作品タイトル不明
第379話 姉妹喧嘩は強烈に
ケルヴィンとグスタフの戦いが終わった頃、魔王城では未だ魔王娘達の激戦が繰り広げられていた。紅と蒼の乱舞はぶつかり合っては場所を変え、各所を破壊しながら移動して回る。魔王城の屋根から始まった戦いは、天井を突き破って内部へと直進。かと思えば今度は壁を打ち壊し真横へ。屋内? だから何? とばかりにベルが竜巻を巻き起こせば、セラは自らの血を溶かした水で 刈取鮮血尾(リーパーブラッドテイル) を生成し、薙ぎ払う。かつて勇者が挑んだラストダンジョン、魔都の頂、魔王の根城――― そう世に謳われた不落城は、今にも倒壊する寸前である。このまま確実に今は亡き試練の塔の後を追ってしまうだろう。
―――ズゥン!
今も空中にてベルが放った踵落としがセラに炸裂し、真下へと叩き落される。腕の防御でしっかりと受け止めている為、ダメージはそれほどでもない。精々、高所から高速で落下した程度のものだ。余波で魔王の王座がぶった斬られているが、城全体の損害に比べれば些細な事である。
「 蒼風堅護壁(ディセクトブロック) 」
セラを落とした直後にベルの脚甲から蒼き風が吹き出し、5層からなる壁が下向きに形成される。壁は先刻使用した 蒼風反護壁(ディセクトカウンター) とはまた別物の障壁だ。あちらがゴムの如く柔よく剛を制すを体現したものとすれば、この 蒼風堅護壁(ディセクトブロック) は真逆を極め剛よく柔を断つ型だ。兎に角堅く、頑丈に。そして、当然のようにベルの『色調侵犯』による力も篭められている。
「落ちろ」
そんな鉄壁を誇る具現化した風が、ベルの号令と共に投下される。落下する壁の背後からは強烈な風が吹き出しており、普通に落下するよりも断然に速い。狙うは地面に激突したばかりのセラ。壁の面積は広い。このままでは5枚の 蒼風堅護壁(ディセクトブロック) と地面で挟み込まれ、セラは圧殺させられてしまう。 ……言うまでもないが、セラが黙ってこれを受け入れる筈もないのだが。
「 紅玉(ブラッドボール) ――― えっと、5個くらい?」
重なり合う壁の枚数は、セラの位置からでは数える事ができない。ましてや、 蒼風堅護壁(ディセクトブロック) の性質をセラは知らない。セラは勘を頼りに血の玉をキッカリ枚数分宙に浮かばせ、迫り来る壁に睨みを利かせた。
「しっ!」
翼を広げたセラが 紅玉(ブラッドボール) と一緒に飛ぶ。
「退きなさい!」
血操術によって操作された 紅玉(ブラッドボール) が、セラよりも先に壁にぶつかる。壁に接触した瞬間、血の玉は投じられたトマトのようにその身を弾かせ、べたりと蒼を紅に染めてしまった。同時に紅となった壁は制御権をセラへと移行され、セラを通すのに十分な大きさの穴を開ける。2枚目から5枚目の壁も同様だ。次々と投じられた 紅玉(ブラッドボール) が、セラの道を作り出していく。
ベルの色調侵犯は魔法的なもの、物理的なものであろうと、自在に強化または弱体化させる事ができる強力な固有スキルだ。それは対象をパレット上の絵具と見立て、白や黒で色合いを調整する行為にも似ている。ベルはこの力と自身の格闘術、そして緑魔法による風を組み合わせて独自の戦法を編み出した。接近戦は勿論の事、遠距離であろうと問答無用で力を振るえるであろう隙のない戦い方と言える。劣勢だったとはいえ、あのメルフィーナと真っ向から戦える辺り、ステータス面も尋常ではないだろう。
