軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第429話 怒れる翁

―――邪神の心臓・ 聖杯神域(ホーリーチャリス)

かつて、東大陸中央に位置するアルカールという小国があった。大戦の世なれど、聡明な国王による外交で如何なる時も中立を貫き、周囲のどの大国とも良好な関係を築いた奇跡の国とされている。通常、土地が豊かであり、自国の自給を賄えるまで栄えていれば、この時代であれば隣国から狙われるものだ。しかし、アルカール国王はその領土の狭さ、大国を挟んでの緩衝地帯としての特性を活かして戦を回避していたのだ。その手腕は大国の王達を唸らせるほどのものであった。

ジェラールは生前、この国の騎士団に所属していた。元々は農民の出であったが、国王の先見と機会に恵まれ、1代にしてアルカール騎士団団長の座に就任する事となる。隣国の騎士団に比べれば、それこそ田舎騎士団と揶揄されても仕方のない小規模なものだった。だが、それでもジェラールはこの騎士団の長を務める事に誇りを持っていたし、これ以上の名誉はないと思っていた。それくらいにアルカールという国が好きだったのだ。

ジェラールは歳の離れた美人な妻、ベティと最愛の娘、コニーに囲まれ、幸せな生活を送っていた。この人が人を裏切る暗黒の時代の最中に、争いのない理想の国を作り上げたアルカール国王。またこの国を今以上に素晴らしいものにしていこうと、国王を支え合う仲間、国民達。彼らは、あと僅かでアルカールが滅ぶとは夢にも思っていなかっただろう。

突然として国中で発生した謎の病はアルカール国王を最初の犠牲者として、城内へ、街へ、国中へとその毒牙に掛けられる犠牲者を増やしていった。発症してしまえば治療法はなく、急激に衰弱して1日のうちに死に至る。偉大なる指導者を失った混乱の中、ジェラールはまだ上手く立ち回った方であった。そう、最後まで。妻や娘、友人、部下達が亡くなるまで足掻いたのだ。

「私の記憶によれば、最後は死にかけた娘を抱えて国外へ出ようとしたんだったな。あの末期的状態で、貴様はよくやった。あの時に今ほどの力があれば、もしかすれば脱出できたかもしれないな。まあ、娘や貴様が死ぬ運命は変わらなかっただろうが」

「ジルドラ貴様、まさか、あの病をっ!?」

「く、う…… 体が……」

エフィルは 多首火竜(パイロヒュドラ) の頭の上で膝をつき、口元を手で押さえていた。指の間からは鮮血が滴り、青白い顔をしている。彼女の体に何かが起こったのは明白だった。

「そうだ。あのガラスケースに入っていたのは、アルカールを滅ぼした病原体だ。この広い工房に蔓延するのと、女神が与えたとかいう神器の耐性のお蔭で時間は掛かったがな。何、安心しろ。あの頃よりも改良を加えた強力なものだ。耐性があろうと時間を掛けて、苦しみながらしっかり死に至る」

「貴様ぁ……!」

視界が赤くなっていくのを感じながら、ジェラールの怒気が高まっていく。それに呼応するかのように、手に携えた魔剣ダーインスレイヴが取り巻く魔力も激しく渦巻いた。

『ま、待って…… ジェラールさん、私は大丈夫ですから、冷静になってくだ、さい……!』

『じゃが―――』

『―――じゃがも、ヘチマもありません…… 死ぬまでに時間が掛かるなら、まだ望みは、あります…… 今は迅速に、最短でジルドラを、倒すのが先決、です……!』

足を震わせながらも立ち上がり、弓に矢をつがえるエフィル。しかしその手に力はなく、とてもではないが火力のある矢を放てる状態ではない。周囲の火竜の首や炎鳥達も、心なしか心配そうにしているように見える。それでも健気に前を見据えるエフィルに、ジェラールの心は僅かに冷静さを取り戻した。

『分かった。じゃが、エフィルは護りを固めて回復に専念しておれ。クロト、クロトは大丈夫か?』

ジェラールの問いかけに、クロトは言葉ではないが肯定の意を示す念話を返した。どうやらこの病は鎧の身であるジェラールと同様に、スライムには意味を成さないようだ。

『よし、クロトはエフィルを護れ。回復薬の出し惜しみはするな、最上級品をバンバン飲ませよ。何、王からのお叱りはワシがまとめて受けるのでな。我が仮孫、任せたぞ?』

『ジェ、ジェラールさん―――』

決意を胸に灯した様子に、エフィルとクロトはそれ以上何も言わなかった。クロトが自身の体を薄く伸ばし、エフィルを隠すように周囲を覆っていく。エフィルもそれに伴い、蒼き 多首火竜(パイロヒュドラ) 達を毛糸玉に似せて絡み合わせ、炎の結界を構築。更にその周囲を炎鳥達が舞う、力強くも幻想的な要塞を作り上げたのであった。その中心で、エフィルはクロトによる献身的な介抱をされている事だろう。

「ほう、まだそんな大掛かりな魔法を使う余力があったか。我が娘ながら、恐ろしいものよ」

「黙るがよい」

「……何?」

それは普段陽気であるジェラールの声のトーンではなかった。とても静かで、それでいて全てを突き刺すような冷たい声。ガチャリと金属音を鳴らしながら正視する兜の闇の奥で、赤い光が見えたような錯覚にジルドラは陥る。

「黙れと言っておるのじゃ。永き時を生きて 耄碌(もうろく) したか?」

「ほう……!」

ジェラールは先ほどまでの怒りに任せて暴れるような様子ではない。怒ってはいるが、それを的確に力の根源へとエネルギーを回しているような、そんな印象を受けるのだ。そしてその観察対象の変化はジルドラの望むところであり、彼はより一層ジェラールへの興味を引いたのであった。

「ふむ、黙れと言うか。ならば、それからどうする? エルフが死ぬ前に、私を殺して抗毒血清でも探すかね? 残念だが、そんなものは用意していない。この病は特殊なものでね、殺傷力と伝染の速度には特化しているが、病自体の死滅も早いのだ。感染者さえ死んでしまえば、ものの数日でその猛威は止む事だろう。まあ、我が娘が死ぬよりも早く、病原体が先に死ねば問題は―――」

「―――黙れと言っている」

ジェラールが言葉を発した時、魔剣の刀身は既にジルドラの体、その肩までを斬り裂いていた。

「ぬうっ!?」

殆ど反射的に銃剣の引き金を引いたジルドラ。偶然にも銃口は魔剣の根元に当たり、爆発。真っ二つにされる紙一重の差で、魔剣を弾き返した。

(スピードがシアンレーヌと戦っていた時の比ではない。奴め、何を……? む?)

思案しながら目を細めたジルドラは、ジェラールの鎧の隙間から紅と漆黒が混じった色の魔力が噴き出しているのを確認する。あんなもの、さっきまではなかった筈だった。

(……あの剣が原因か。面白いものだ)

傷口は深いが特に気にする様子のないジルドラ。そのまま薄気味悪い魔力の大元を辿り、行き着いたのは魔剣ダーインスレイヴだった。その剣から放出される魔力がジェラールの鎧に入り込み、爆発的に能力を向上させている。ジルドラはそう読み取った。

「そうじゃな、まずは貴様の言を否定しておこうかの。あの子は貴様の娘ではなく、ワシの仮孫よ。仮孫を虐げる輩に、我が剣は手加減を知らぬ。覚悟せい」