作品タイトル不明
第427話 デゼスグレイ
―――邪神の心臓・ 聖杯神域(ホーリーチャリス)
天井部より絶え間なく降り注ぐスコール。これによりエフィルは不利な戦況に追い込まれていた。矢の威力減少、視界の阻害、それらに加えてデゼスグレイの機動力の高さは変わる事がなく、むしろ更に速くなっているようにさえ感じられる。エフィルの体感通り、実際にデゼスグレイのスピードは増していた。それはこの機体が陸上、空中、海中の全てに対応できる能力性にあり、激しいスコールの影響を受け付けず、むしろその水を用いて背より排出し、加速に利用していたのだ。
「シッ!」
蒼き炎に包まれた 多首火竜(パイロヒュドラ) の7つの首がデゼスグレイを追い掛けるも、この状況下ではスピードに翻弄されるばかり。かといって、エフィルが放つ矢も決定打になり得るものではない。直撃さえすれば、シアンレーヌの盾と同じく爆砕するのは可能だろう。しかし、当てるまでが1番厄介なのである。常に百発百中の矢を射ってきたエフィルは、的があんなにも巨体であるのに当てられない現状に、もどかしさを募らせていた。
デゼスグレイも防戦一方という訳ではない。細身でありながら一部肥大化した強靭な片腕で、神速で迫ったすれ違いざまに攻撃を放ってくるのだ。エフィルのみであれば、雨の中で光る輝きを捉えて躱す事も可能な一撃。だが、 多首火竜(パイロヒュドラ) はそうもいかない。体格が大きい為に、振るわれる腕の猛撃を回避し切れずに食らってしまい、炎の残滓となって散ってしまう。触れる直前に炎で呑み込んでしまおうともエフィルは考えたが、その腕にはスコールで得た水が流動していて、それだけでは破壊するに至らなかった。
(最悪の相性、最悪の状況と申しましょうか。アレを確実に破壊するのなら、 極蒼炎の焦矢(メルトブレイズアロー) をピンポイントで直撃させる必要がありますね。ともすれば、まずはこの雨からどうにかしませんと……)
他の 多首火竜(パイロヒュドラ) の頭上に乗り移り、新たに火竜を生み出しながら思考するエフィル。そんなエフィルの思考を読み取ったのか、デゼスグレイは宙を旋回しながら、別の行動を取り始めた。背の翼から出る光の粒子の形状を変化させて巨大な刃を生成、更には光の球体をいくつか作って随伴させている。
「 多重炎鳥(ミリアドバーンバード) 」
その様子を確認したエフィルは、周囲に幾千にも及ぶ炎鳥の大群を生み出した。数は多くともこの雨の中では形を保つのも危うく、攻撃力に期待はできそうにない。しかし、炎の光源を散らす事で攪乱はできる。エフィルの推測は的中し、これまで一直線に向かって来ていたデゼスグレイがあらぬ方向に向かって行った。
(自身の推進力と光の剣で全てを切り裂く戦闘法ですか。あの球体からは…… 魔法による攻撃、でしょうか? 炎鳥を正確な射撃で撃ち落としていますね)
この光の球体も、ケルヴィンやリオンが目にすれば某シューティングなゲームの追加装備じゃないかと目を輝かす場面である。されどエフィルにとってはそうは映らず、超精密な砲台程度の認識しかなかった。よって、そこまで引き込まれない。
(さ、今のうちにです)
天井目掛けて弓を構えたエフィル。炎の大翼が宙に広げられ、上方から迫るスコールに反逆するように牙を剥く。
『ジェラールさん、落石その他諸々に注意してください。この雨を破壊します』
『なぬっ!?』
地上でシアンレーヌと戦っているジェラールに一応の注意喚起。落石の直撃程度でジェラールの鎧に傷がつくとは思えないが、メイドとしてその辺りは徹底する。
「全身全霊、真心を尽くしてっ!」
ヒュン、と寸前までの異様さからは考え付かないような軽く、綺麗な風の音が鳴った。エフィルが矢を射ったのだ。そしてその数コンマ後に、耳を覆いたくなるほどの爆音が轟く。遅れてきた反動として、弓の両端から蒼炎の爆発が巻き起こる。このフィードバックだけで幾千の炎鳥の輝きなど些細なものに成り下がり、デゼスグレイもエフィルの位置を特定したようだ。同時に、スコールを振らせていた天井部が決壊したのも確認された。
―――ズガガガァーーーン!
