作品タイトル不明
第527話 リオルド
リオが次に意識を取り戻したのは、辺り一面が真っ白な空間だった。白以外の不純物を一切認めないと断言するが如く何もなく、軽く眩暈を覚えてしまう異様な光景。だがそれでも、リオが第一に目を奪わてしまったのは、そこに立つ1人の女性の姿だった。白き衣を纏い、長い銀髪を有する異質な雰囲気を持つその者が、静かに口を開く。
「貴方に神の奇跡を、光を与えましょう。神を信じ、信仰を深めるのです」
「……申し訳ないのですが、私は無神論者です」
それが後の同胞となる代行者、アイリス・デラミリウスを語るエレアリスとの初顔合わせであった。
「なるほど、そういった考え方もあるのですね。実に斬新で、私には思い至らない思想と言えるでしょう」
「いや、何も他人にまで押し付けるつもりも、そこまで否定するつもりもないのですが…… そ、それよりも、ここはっ!? 私はもしや…… その、死んでしまったのですか!?」
「神を信じないと公言しておきながら、この状況からその結論に至ったのですね? 臨機応変に柔軟な考えのできる、とても聡明な方なのですね。良き事です」
「それよりも―――」
リオが更に問い質そうとすると、代行者はそっと人差し指をリオの口に当てて、彼の言葉を遮る。初動も気配も感じられなかった彼女のその行動に、冒険者として研鑽を重ねてきたリオはかなりの衝撃を受けてしまう。それ以上声を発する事ができなかったのも、仕方のない事だといえるだろう。
「はい。貴方は暗紫の森にて邪賢老樹に敗れ、そのうら若き命を散らしてしまったのです。その時の記憶はありますか?」
「………」
リオは心を落ち着かせ、あやふやな記憶を整理していく。最後にある記憶は、あの邪悪な大木から放たれた無数の枝が、自身へと降り注ぐ光景だった。
(違う、大事なのはそれよりも前の事だ。思い出せ、思い出せ……! ミストは、皆はどうなった!?)
額に拳を何度も打ち付け、記憶を弄るリオ。代行者はそんなリオを静かに見守るだけで、特にその行動を止めようとする様子はない。
「―――っ!」
「どうやら、思い出されたようですね。貴方は仲間達の反対を押し切って、自ら囮となったのです」
「そう、そうでした。あの後にリーダーが倒れた仲間を担いで、最後まで叫んでいたミストを諭していて…… ふぅ、リーダーには最後の最後まで迷惑を掛けてしまいました。ですが、良かった。本当に、良かった……! 皆、無事に逃げ延びたんですね?」
「ええ、その通りです。お仲間の1人は重傷でしたので、後遺症云々は以降の処置によるでしょうが、命に別状はありません。残りの御二人も無事ですよ」
「そう、ですか……」
すっかり脱力してしまったのか、リオはその場に座り込んでしまった。身の丈に合わない提案をしてしまった後悔と、仲間達が無事であったという安堵、そういった感情が複雑に混ざり合っているような、そんな表情だ。
「ふふっ、やはり貴方は私が思っていた通りのお人柄のようです」
「ああ、そういえば…… 私がこれからどうなるのか、まだ聞いていませんでしたね。ここは天国…… ではないと思いますが、死んだ私はどうなるのです?」
「そうですね、本題に入りましょうか」
それから代行者は、平時のリオルドであれば絶対に信じないであろう言葉を投げ掛けた。世界の浄化と神の復活――― 恐らくは、他の候補者に語り掛けた内容と同様の内容だ。そしてその実態とは裏腹に、油断してしまえば信じてしまいそうな語り口調は、リオを酷く困惑させた。
「そ、そんな与太話を本気で信じろと言っているのですか? いえ、それ以前に仮にその話が本当であったとしても、私が貴女に力添えする筈がない! 世界を壊すだなんて、本当に馬鹿げている!」
「それが普通の反応でしょう。ですが、私は本気です。報酬は貴方をこの世に生き返らせ、願いを1つだけ叶える事」
「その話自体が矛盾しているんですよ! 破滅を目指す世界で願いを叶えて、一体どうするのです!?」
「どうするかどうかは、貴方の願い次第ですよ。付け加えますと、これは浄化であり破滅ではありません。世界を本来の、正しき道へと戻すだけです」
「そんなものは詭弁でしかないっ!」
代行者とリオの話し合いは、どこまでも平行線であった。やがて代行者は、困ったように顎に手を当て始めた。
「困りましたね。このままでは理に従い、貴方の魂は死ぬ運命に戻ってしまいます」
「何を言おうが、私の結論は変わりませんよ……!」
「リオ、もう一度私の話に耳を傾けてください。仮に貴方がここで断ったとしても、次の適性者を見つけさえすれば、貴方の反抗の意味は無に帰してしまうのですよ? ならば現段階での願いを保留にして、私の下で打開策を立てるのが、真に賢い者の行動というものではないのでしょうか?」
「……なぜ、私にそこまで拘るのです? 死者の魂を呼び出すなんて、その時点で貴女の力は普通ではない。不可能を成してしまう貴女ならば、私如きに拘る必要はない筈だ」
リオは自分の才能がどの程度のものか、十分に理解しているつもりだ。S級冒険者を目指す志に偽りはない。が、現時点での自分の能力を考えてみれば、彼女がそこまで執拗に勧誘する理由が分からなかった。
「いいえ、拘りますとも。貴方には大いなる可能性があります。それこそ、古の勇者であるセルジュ・フロアにも匹敵する、途轍もない可能性が」
「………」
熟考の末、リオは代行者に従う事にした。反抗の為の従属、それは誰から見ても明らかな事。しかしながら、代行者は実に満足そうだ。
「安心してください。今から数年以内に、なんて事にはなりませんから。浄化が起こるのはそれこそ数十年か、もしかすると百年も先の事です。ゆっくりと、貴方の願いを考えてくださいね、リオ?」
「……名前に関してなのですが、転生するに当たって変える事は可能ですか?」
「名前を? ええ、もちろん可能です。貴方の現世での生き方にまで関与するつもりはありませんが、別人として転生したいのですか? でしたら容姿も?」
「いえ、名前だけで結構ですし、これまでと同様に生きていくつもりですよ。変えた名前はどうにかして、リオとして通せるよう工面します」
「……益々分かりませんね。名前を変えるというその行為に、何か意味があるのですか?」
「ありますよ。理由はどうであれ、私は貴女の悪事に加担するんです。戒めとして、名に悪役の意味を成す『ルド』を刻みます。新たな名はリオルド、そう変えてください」
「ふふっ、益々気に入ってしまいそうです。良いでしょう、貴方をリオルドとして転生し、再び現世へと戻しましょう」
代行者が祈るように両指を組むと、リオの周りが微かに輝き出してきた。
「ああ、そうそう。より神の使徒として相応しい力を備える為に、貴方にはギフトを授けます。何が発現するかはまだ分かりませんが、何らかの固有スキルが与えられるようなものだと理解してください」
「……至れり尽くせり、ですね」
「ええ、貴方は大切な同胞なのです。当然でしょう?」
代行者の聖母のような笑顔を最後に、段々と視界と意識が薄れていく。
「くっ……」
「まずは新たな体に慣れるよう努めてください。暫くした後、私の手の者が連絡を取りますので。そうですね、『先覚者』辺りに任せましょうか。 聖鍵(せいけん) はその際にお渡し致します」
夢から覚める瞬間。生と死の境界から、魂の立ち位置が反転する。
「選定者が最も推していたリオの…… いえ、リオルドの力。楽しみにしていますよ」