作品タイトル不明
第526話 リオ
冒険者ギルドパーズ支部、前ギルド長のリオが神の使徒となったのは、今から30年以上前の事だ。今にしてみれば、なぜ使徒なんてものになったのか、リオの記憶には曖昧にしか残っていない。
年齢にして 二十歳(はたち) を過ぎ、冒険者稼業で優秀な成績を収めていたリオのパーティは、東大陸にてそれなりに有名になり始めていた。この若さでC級冒険者へと昇格し、それ以降も危なげなく依頼をこなす様は、周囲から着実に信頼を築くに値する働き振りだと言えるものだったのだ。
パーティの面々は出身、年齢がバラバラで一見まとまりがないように思えるものだったが、その実、互いを信頼し合える理想の冒険者仲間だと、彼らを知る者であればそう口を揃える。それほどの絆で結ばれていた。歴戦の傭兵上がりで経験豊富な壮年のリーダーを始めとして、どこか抜けているがいつも周囲を沸かせるムードメーカーは、魔法使いの癖に女たらしでもある。パーティの紅一点を飾る弓使いは温和な美人と人気があり、計算高く冷徹な眼鏡の剣士は不愛想だが、実は子供好きで心優しいと周囲に見透かされていた。皆が皆カラーは違えど、それだけ親しまれる持ち味がそれぞれにあったのだ。
「さ、この仕事が終わったら、次はどこに行くとするかな?」
「俺達にこれと決まった拠点はない。俺達というパーティは自由気ままに、気紛れな風のように向かうだけだろ?」
「そう言って数日前にダンジョンの中で迷子になったのは、どこの誰でしたっけ? あの後、貴方を探し出すのに苦労したんですから、いい加減に反省してくださいよ」
「あらあら、まあまあ。リオったら厳しいんだから」
「ミストが甘いだけですよ。だから彼はだらしないままなんです!」
「リ、リオ、そこまで俺の事を心配してくれて……! でも悪いな、俺はそっちの気はないんだ。普通にミストちゃんに心配された方が嬉しい」
「ちょ、違っ……! 貴方って人はぁ!」
「あははははっ! リオってば、顔が真っ赤よ」
彼らはいつも賑やかだった。お互い嫌味を言う事だってあるものの、それは愛情の裏返し――― と表現すれば当時のリオは強く否定しただろうが、まあ実際似たようなものだった。
「はいは~い。私、パーズに行ってみたいわ」
「パーズって、静謐街パーズの事か? 確かに行った事はまだないが、あそこはモンスターのレベルが低いし、ギルドで取り扱う依頼も簡単なものが多いと聞くぞ」
「んー、若干の今更感は拭えないね。C級以上の依頼がなかったら、無駄足になっちゃうかもよ?」
「たまにはそんな旅があっても良いじゃない。それに、パーズには一度行ってみたいと思っていたの。4大国がもう過ちは犯さないと結束して、平和の象徴として造られた場所! 何か素敵じゃない?」
「おー、ミストちゃんは良い事を言うねぇ。ま、うちのパーティにはそんな言葉が似合わない面子が、約2名ほどおりますが。リーダーは強面、リオはしかめっ面だ」
「ったく、余計なお世話だよ」
「ええ、その通りです。それに、年中頭が桃色な貴方よりはマシってもんですよ」
「も~、また喧嘩して……」
それから依頼をこなした後、彼らはパーズへと向かい無事に辿り着いた。というよりも、無事に辿り着かなければおかしいと思うほど、噂通りパーズの土地は平和そのものだった。出現するモンスターは貧弱で、C級以上の依頼が発行されるのは非常に稀。仕事面だけで見るのなら、C級冒険者になってからもバリバリと依頼を片付けていた彼らにとっては、少々歯ごたえがなさ過ぎたのかもしれない。
「正直なところ、このままパーズに留まるのは無駄と言えますね。昇格に必要な依頼をクリアできませんし、早々に他国に移る事をお勧めします」
「まあまあ、リオってば本当にせっかちさんなんだから。引き締める時は引き締める、気を緩める時は緩めて堪能しないと、人生損よ?」
