作品タイトル不明
第447話 必要なのは……
―――ケルヴィン邸・地下転移門前
トライセンより転移門を使い、パーズへと帰って来た俺達。ダハクは最低限の戦力として置いてきたので、俺とシュトラのみの移動だ。何気にあいつは、トライセンの荒れ果てた大地の緑化にも活躍しているからな。シュトラを相手にして一定の農地を報酬として貰っていたりと、俺の知らない所で土竜王としての領土(農園?)を着々と増やしているのだ。金が絡む事はシュトラに全任せでやっているようで、それはそれで上手く経営できているらしい。この2人さえいれば、トライセンが抱える食料問題や環境問題は、何から何まで解決できてしまいそうで恐ろしい。
「ご主人様、お帰りなさいませ」
「ご主人様、お帰りなさーい! シュトラちゃんも、お帰りなさーい!」
「ただいまー!」
屋敷の地下にあるマイ転移門を潜ると、エリィとリュカが出迎えてくれた。早速シュトラとリュカがじゃれ合っている。
「ああ、ただいま。変わりないか?」
「はい。業務は特に問題もなく、メイド長も日に日に元気になられています。ただ、少し目を離せば直ぐに働こうとしますので、それを止めるのが一番厄介ではありますね」
「エフィルめ、しっかり休めと念押ししていたんだけどなぁ」
「そういった性分なんでしょうね。本来、部下である私が言ってはならない事なんでしょうが…… 1人の母としての目線で見れば、そうですね。風邪をひいているのに、遊びに行きたくてベッドの中でウズウズしている子供みたいな印象です」
「遊びイコール仕事なのな……」
「是非とも、ご主人様には一言声を掛けて頂ければと。メイド長にはご主人様の言葉が一番の特効薬ですから」
「分かった分かった。苦労を掛けて悪いな」
現在、屋敷ではメイド長であるエフィルが療養中、シュトラがトライセンに向かう事もあって、ロザリアとフーバーの護衛組も留守にしていた。なので、どうしても以前より働ける使用人の人数が減ってしまう。一度パーズに戻って以降、俺達は東大陸各地を転々としていたのもあって、エリィ達には負担をかけてしまっていた…… だがな、もう大丈夫だ。シュトラが戻って来たという事は、護衛もこれまた然り。
「あら? 貴女達は……」
「エリィ副メイド長。ロザリア、ただ今帰還致しました」
「同じく、フーバー・ロックウェイ! ただ今帰還致しました!」
トライセンから竜属性の完璧メイドと、ミニスカメイドの応援を連れて来たのだ。これでエフィル不在の穴もいくらかは埋める事ができるだろう。目の保養に良く、心の平穏にも繋がる。
「それじゃ、2人は任せたぞ」
「承知致しました」
さて、せっかくかなり久しぶりの休みを貰ったんだ。俺はどうしようかねぇ。暫くできていなかった、武器防具の見直しでも―――
「―――お兄ちゃん」
「ん?」
リュカとの交流に満足したのか、シュトラが俺の衣服のクイクイッと引っ張ってきた。
「もう…… 屋敷でまで強がらないで、早くエフィルお姉ちゃんのところに行ってきなよ? ほら、行った行った!」
「ちょ、シュトラさん? さっきのアズグラッドの真似か何かか?」
「ちーがーうーのー!」
それから俺はシュトラに背中を押され、面白がって途中で混ざり出すリュカにも背中を押され、エフィルの部屋にまで移動させられるのであった。
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―――エフィルの私室
扉をノックすれば、部屋の中から短く「はい」との返事があった。扉の外から俺が声を掛けると、中で慌てたようにバタバタという音がする。エフィルの部屋はいつも綺麗に整理整頓されているだろうに。何を慌てる必要があるというのか?