しかし、ベルの力にも全く弱点がない訳ではない。例えば時間だ。ベルの色調侵犯にはセラの血染のような即効性はなく、触れた傍からじわじわと効いていくタイプなのだ。力を篭めた風ではなく、直接ベルが触れるのであれば、その時間はかなり短縮される。条件次第では、継続して発動さえしてしまえば、ガウンの闘技場で血染を解除して見せたように、血染の命令を無視する事もできる。だが、この時のように一瞬のやり取りの勝負となれば、軍配はセラに上がってしまうのだ。
「退きなさいって」
「そっちが退いて」
抉じ開けられた壁の先にいたのは、セラに向かって高速接近するベルであった。脚甲から轟音を吹かす風を放出させながらの舌戦、というよりも口喧嘩。互いに直線上で向かい合い、このままでは激突は必至。だが、この2人に道を譲るなんて選択肢がある筈はなく、自分を曲げる筈もない。
「「なら、これでも喰らいなさいっ!」」
示し合わせたかの如く、セラとベルは攻撃に移る。上方のベルは勢いを乗せたライダーキックで、下方のセラは空中で回転を加えたバックハンドブローで。互いの色で覆った 魔人闘諍(ジンスクリミッジ) 同士が衝突し、今日何度目かの意地のぶつかり合いとなった。激しい風と衝撃を城に撒き散らしながら、空中にて2人はいがみ合う。
「くっ……!」
「邪魔!」
先に相手を押し込んだのはベルだった。上を取ったという位置的な優位にあり、拮抗して勝負がやや長引いたのもあるが、 魔人蒼闘諍(スクリミッジディビリテイト) に風を纏わせていたのが一番の勝因だろう。ケルヴィンがグスタフに対してそうしたように、得物を荒れ狂う風で覆ってしまえばセラの血は付着しない。風を介する事で色調侵犯を脚甲から直接叩き込めなくはなるも、長引けばそれだけセラの弱体化が進むのだ。今度の軍配はベルに上がり、セラは再び最下層へと墜落してしまった。
「……いったー! ちょっとだけすったじゃない! もう治ったけど!」
セラは頭から落ちるも、怪我は自然治癒で直ぐに治る程度のものだった。気分的に、既に血が止まっている元手傷をペロリと舐める。すると、ベルが戦闘によって開いた天井の大穴から降りてきた。
「父上に比べて血の操り方が単純なのよ、セラ・バアル。もう少し頭を使ったら?」
「あ、やっぱり? 私ももっと戦い方のバリエーションを増やせると思っていたのよ! 今度、父上にアドバイスを貰おうかしら」
「それまで貴女が生きていたら、そうしなさいな。 ―――ん?」
ベルが何かに気が付いたのか、セラの背後をジッと凝視する。釣られて、セラもチラリと背後を一瞥した。
先ほどまでは戦闘に集中していた気が付かなかったが、魔王城の最下層となるこの場所には半壊した屋敷が建っていた。地下にあるというのに、ケルヴィンの屋敷よりも大きく、広い。そして何よりもセラにとって、この場所は見覚えがあった。
「ここ、昔住んでいた私の屋敷? いえ、でも、微妙に違うような?」
「ハァ、まさかここに来ちゃうなんてね。運が良いんだか、悪いんだか……」
溜め息代わりなのか、ベルの脚甲から風が吹いた。
「ここは貴女が住んでいた屋敷『太陽の館』じゃないわ。私が住んでいた『月の館』の方よ。もう、半分消えてしまっているけれどね」
「……勇者が、ここに来たの?」
「ふん、私が素直に教えるとでも?」
「え? 屋敷の名前は教えてくれたじゃない。素直じゃないわね」
「……ッチ」
ばつが悪そうに、ベルは舌打ちをしながらふいっと視線を逸らした。
「ま、丁度良いわ。セラ・バアル、ここで決着を付けるとしましょう。絶対に無理でしょうけど、もし私を倒せたらさっきの質問に、いえ、私の知ってる事なら何だって答えてあげるわ」
「ふふん、分かりやすくて良いわね。乗ったわ!」
「代償となる条件も聞かずに、よく即決できるわね……」
「できるわよ。私には背負ってるものが沢山あるからね。そうなった私は強いわよ、たぶん!」
「……そ。なら、負けたら無様に死になさいよ」