「ふっ、ミストちゃんに言われてやんの。リオ、お前の眼鏡は節穴のようだな」
「どういう意味ですか…… まあ、私だって頭では理解しているつもりですよ。ですが、更なる高みを目指すには、今以上の努力をですね!」
「皆、その辺にしておけ。どちらの言い分も尤もな話だってのは、まあ分かるな? 間をとって、もう数日はパーズで活動。その間に次の目的地を決めておく。それでどうだ?」
「異議なーし!」
「全く、調子が良いんですから……」
リオが自分達の実力に見合わない依頼をしたくないのには、とある理由があった。リオ達のパーティは優秀だ。優秀であるが、C級以上の世界――― B級やA級、最上級クラスであるS級に昇格する為には、まだまだ実力が不足しているとリオは認識している。この辺りの冒険者が壁にぶつかる一番の原因は、ステータスやスキルポイントの成長差だ。リオ達は秀才ではあるのだが、決して天才と謳われるほどの才能は有していない。だからこそ、他人よりも努力を重ねなければ。そういった思想に落ち着いた訳である。
「無理だと笑われたって良い。私が目指すのは、あくまでS級冒険者です。その事は忘れないでくださいよ?」
「うん、笑わないよ」
「だな」
「少なくとも、俺達はな」
その翌日、冒険者ギルドにて受けたモンスター討伐依頼に向かい、リオ達のパーティは窮地に追い込まれる事となる。向かった先はパーズ領内にて最高の難易度を誇る、B級ダンジョン【暗紫の森】。いくら難易度が高くとも、パーズのダンジョンならば大丈夫だろうという、それまでの印象から生じた油断が、彼らを危機へと陥れたのだ。
枯れ木に擬態したエルダートレントは森の木々と区別がつかず、集団でテリトリーを侵した者を襲うドクロ蜜蜂、周囲に胞子を撒き散らすブラッドマッシュは強力な猛毒を所持している。リオ達はその毒に侵され重傷を負いながらも、命辛々にダンジョンの入り口近くにまで帰還。もう1度でもモンスターの集団と出くわしてしまえば、誰が死んでもおかしくない状況だった。
「すまん、ゴーサインを出した俺の判断ミスだった」
「それは違いますよ、リーダー! 私が、私がこのダンジョンの討伐案を出したからっ……!」
「2人とも、今は口よりも足を動かす! 誰が死んでも許さないからねっ!」
「おっと、こいつは死ねない理由ができちまっ―――」
いつもの 気障(きざ) な台詞を吐こうとした魔法使いの言葉が、突如として途切れた。後衛職である彼は最後列を走っていた為、皆は何事かと後ろを振り返る。しかし、次に物音がしたのは進行方向であった入り口側の方で、背後に彼の姿はどこにも当たらなかった。
「彼は?」
「あ、あれっ! 前に倒れてる!」
物音がした方、詰まりはダンジョンの入り口に視線を戻せば、魔法使いが倒れていた。意識がないのか、それとももう息がないのか、動く気配はない。
「何であんなところに? 彼は後ろを走っていた筈では?」
「リオ、ミスト! その原因が後ろにいやがる! やべぇぞ……!」
「「えっ?」」
リーダーの声に再度後ろを振り向くと、そこには信じられないサイズの大木があった。不吉な呻き声を上げながら、地面に下ろした無数の根を動かしてこちらへと向かって来ている。
「グゲババゴバガッ」
「ボ、ボスモンスター!? 何でこんな入り口近くに!?」
「背後からこいつに吹き飛ばされたってオチだろうな。ったく、今日はツイてないぜ」
暗紫の森のボスモンスター、邪賢老樹。通常のモンスター達でさえ苦戦するこのパーティで挑むには、無謀と言わざるを得ない相手だ。仲間の中で最も頭の回転が速いリオは、瞬時に撤退という言葉を思い浮かべた。そして誰がどうすれば生き残れるか、その確率を計算する。
「……皆さん、私が殿を務めます。彼を担いで、先に行ってください!」