軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第401話 空白

―――邪神の心臓・ 聖杯神域(ホーリーチャリス)

奈落の地(アビスランド) の中心地、邪神の心臓と称される大空洞。複雑に入り組んだ迷宮内部のとある場所に、代行者が作り出した聖域への入り口が隠されている。そこは巫女の秘術『 聖杯神域(ホーリーチャリス) 』によって作り出された領域。あらゆる毒気、あらゆる呪詛を浄化する、神殿の形を模した超規模結界だ。これにより神殿内部は邪気が存在せず、それどころか神聖な力で場は満たされている。

代行者、アイリスが居を構えるのは神殿の最深部とされる場所である。距離感の掴めぬ四方の荘厳な壁で形成された部屋。中央の神殿は幻のように揺らぎ、全てが純白であるが為に尚更現実味がない。神殿内部にあるのは小さな小さな、赤子用の寝台。アイリスはその傍で、絶えず聖母の微笑みを寝台に向けていた。

「あーあー。結局、断罪者も使徒を抜けちゃったか。詰まらないなぁ」

神殿の屋根に寝転がったセルジュが、口を尖らせながら愚痴をこぼす。この空間はかつて使徒達が集った場所だ。集う者が少なくなった事に心を痛めたのか、気軽にお喋りできる友人がいなくなり寂しいのか、セルジュはとても人間的だ。しかし、そんな言葉にもアイリスは特に表情を変える事なく、慈愛に満ちた口調で語りかけた。

「断罪者は使命を全うしたのです。そして幸運な事に、彼女は生き長らえた。これは喜びこそすれ、悲しむ事ではありませんよ? 私達にできる善行は彼女の幸せを祈り、交わした盟約を果たす事です」

「でもでも、数少ない女の子同士のお喋りタイムの機会が激減したんだよ? 私にとって唯一の娯楽だったんだよ? これは由々しき事態だと言っても過言ではないと思うな」

「時間を有益に使いたいのなら、この至高の微笑みを御覧なさいな。赤子とは尊いのが常、生命の秘宝。貴女の悩みなんてくだらぬものだと悟れる事でしょう」

「いやー、そうしたいのは山々だけどさ。その子って代行者にしか見えないじゃん? 私にはちょっと難易度高めかなー」

「あら、そうでしたね。であれば、今だけは私が独り占めすると致しましょう。ああ、今日は本当に機嫌が良いですね。喜ばしい事です」

「あのー、ここにいる迷える子羊も助けてほしいんですけど」

それっきりアイリスは寝台の中身を見守る作業に専念してしまった。会話をしようにも、相手にその気がなければ長続きはしない。セルジュは気さくに会話ができた暗殺者、女子同士でしかできないような下ネタ話で盛り上がった反魂者、不機嫌そうでも最後まで黙って話を聞いてくれる断罪者を酷く懐かしく感じ、代わり映えのしない白の風景をぼんやりと見詰める。

(代行者、変わっちゃったなぁ…… 昔なら、平気で卑猥な話とか自らしてきたもんだけど―――)

セルジュは昔を思い出す。アイリスがデラミスの巫女として国を統治していた際の、たまにしてしまう奇行を。

「―――今も昔も、していませんからね?」

「あはは、バレた? シリアス風に決めてみたけど、代行者は誤魔化せないなー。簡単に心を読まれちゃう」

「いつからの付き合いだと思っているのですか。ちょっとした雰囲気で分かりますよ。それに、暇を堪能できるのは今だけです。もう少しで、案内人として向かわせた生還者が戻ってくるでしょう。即ち、エレアリス様に仇を成す者達を連れてくる事を指します。またそれは、エレアリス様が真の神として降臨なされる絶好の機会。ああ、漸くこの時が来るのですね……!」

「生還者の案内ねぇ……」

生還者の力を軽視している訳ではないが、そのような案内の有無に関わらず、メルフィーナ達はここへと足を踏み入れる。勇者の勘というものなのか、そのようにセルジュは考えていた。