エフィル渾身の矢は天井を突き破り、機能の中枢部で大爆発。ダムが崩れたが如く、水という水が流れ出でる。最早これはスコールではなく、押し寄せる大波だ。あら? と、少しばかり予想と違った結果に驚くエフィル。しかし、そんな逆境の中でも柔軟に対応できるのがメイド長なのだ。
「 極蒼炎城壁(メルトフレイムランパート) !」
あろう事か、エフィルはそれらの波を四方に広げた蒼炎の壁で押し返した。触れる毎に液体から気体へと変化する大量の水。エフィルの炎が消える事はなく、ぐんぐんと天井の最上段にまで迫る壁は、遂には新たな天井として成り代わる。清々しいまでの力押し、敬愛するケルヴィンから賜った伝家の宝刀、困った時の何とやら、である。
『ご主人様のお蔭で何とかなりましたね。流石はご主人様です』
『エフィル、落石! 落石っ!』
額の汗を拭ったのも束の間、今度は炎の壁を乗り越えて破壊された天井の瓦礫が降って来ていた。瓦礫はどれも蒼い炎に包まれ、宛ら隕石のように落下している。地上のジェラールはもちろん、空中にいるエフィルにもその隕石群が襲い掛かる。
『これは――― 良い環境です』
『ワシは悲惨じゃがの』
瓦礫に引火した炎は元々はエフィルのもの。ならば、これら全ては味方である。エフィルは拡大解釈して、 隕石の雨(これ) を好機と捉えたようだ。スコールがなくなった事で炎鳥に燃え盛る炎が強まり、 多首火竜(パイロヒュドラ) も本来の動きを取り戻している。さっきまでの立場が逆転して、デゼスグレイに水による有利性は最早ない。
降り注ぐ隕石に矢を射れば、瓦礫内部の爆発で破片が広範囲に吹き飛ぶ。赤から蒼へと変貌した炎鳥が群がり、宙の色を変えていく。退路を1つ1つ丁寧に塞ぎ、獲物を追い込むようにデゼスグレイを狩る準備を整える。
(エリィの戦い方を真似てみましたが、嵌れば面白いものですね。射るにしても必中が全てではない、という事ですか。調理と同じく、狩猟も奥が深いものです)
囲いに7体の 多首火竜(パイロヒュドラ) が加わり、追い立ては更に苛烈なものとなった。デゼスグレイが連れる球体が迎撃しようとするも、エフィルの矢によって全て射られ、光のブレードでの処理も追い付かない。今や空は炎で覆い尽されていて、デゼスグレイの機動力が活かせる隙間もないのだ。
「申し訳ありません。チェックメイトです」
エフィルの髪留めが輝いた直後に本日2度目の極大爆音、矢を射ったエフィルが弓ごと大きくのけ反る。音を感知したデゼスグレイは、躱せないと判断したのか異形の腕を迫る矢に向け、ブレードを盾代わりに進行上へ並べた。その間も光の球体を迎撃のレーザーに放ち続け、矢の威力を削ごうとする。が、発射されたレーザーは矢に纏った炎によって逆に弾かれるのみで、一向に矢の威力が衰退している様子はない。それどころか威力を増しているようにも思えた。
やがて並べられたブレードへ至った矢は、これも溶かすようにして軽々と突破。着弾による爆発さえせず、そのままデゼスグレイの腕へと迫る。いよいよ本体まで近付かれたデゼスグレイは、腕に張り巡らせた水を 逆側(・・) から放出、所謂ロケットパンチが繰り出された。ケルヴィンやリオンがいれば―――
「―――ですから、もう詰みです」
エフィルの視線の先は、もはやデゼスグレイには向かっていなかった。矢はデゼスグレイの腕ごと攻撃を完全に押し返し、本体へと直撃。デゼスグレイの体と腕を纏めて巻き込んで、蒼翠の業火は最新鋭のゴーレムを消滅させたのであった。