「よっ! 久しぶりだな、エフィル」
「ご主人様……! お帰りになられるのでしたら、念話をしてくだされば良かったのに。その、ここ数日は掃除もろくにしていませんでしたので、少し埃が立つかも…… でも健康には害がないほんの僅かなもので、ああ、しかしそれだとメイドとしての矜持が―――!」
挨拶をしただけなのに、ベッドで横になっているエフィルが勝手にあたふたし始めた。うん、まあ前よりも随分と元気になったんだと思うとしよう。
俺がベッドに腰掛けると、エフィルは上半身だけ身を起こして出迎えてくれた。
「おいおい、起きても大丈夫なのか? 無理しなくていいんだぞ?」
「これくらいは平気ですよ。本当でしたら、もう自分の部屋の掃除は自分の手でやりたいくらいです」
「だから、それが無理しようとしているんだって。命令、許しが出るまで仕事をしない事」
「そ、それは狡いと思います、ご主人様……」
それから俺は、ここ数日の話をした。世界を取り巻く情勢、方舟の行方、天使もどきの出現、リオルドが残した日記について――― 胸のつかえを取ろうとするように。
「今はまだどの国も統制し切れてなくて、俺らや冒険者達が出張ってる状態だけどさ、近いうちに対処法が出来上がる予定なんだ。その為にシュトラや義父さん、ツバキ様達も協力してくれてる。ビックリしたのはセルジュの奴でさ、強くなる方法を教えろとか言い出したんだ。今まではステータスやスキルに頼った戦い方をしてきたから、今度は自分自身を磨きたいんだと。現時点で1対1じゃ最強の癖に、まだ強くなろうとしているんだぜ? 俺も嬉しくなっちゃってさ。じゃあ戦おうぜって手合わせしたら、見事に負けちゃったよ。刀哉じゃいまいち実感湧かなかったけど、絶対福音はかなり脅威だわ」
「ふふっ、ご主人様らしい対応ですね」
「そうか? まあ、俺もこのまま黙ってはいられないからな。少なくとも、セルジュに勝てないようじゃクロメルには勝てないだろうからな。あいつ、自分でパーティを作り出す固有スキルも持ってるみたいでさ、当面はそいつを引き出すのが目標って感じだ。ま、どっちにしたって戦力の強化が急務、装備も強化できるもんは強化しなきゃだし、情勢が荒々しい西大陸も心配だ。アズグラッドからは休めと言われてるけどさ、休んでる場合でも―――」
「―――ご主人様」
ふと、エフィルの声質が変わった気がした。いつものように繊細で可愛らしい声。だけど、いつも以上に温か味が感じられる声だった。
「それ以上に仰りたい事が、吐き出したい事があるのでは? ご主人様が無理に我慢されてしまうと、エフィルは専属のメイドとして、何よりも1人の女として悲しい気持ちになってしまいます。どうか、その気持ちを私にぶつけて頂けませんか?」
エフィルを俺をしっかりと見据えて、そのエメラルド色の瞳を潤ませた。少し、ほんの少しだけ、目頭が熱くなる。
「……ちょっとだけ、胸を借りてもいいか?」
「どうぞ」
ゆっくりと、だけど飛び込むようにエフィルの胸に顔を沈ませる。エフィルは俺を片腕で抱きしめ、もう片腕で頭を撫でてくれた。
言いたい事がある。だけど、心の中がぐちゃぐちゃになってしまって、何から話せば良いのか分からない。ただひたすらに、各国を脅かすモンスターを狩って、倒して、ぶっ潰して、ぶった斬って――― この気持ちをその場凌ぎでやり過ごして来たツケが、今になってきてしまったらしい。
「……あれから、もう5日も経つのにさ。メルの奴、何の返事もしてくれないんだよ…… それどころか、最近はあいつのステータスがおかしくなってきてる。クロメルに力を吸収されて、それでも帰って来た時は正常なステータスだったんだ。それがバグったみたいに文字化けして、訳の分からない言葉が並べられて…… 色々と人脈を漁って、助け出す方法を探しているんだけどさ、全然駄目なんだ…… エフィル、俺はどこで、どの場面で選択を間違えちゃったんだ? メルは、俺が、殺したような、もんじゃ……」
「いいえ。ご主人様は間違っていませんし、メルフィーナ様は生きていらっしゃいます。必要なのは、休息です。ご主人様、エフィルが一緒にいますから、いつでもいつまでも一緒にいますから、今は休みましょ? 上辺を気にせず、泣いちゃいましょ? どんな姿を晒そうと、誰もご主人様を笑いません。ここには貴方を心から愛する、私しかいないんですから」
「ああ、ああ、そうだな…… うん、そうだ……」
今日は、異世界に転生してから最も涙を流した日になった。