、い……! これでは、 柳(やなぎ) は……!)

スズの眼前に走馬灯がよぎり始める。幼き頃の母との料理、思春期の頃の父との鍛錬風景、成人してからの冒険者活動、ケルヴィンへの憧れ、最近になっての記憶――― それらが一瞬のうちに流れに流れ、周囲の時が止まったかのような錯覚に陥る。しかし、そんなスロー世界の中でも、ベルの攻撃だけは通常の蹴り程度の速度を保っていた。スズの 円(まどか) は決壊寸前、走馬灯を振り払っての決断が迫られる。

(では、素手で受け止める!? 否、そんな事は無謀以外の何ものでもないッ! 防御するにしても受け流すにしても、両腕ごと持っていかれる! 残る手は、やはり―――)

―――ザンッ!

「あっ……」

「………」

円(まどか) を斬り崩したベルの魔剣が、返す刀でスズを貫く。心臓の辺りをハッキリと貫通した刃には、どっぷりと血糊が付着していた。超高速で展開されていた戦闘が、この時になって観客達の目に留まる。

「こ、これはっ、ベルさんの攻撃が、スズさんを貫いたぁー!? で、でもこれ、スズさんが……」

「いえ、まだです」

「えっ?」

ミルキーの否定の言葉に、ランが思わず素の声を返してしまう。だが観衆も皆、同じ反応を返していた。

「あら? おかしいわね。私の 風切りの蒼剣(グラディウスアイレ) 、確かに貴女を貫いて、鮮血を浴びていた筈なのだけれど?」

「…… 空(かわりみ) 」

スズは生きていた。先ほどまで二人が攻防を繰り広げていた、その場所とは真逆の舞台の片隅。舞台に片膝をつきながらも、彼女の胸には魔剣に貫かれたような痕はなく、五体満足の状態だ。

一方でベルの魔剣にスズの姿はなく、付着した筈の血糊さえも綺麗に消え去っていた。手応えは確かにあったし、実況のランや周囲の観客達だってその光景は見ていた筈だ。だというのに、スズは彼方で生き永らえている不可思議。間近でそれら現象を目にしていたベルは、頭の中でいくつかの考えを巡らせる。

「魔力の流れは感じなかったから、魔法で作った偽物や幻想という訳ではないわね。というか突き刺した感触からして、実体は絶対にあったし。ご丁寧に技名も付けているようだけど、技術どうこうで完結できる代物でもない。ま、今のは貴女の固有スキルと考えるのが無難かしらね。大丈夫? さっきより消耗していない? ああ、もしかして今のを使うと体力削っちゃうとか? 私の勘、当たってる?」

「……化け物」

意図せず奥の手を披露してしまったスズの額に、つうっと汗が流れ落ちる。だが、それでも彼女の笑みは消えていなかった。

「―――上、等! 快上来(クゥアィジョウライ) !」