軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第430話 ジルドラ

―――邪神の心臓・ 聖杯神域(ホーリーチャリス)

ジルドラは固有スキル『永劫回帰』を使い、他人の体に精神を移し変える事でこれまでの永き人生を生き長らえてきた。ジルドラ自身が何の種族であったのか、何十何百何千の年月を歩んで来たのかを知る者はおらず、ジルドラにとってもそれはどうでもいい事であった。恐らくは元より外道の才はあったのだろう。この能力を使うに際しての戸惑いは一切なかった。

精神を移し変えると一言でいっても、この能力はそこまで万能である訳ではない。対象が一定以上の知能を有していなければならない、発動からの能力再使用までにある程度の期間を必要とするなどといったものもそうだが、自身のステータスが完全にその肉体に依存してしまうのが、ジルドラにとっては何よりも耐え難い事だった。

鍛えたステータスを失う喪失感、代わりに得た見知らぬスキル構成。今でこそ異様にまで達観しているジルドラも、能力を使い始めた時は酷く落胆したものだった。永劫回帰によって変えた肉体には、それまで築いてきた能力は加算されない。維持されるのは記憶と経験、スキルを度外視した地力の技術だけだったのだ。

それでも2度3度と体を変える度に、改めてその肉体を鍛える努力はしていた。新たに能力を使う際も、可能な限りその時のステータスが再現できるよう、厳選もした。だが、所詮他人の肉体は他人のもの。自らのステータスと全く同じ者など存在しない。幾ら鍛えようと、幾らレベルを上げようと、日に日に達成感は薄まっていった。

自分は何の為に生きるのか? その問の中で、奇しくもジルドラの人生は自らを鍛え、高みへと登る道を選択していたのだ。偽りであれど、2度3度と肉体を移していくうちに確かに強くなっていたステータスは、あるレベルを境に頭打ちを迎える。どんなに努力しようと、どんなに強敵と戦おうと、肉体を変えてしまえばステータスの格は下がり、その肉体が同等のレベルを迎えるうちに限界を迎える。このままでは次の段階へは至れない。このままでは何かが間違っている。感情の起伏が薄れ、ただただ作業的に繰り返される毎日。常人であれば狂うであろう歳月を過ごし、それでも能力を使い続けた。

最早ジルドラの心にあるのは執念のみ。繰り返し繰り返し、いずれその限界を突破できると信じて繰り返した。何人の人生を犠牲にした、何度目の人生だったか。ふと、ジルドラは考えた。現存する種族では成長に限界がある。ならば、自らの手で新たな種族を作ってしまえば良いのではないか、と。

人の手によって高次元の種族を作り出すなど、神に仇なす所業である。しかし、幸か不幸かジルドラにそのような倫理観はなく、時間だけは膨大に有り余っていた。この頃のジルドラにはまだ学はなく、どちらかと言えば武闘派で考えが浅かったのもあったんだろう。それでも彼は、この選択に新たなる喜びを見出した。

それまで犠牲にしてきた人生で味わう事がなかった知識への欲求。自らの糧とする事に貪欲なジルドラは、狂ったように書物を読み漁り、それだけで幾つかの人生を終わらせた。この間に彼を喜ばせたのは、ステータスは引き継がれなくとも、記憶の中の知識は引き継がれるという事実だ。肉体を如何に鍛え強くなるか、それしか考えてこなかった彼の精神に、麻薬的に広がる幸福感。書物を文字を英知を貪り、自身の見聞を広げていく。数字だけのステータスは完全に捨て去り、兎に角それを可能とする人物に成り代わっていた。

やがて彼は、培った知識で野望への一歩を踏み出す。大国の研究施設、非合法な裏の世界、邪神を崇拝する邪教、必要だと考えた場所は全て活用した。とある帝国の技術開発室も、とある小国の滅亡も必要だから活用したまでの事だった。百年でも無理であろう非現実的な研究も、千年ともなれば現実となる。知識は裏切らない。ひょんな事からアイデアは生まれ、どんな無能もヒントとなり得る。ジルドラの世界はドス黒いながらも、彼にとっては輝かしい人生。彼の目標は、あと少しのところにまで至っていたのだ。あと少し、あと少し―――

