作品タイトル不明
第547話 最後の見せ場
―――黒女神の神域
クロメルが放つ最大攻撃に、俺達が持つ最大攻撃を正面からぶつける。衝突させた瞬間、この空間に壮絶な異常爆発が起こったんだと思う。思うってのに止まったのは、当事者の俺でさえも状況を把握し切れていなかったからだ。魔力がそこら中に渦巻いて、察知スキルじゃ汲み取れないほどの情報量で周囲が埋め尽くされていた。眩しいだったり、痛いだったり、熱いだったり、それこそ全ての五感の毛穴が開く感覚だ。まあ、問題ないさ。俺とクロトにできる事は単純明快、この攻撃に全ての力を費やす事、その一点だけ。幸い、まだ俺達が生きている事は分かっている。なら、後は思う存分ぶっ放すだけだろ?
キィーン―――
目一杯もがいて、体力も魔力も出し尽くした。後に聞こえるは耳鳴りだけで、視界もすっかりかすんでしまっている。俺の手は黒杖を握っているらしいが、あまりに力を入れ過ぎていたようで、上手く指を開く事ができない。触覚も危ういってのは、相当だな。
……どうなった、どっちが競り勝った、まだやれるか、楽しいな、おい。こんな状態になっても、頭の中では戦いの事ばかりを考えてしまう。いや、それで良いんだ。これを止めるのはクロメルを倒した時、勝負は決していない。
「は、ッア……!」
大きく、そして咽るように息を吐く。数時間振りに呼吸したみたいに、体中の血がゆっくりと巡り出した。
「ふっ、ふふっ……」
少し遠くで、クロメルの声が聞こえた気がした。おいおい、あれでどっちも生きてるってのか? お互い、悪運が強いにもほどがある。そう語り掛けたかったけれど、俺の発声器官の回復はもう少し時間が掛かるらしい。無理に声を出そうとすると、やたらと咽る。
「予想、以上…… 想定、外っ……! ああ、あなた、様は…… いつまでも、あなた様、なのです、ね……!」
段々と視覚が回復してきた。ぼんやりとだが、眼前の黒女神の姿がハッキリとしていく。同時にローブの下から、ひんやりとした冷たさが伝わってきた。俺を護ってくれていたクロトの薄い膜である。反応は弱いが、クロトは無事だった。但し、保管に溜め込んだ魔力と一緒に力を使い切ったようで、意識は疎らだ。いったんクロトの召喚を解除、魔力体に戻して回復に専念してもらう。
「げほっ、げほっ…… あ゛、あ゛あー、んんっ」
目は…… よし、問題なさそうだ。クロメルが用いていた2本の聖槍が、半壊状態で転がっているのが見える。酷く掠れてしまった声ではあるが、そろそろ言葉を出す事もできるだろう。
「……酷い有様じゃないか、クロメル」
「あなた様だって、似たようなものでしょ?」
あらゆる感覚能力を低下させ、透明な地面に腰を下ろす俺。そんな俺に対して、クロメルは声は比較的ハッキリとしていた。あれだけの事があった後だ。別に倒れたり座っていたりしていても良いだろうに、クロメルは地面を踏み締め、しっかりと直立していた。
「ああ、やっぱり酷い有様だ」
しかしながら、俺とクロトの渾身の一撃を受けたであろうクロメルの体は、致命傷とも呼ぶべき大怪我を負っていた。幼いその体には絶対的に不釣り合いな、血の花を大きく咲かせているのだ。止血代わりなのか、触手の一部を傷口に巻き付けている。白魔法が使えないのか、それとも魔力が底を尽きたのか、兎も角応急処置レベルで済ませていた。そんなダメージを食らっておいて、何で立っていられるのか? そう考えると自分が情けなくなって、でも嬉しくって、ついつい俺も立ち上がってしまう。
「勝負、これで決したんじゃないか?」
「どこが、です? ……いえ、そろそろ正直に申しましょうか。ぶっちゃけ、結構ギリギリですよ」
血反吐を吐きながら、そんな素敵台詞を言ってくれる。要は、まだやれるって事だ。
「私には使命があります。あなた様をこの手で殺し、転生させ、永遠を共にするという使命が」
「俺にだって使命はあるさ。お前の愛を受け止めて、その使命とやらをぶっ壊すってのがな」
「……そうですね、分かります。誰よりもあなた様を理解しているのは、他でもない私ですから。ですが、その使命は叶いません」
ドクンと、急に心臓が高鳴った。暗黒の光と共にクロメルの力が、弱まるどころかドンドン強まっていく。それだけじゃない。幼かったその体が、義体を用いていた頃のメルフィーナの年齢にまで成長しやがった。ご丁寧に破損している鎧まで、それに合わせてサイズを変えている。
「ハハッ、参ったな。第二形態ってやつか?」
「日頃からラスボスは変身すべきだと仰っていたのは、他ならぬあなた様ではありませんか。私はその声に応えたに過ぎません。尤も、これは無理矢理に神としての力を行使する為の姿。私にも途轍もない負荷が掛かりますし、変身前に負ったダメージが癒えるという訳でもありません」
詰まり、むっちゃ無理してると。
「ですが、この姿となった私の力は―――」
「―――ああ、子供の姿の頃とは比較にならねぇな。何だよそれ、これこそが本物の神の力って事か?」
致命傷を負っていようとも、クロメルから放たれる力強さは滅茶苦茶なものだった。力の上限が全然分からないし、どうしようと倒せる可能性が見い出せない。神の力を行使する時に使うって事は、これが真の神の実力って事なんだろう。まったく馬鹿げた力だ、俺が練ってきた策と用意した術をなんだと思っているんだ。
「あなた様には感服し続けてきました。ですが、それもここまで。最後の望みであり、相棒でもあったクロトの召喚解除は確認済み。これ以上、何をすると言うのですか? 時間がありませんし、手早く済まさせて頂きます」
聖槍を破壊されたクロメルであるが、得物を失おうともその両手は、既にそれ以上の凶器となっている。こんな状態の俺なら、いや、万全な状態な俺だったとしても、屠る事は簡単だろう。
「参ったな、勝てる見込みねぇや……」
「フ、フフフッ。痛みなく逝かせて差し上げますからね」
「ん」
俺の息の根を止めようとするクロメルに目掛け、右腕を掲げる。
「……? 一体何の真似ですか?」
「この方舟に乗り込む前にさ、トリスタンの奴をこの手で殴ってきたんだ。前々から借りがあったし、止めは譲るにしても、それくらいは気持ちを晴らしたくってさ」
「はぁ、それが? 私とあなた様の時間に、道化の話など持ち出さないで頂きたいのですが」
「俺だって無意味にあいつの話なんてしねぇよ。まだ分からないのか? 俺はこの手で、お前の使徒を殴ったんだぞ?」
「だから、それが何だとい、う――― っ!」
クロメルが両目を見開く。やっと俺の意図を理解してくれたんだろう。だがな、俺はもう回復薬を瞬間一気飲みする程度には元気になってんだ。メルフィーナ仕込みの早業は神よりも速くに胃を満たし、俺の体に魔力を戻してくれる。
俺の腕に装備されるは 悪食の篭手(スキルイーター) 、そしてその片腕に刻んだスキルは『亜神操意』。トリスタンをぶん殴った際に、ありがたくコピーさせてもらった固有スキルだ。
「クロメル、お前との戦いはぶっつけ本番ばっかりで、本当に楽しくて楽しくて仕方ないよ。そのお礼にさ、召喚士としての最後の見せ場――― 特等席で見ていてくれよ?」