軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第28話 噂

この日パブの首都に、箱や樽といった木材が破壊されるような音が、バカンバカンと何度も連続して鳴り響いた。遠くにまで届く小気味の良い音であった為、何事かと疑問に思った街の人々が、その音の方へと集まり出す。そこに残された光景は、何とも目を疑うようなものだった

「なあおい、街の入り口の辺りで冒険者同士の喧嘩があったそうだぜ。見物しに行かねぇか?」

暇を持て余した街の男が、同じく暇の最中にいる友人にそんな提案を持ちかける。が、友人の男はあまり乗り気ではなさそうだ。

「冒険者の喧嘩なんて、パブじゃ日常茶飯事だろうが。何が珍しくて、んなもん見に行くんだよ? まだ酒を呷った方が有意義だぜ」

「それがそうでもねぇみてぇだぞ? 喧嘩の当事者がA級冒険者パウルとその仲間達、そしてそのお相手が、何と今日このパブにやって来たS級冒険者のケルヴィンって噂なんだ。S級冒険者に戦いを挑む奴なんて、パブにだってそうは―――」

彼らの言う通り、パブを拠点とする冒険者は出世意欲が高く、それ故に同業者同士でのいざこざが絶えない。喧嘩程度、さして珍しい出来事ではなかった。しかし、それがS級冒険者が起こしているとなれば話は別だ。

「―――おい、何ボケっとしてんだ!? 早く行くぞ、喧嘩が終わっちまう!」

「心変わりから全力疾走!? ま、待てよ!」

この通り、先ほどの意見も180度早変わり。昇格の機会が多い事から、パブには高ランクの冒険者が集まりやすく、所謂未来のS級冒険者候補とされるA級冒険者が数多く在籍している。A級冒険者の人数だけで見るならば、世界でも最大人数を誇るだろう。だが、それは言葉を変えればS級冒険者自体は、それほど存在していない事を意味する。事実、迷宮国パブで主立って活動を行っているS級は、冒険者ギルド本部の総長のみだ。そういった経緯からか、街の人々はS級冒険者であるケルヴィンが起こした(?)今回の騒動に興味津々であるらしい。

「っと、どうやらあの人だかりがそうみてぇだな! 騒めきがあるってこたぁ、まだ喧嘩の真っ最中か!?」

「この野郎、勝手に走り出して置いてくなっつうの!」

「ハハッ、まあまあ、落ち着けって。しょうがねぇだろ? 冒険者ギルドの本部がある国って割に、その頂点に立つS級は姿を見るのも稀なんだ。まして、こんな街中でその戦いを拝めるなんて、それこそ昇格式の模擬戦くらいなもんだろ!」

「ああ、それについては同意するぜ? その上、S級の昇格式は年に一度あるかないかで、開催場所も世界のどこかと範囲が広い!」

「その通り! 俺ら一般市民には、ちと参加し辛い祭りだよ。だからこそ、次はこのパブの候補生の中から、S級が誕生してほしいと期待していた! ……していたのにっ!」

「新しいS級、西大陸は西大陸でも、パブの出身じゃなければ、パブで活動する冒険者でもなかったもんなぁ。全身の筋肉がすげぇハゲで、既に昇格式自体も別の場所でやる事が決まっているらしいぜ? つか、だからこそ俺が誘ったんじゃねぇかよ!」

「ハッハッハ、まあまあまあ」

「ったく、まあいい。今はそんな事より喧嘩だ、喧嘩!」

街のメインストリートに並ぶ人気の飲食店、その傍らには大勢の人々が集まっていた。その殆どが自分達と同じ野次馬であろうと、瞬時に理解できるほどの盛況振りだ。男二人はその野次馬達の中へと入り込み、何とか前へ出て噂のS級冒険者の姿を目にしようとする。横を失礼した野次馬の一人に舌打ちをされつつも、二人の努力は無事に実り、最前列へと躍り出る事に成功した。

……が、しかし。皆の視線の集まるところにあったのは、冒険者同士の喧嘩の場などではなかった。

「た、樽?」

「樽、だな。樽が七つ、並んでる……」

二人が目にしたのは、店の前に並べられた七荷の樽だった。好奇の目に晒されているのだから、当然普通の酒樽などではない。樽の一荷一荷それぞれに、何者かの体が突き刺さっていたのだ。樽の真上に頭から突っ込んだのだろうか? 彼らの上半身はすっぽりと樽の中に入り込んでしまい、晒されているのは少々間抜けな雰囲気が漂う下半身のみ。全員が全員同様のポーズとなっているのが、また異様かつ滑稽である。