『興味深い研究をされていますね。私にお手伝いする事はありますか? ……あと、貴方は神を信じますか?』

それはここ最近の、ほんの数百年のうちに起こった事。彼の前に、思わぬスポンサーが現れたのだ。一般的には美しいと区分される銀髪の女が、彼が長年隠し通してきた研究所に。あまりにその台詞が面白かったので、ジルドラは作成中の試作機を女に差し向けた。ならば、この機体の調整相手になってくれと。

『そんな事でよろしいのですか? 異世界の知識や技術、神々が禁忌とする術もありますが。まあ、それで良いのであれば、お相手をしましょう』

『うわ、これ自力で作ったの!? 二足歩行とか現実でやれるもんなんだね~。そこはかとなく浪漫を感じちゃう!』

『―――この者が、ね』

それからジルドラは、その永き時をもってしても見る事ができなかった別次元の領域を体験した。白き少女は本当に魅力的で、もし敵であれば解体してデータを取りたい想いもあった。しかしながら、協力者となってくれるのではれば話は別。手が届く筈もなかったであろう知識まで手に入れたジルドラの研究は、瞬く間に進んでいった。

そして、発令されたジルドラのラストオーダー、最後の使命。神の名において、彼の望みが叶う事は約束された。だが、それはこのジェラールとの戦闘とは全く別の話になる。今において、ジルドラは別の手段を講じなければならなかった。

今代のジルドラの体、トライセンが誇る鉄鋼騎士団の副官、ジン・ダルバは偉大なる父に幼き頃より鍛えられ、S級クラスの剣術など優秀なスキル、そして鍛えられた屈強な肉体を有している。あくまでも、凡弱な視点から見れば、の話ではあるが。確かにこの肉体は優秀だった。それまで研究に没頭するあまり、記憶の彼方に忘れていまっていた闘争心を僅かに思い起こす程度には役立った。

だが、この肉体でケルヴィン一行と戦うのは可能であろうか? 否、真向の勝負では戦いにすらならない。ジン程度の実力であれば、世界の上澄みを掬えば幾らでも出てくるだろう。自らの工房で戦う地の利を活かし、この肉体と知識を最大限に活用できる装備、要素が絶対不可欠となる。

対して、ジェラールの動きはそれまでとは別物であった。渦巻く魔剣の魔力、瘴気とも見て取れる漆黒が鎧に入り込めば、ジルドラが辛うじて認識できるかといった速度を生み、振りかざす魔剣のパワーは銃剣を一撃で弾くまでに上昇していた。ある程度のダメージが見込めていた銃撃も、ジェラールの装甲の前では全くの無力。確かこの銃撃はエフィルの矢を迎撃していた筈なのだが、鎧には傷1つ付ける事ができない。元々備わっていた圧倒的な攻防両能力が更に進化し、そこに全身鎧には不釣り合いな機動力が加わってしまった。といった感じだろうか。単純な速さだけを抜き取っても、セラ並みなのである。どちらにせよ、このままではジルドラに勝ち目はない。

「言い忘れていたが、私の歓迎はあれだけではない。最新鋭機『クラレットハンガ』、『アイビーリス』、出ろ」

ジルドラの声に反応し、工房の床が一部上方へと上がっていく。タワー式の立体駐車場のように姿を現したエレベーターの中には、シアンレーヌやデゼスグレイと同等のサイズを誇る緑と紫の機体があり―――

「ならば、手荒く返させてもらおうかの」

―――一瞬にしてスクラップと化してしまった。両機体の胸元には巨大な太刀傷が残され、1歩を踏み出そうとしてからコンマ秒の出来事であった。この攻撃にジルドラは全く反応できなかった。まるでセルジュと対峙している時のようで、ない筈の感情が心の底から這い上がってくる。

「貴様、まだ余力がっ……!」

「安心せい、お主を倒す時は全力じゃ。それに、殺し方も考えておる」

まるで実体がないかのように、ジェラールの体がゆらゆらと揺らめいていた。