「ま、断罪者のお蔭で魔力は十分あるんだ。後は代行者の問題だし、私はいつものように暇を持て余しているよ」

「そこまで暇でしたら、 聖鍵(せいけん) の中を漁ってみては如何ですか? きっと運良く、都合の良い暇潰しの道具が出てきますよ?」

「うーん、それはそれで予定調和過ぎて詰まらないというか…… このまま不自由を満喫しちゃおっかなー

?」

「………」

「代行者?」

寝台を愛でる訳でもなく、代行者が突然黙ってしまった。どうしたのかとセルジュは屋根から飛び降り、床に着地してそちらに向き直る。丁度、アイリスと視線がぶつかった。

「……守護者、貴女に最後の使命を課します。揺り籠の神域には女神メルフィーナと死神ケルヴィンのみを通す事。それ以外の者の侵入を必ず防ぐ事。 ―――この2つを約束なさい。できますね?」

最後の使命、それは使徒に課せられる至上命令である。ベルにとっての魔王化、ニトにとっての聖域への誘導――― 使徒によって内容は違えども、それを果たせば盟約の際に約束した願いが叶えられる。詰まり、セルジュにとって使徒としての最後の仕事がこれなのだ。

「このタイミングでそれ言っちゃうの? 私、代行者のお願いなら何でも聞いてあげるのに。あ、でも私、この前に『揺り籠』はもう護る必要がなくなったって自慢げに口走っちゃったから、それで再登場するのはちょっと恥ずかし―――」

「―――できますね?」

「はい、できますできます! もう、そんなに怒らないでよ、代行者。凄く怖いから笑いながら威圧しないで!」

「ふふ、善処致しましょう」

一通り笑い合った後、アイリスは片手を少し掲げ、赤子用の寝台を優しく宙に浮かせた。

「それで、この使命は達成できそうですか?」

「どうだろ? デラミスでは見事にやられちゃったし、今はもっと強くなってるっていうし…… かなり厳しめにスキル云々を含めて考えれば、あの時のメルフィーナ並の力を持った奴で4人同時が限度かな? それ以上は流石の私も逃げたいです」

「十分です。その他の者らは創造者、統率者が適度に間引くでしょうから。運命の時、エレアリス様は誰にも、如何なる者にも邪魔されずにメルフィーナと再会する事を期待されています。セルジュ・フロア。私が最も信頼する親友よ、信じていますよ」

「……うん、大船に乗っちゃって!」

大げさに胸を叩くセルジュを見たアイリスは、微笑みを浮かべて神殿の奥へと消えて行った。後を追うように、浮遊する寝台も同様に消えて行く。

「セルジュ・フロア、ね……」

誰にも聞こえない、消え入るような声でセルジュが呟くと、それに連動するかの如く、地面からガコンとよく響く音が鳴った。

「む、代行者はいないのか?」

機械的な声の先にあったのは、異世界文字でⅢと描かれた石碑だった。

「変なタイミングで出てくるね、創造者。代行者なら今は野暮用だよ。どうしたの?」

「何、ちょっとした連絡だ。生還者を先頭に、巨竜が2体この地に迫っている。もう半日ほどで到着しそうだと伝えたくてね。引き続き私はゴーレムで監視を続ける」

「そっか、漸く来たんだね。さては生還者、途中どこかでサボってたな? あいつめ~」

「竜王2体を相手しながらの逃走だぞ? 彼のスペックからすれば、十分に良い結果だよ。守護者基準で物事を判断するのは君の悪い癖だ」

「はいはい、お説教はもう沢山ですって。それ、私から代行者に伝えておくよ。だから早くあっちに行くんだ。シッシッ!」

「ふむ、そうするとしよう。進展があればまた連絡する」

声が消えると、石碑は再び音を鳴らしながら地面に沈んでいった。セルジュはその様を最後まで確認する事もなく、軽く跳躍して屋根上の定位置へと戻る。代わり映えのしない白の風景は、今も続いていた。