「もしかしてよ、これパウルとそのパーティの奴らじゃね? あいつら、確か七人で行動してたと思うんだが……」

「ど、どうだっけな。でも、状況から察するにそれしか…… あ、ちょいと聞いてみるか。そこのアンタ、ここで何が起こったか知ってるかい?」

男が隣にいた老紳士に、ダメ元で問い掛けてみる。

「ん? ああ、君らは今来たばかりなのか。S級冒険者の噂を聞きつけて来てはみたが、既にこんな有様で困惑している。大方そんなところかな?」

「そんな感じだ。そういうアンタは、この状況を知っている風じゃないか」

「まあね。何せ私は、最初の場面からここに居合わせていてね。自慢じゃないが、もう何度も状況説明をしているのだよ。フフッ」

「お、おう?」

紳士はなぜか得意気だった。そして快く解説してくれた。紳士が馴染の店でモーニングコーヒー(現在は昼時)を飲もうとこの場所を歩いていたところ、偶然にもケルヴィンとパウルが会話をする場面に遭遇してしまったそうだ。

「―――という訳でね。そのケルヴィンの一言でパウル達は激昂、得物こそは抜かなかったけど、全員が拳を振り上げ戦いが始まったのさ。尤も、次の瞬間に勝負は決してしまった」

「要はとっくに喧嘩は終わっちまってて、瞬殺されたパウル達はあんな姿になったって事か。にしても七人がかりで戦って、そんな簡単に負けちまうとは情けねぇ」

「いやいや、それは無理な話ってものだよ。私もひと昔前は冒険者としてそれなりに名を轟かせていたんだけどね、正直なところ、私はパウル一行の速度を捉え切れなかった。彼らも十分に怪物だよ。でもね、ケルヴィンはそれ以上に次元が違い過ぎた。何せ彼が行動を終えた後に、樽に叩き付けられたパウル達の衝撃音が遅れてやってくるんだよ? あんなのに食らい付ける筈がないよ。S級冒険者ってのは、正真正銘の人外がなるものなんだろうねぇ」

「「へ、へ~」」

「あ、最後は店に壊した樽を弁償していたよ。気前よく、これくらいの額をね」

「「うへぇぇぇ!?」」

紳士の話を聞く二人の表情は、実に少年のそれであった。

「っと、そろそろ私は失礼させてもらうよ。何だかんだでモーニングコーヒーがまだだったからね。では、これで」

「おう、ありがとな! くぅ~、あそこまで言われると、尚更この目で見たかったぜ! ケルヴィン、またどっかで問題を起こしてくれねぇかな~」

「そいつは難しいんじゃねぇか? 今回の話を聞く限り、ケルヴィンは売られた喧嘩を買っただけのようだったしよ。S級冒険者に喧嘩を売るような奴なんて、普通ならそうはいねぇだろ。ま、冒険者名鑑に記載されてる通りのバトル馬鹿なら、ケルヴィンから仕掛ける事もあるかもだが――― んんっ!?」

「……? どした?」

会話中、男の相方が唐突に変な声を上げた。視線も明後日の方向を向いている。

「い、いや、さっきまで向かいの屋根にすげぇ美人がいて、俺らの方を見ていた気がしたんだが…… 今はいねぇ、俺の見間違いか?」

「すげぇ美人? へぇ、そいつは朗報だ。気のせいでも良いからよ、どんな美人だったか教えろよ」

「あー、確か…… スカートにスリットの入った変わった服を着ていてよ、髪の毛は赤かった気がする。んで、胸がでかい」

「ほうほう、良いじゃん良いじゃん! それでそれで?」

「土産用の巨大ペナントを持ってた。背丈くれぇある熊さんマークのペナントを、二つも背負ってた」

「よし、そいつはぜってぇ気のせいだ。んな美人いる訳ねぇだろ、お前よぉ」

「やっぱり?」

「ッチ、結局無駄足だったか。あーあ、ギルドの総長とケルヴィンが喧嘩でもしてくんねぇかなぁ?」

「ハハッ、そん時はパブが滅ぶんじゃねぇか? まっ、祭りみてぇに街中が盛り上がる気はするけどな!」

「違いねぇ! ガハハハッ!」

男達は笑い合いながら、元いた場所へと帰って行く。何やら不穏な台詞を吐いているようだが、本人達に自覚はなかった。