軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第374話 グスタフ・バアル

―――試練の塔

床に突き刺さった紅き偃月刀。グスタフがこれを放った際は塔の下部に至るまで貫き、最悪は塔を破壊するまでの威力を秘めていると思われたが、意外にも床が崩壊する事はなかった。と言うよりも、床には傷1つ付いていない。

(大刀から、また液体に変化した?)

偃月刀は突き刺さる直前に元のグスタフの血液の状態に戻っていた。高速で飛ばされた大量の血液は盛大に床へと撒き散らされ、断罪の間の一部が真っ赤に染められる。

「避けるか。なるほど、それなりに力はあるらしい」

紅蓮の如く赤い顎鬚を撫でながら、グスタフが初めてケルヴィンに感心するような視線を向ける。しかし、当のケルヴィンはこの状況をあまり楽観視できなかった。仮にグスタフの血液がセラと同様の力を持っているとすれば、あの赤く染まった地面に触れるだけで自由が奪われてしまう。血操術があるのならば、血だまりは油断ならないトラップと化す。

(あの大刀を作るだけでも結構な血を使ってると思うんだが、全然疲れる様子もないか)

人間からすれば致死量の血も、元魔王からすれば 瘡蓋(かさぶた) を剥がした程度のもの。現にその手には再生成した偃月刀が握られ、禍々しい威圧感は少しも衰えていない。能力の使い過ぎによる出血死は期待しない方が賢明だろう。

「……うん、うん! お義父さんが本気なら、俺も本気でいかせてもらいます」

また一段階殺気が上がった。ケルヴィンの目論見通り、禁句を口にするとボルテージが上昇していくらしい。悪魔の瞳は赤く紅く燃え滾り、いつか見たセラの怒りを彷彿させる。それも未だ上限が見えず、その度にケルヴィンの口角はえぐい角度を描いていた。

「ですが、そうするには些か邪魔者がいますね。ご退場願いましょう」

飛翔(フライ) を使い宙に浮遊したケルヴィンが、倒れたセバスデルへと手を向ける。すると、寝転がるセバスデルの周囲の床に円形状の穴がぽかり。お嬢様に虐げれる幸せな(?)夢を見るセバスデルは、悲鳴を上げる事もせずに真っ逆さまに落ちていった。

「余計な事を」

「あんな阿保面が戦場にあっては、お互い集中できないでしょう? ご安心を。下にはビクトールがいますので、たぶん拾ってくれるでしょう。それに、その分の殺意は俺に向けてくれればよろしい。二兎追うものは何とやら、です」

「ほう、それが我が可愛い愛娘2人に毒牙をかけた者の台詞か」

「だから誤解ですって。さっきの執事といい、義父さんといい、娘愛が強すぎでは―――」

「問答無用っ!」

グスタフが偃月刀を振りかぶり、前へと踏み込んだ。奇しくもその姿は亡霊ゴーレム、カーディナルレイジの突進と非常に似ていた。が、力量で比較するならば、S級モンスターに相当するであろうカーディナルレイジでも相手にならない。全力を出した、或いは酒を飲んでしまった、そんな時のセラで漸く天秤に掛けられる化物なのだ。詰まり、グスタフ・バアルはケルヴィンを殺せる実力を保有している。

(怖いな、酔ったセラとかマジ怖い)

ケルヴィンがアルコールにやられたセラに殺されかけた事は過去に多々ある。今でこそ対処法を編み出し、例えその状態にしてしまったとしても大怪我で済むようになっているが、恐ろしい事には変わりない。そして今、そんなセラと似た気質を感じさせ、話の通じないグスタフが眼前へと迫っていた。

( 風神脚(ソニックアクセラレート) ・ Ⅱ(デュアル) ! 重風圧(エアプレッシャー) ・ Ⅲ(トリプル) !)

魔法は使用するランクが高いほど、発動するまでに時間が掛かる。術者の力量によってその時間は短縮できるが、魔力消費の上限を無制限にするケルヴィンの『魔力超過』を使えば、そのロスタイムは更に拡大してしまう。現段階において無詠唱の最短時間で使用できる、高レベルの魔法。肉薄するグスタフの一撃が振り下ろされる前に、ケルヴィンは平行して2つのそれを発動させた。

「―――っ! 洒落臭い!」

振るわれた紅の偃月刀が、ケルヴィンの目の前を通過する。

(危なっ!)

頭部を後ろに反らす事での紙一重の回避。 風神脚(ソニックアクセラレート) がなければ反応が追い付かずに即死だった。進化したビクトールの自由を奪った 重風圧(エアプレッシャー) ・ Ⅲ(トリプル) は確実にグスタフに負担をかけている。しかしグスタフは意に介さずに動き、その上でケルヴィンのスピードを上回っていた。

断罪の間全域に展開された 重風圧(エアプレッシャー) は石像を押し潰し、細片へと変えていく。更にそれらは大規模な粉塵を発生させ、部屋全体を覆い尽くした。互いの姿が視認できなくなった両者であるが、どちらも相手の位置を正確に把握している。グスタフはセラやベルの実父であるだけに、その察知スキルは折り紙付き。視覚を奪おうとも何ら問題なく攻撃してくるだろう。ケルヴィンの方はもっと簡単だ。察知スキルでも探せるが、それを使うまでもない。粉塵の中でも真っ赤にギラつくグスタフの瞳を追えば良いのだから。

「ぬうっ!」

グスタフの足が何かに沈んだ。沈んだ先はドロリと毒々しい色の咲く、 束縛の毒泥沼(コンタミネートバインド) ・ Ⅱ(デュアル) 。ケルヴィンは粉塵の目隠しに乗じて、自分とグスタフの直線上の床に罠を施していたのだ。強化された底なしの毒沼が、徐々にグスタフの巨体を飲み込まんとしている。

(傷口から毒が入り込めば重畳、って!?)

グスタフの紅き光を灯す瞳が、ぐんぐんと近付いている。それは詰まり、もう毒沼の拘束を突破しているという訳で。

「貴様の品格同様、戦い方まで狡賢いようだなっ!」

「全力でやると約束しましたからねっ!」

粉塵の中から飛び出したグスタフが怒声を上げるも、ケルヴィンとしては本気でやると宣言した以上、使える手の内は全部使う心算なのだ。同時に並列思考を最大に発揮させて、グスタフをコンマ秒で観察する。注目するはその手に持つ偃月刀の刃先。赤の刃にケルヴィンが設置した沼が僅かに付着していた。

(血の大刀を沼に溶かして、血染で固まるように命令したのか)

底なし沼は力任せにもがく程に沈み込み、獲物をより深く底へと捕らえるもの。ましてやケルヴィンの魔法は特別製だ。グスタフはその特性を理解してか、視界の見えない中での一瞬の判断で自らの血を使い、的確に突破してみせた。怒りに任せた猛突進親父かと思われたが、その真下で理性も十全に働かせている。

(これはもう、仲良くなるしかないっ!)

自称理智的な戦闘狂。セラの父親との(一方的な)共通点を見つけ、趣きを同じくする仲間ではないかと歓喜する。歓喜しながら愚聖剣クライヴを抜く。

―――ギギィン!

剣戟が響く。速さは偃月刀よりも小回りの利く長剣である分、ケルヴィンがやや優勢。だがパワーは圧倒的にグスタフに分がある。剣を交える毎に骨の芯にまで衝撃が轟き、恐怖心を煽られる。少しでも受け流しに失敗すれば大惨事を招く事となるだろう。バトルジャンキーでなければ泣いて逃げ出したくなる事態だ。

(血が固体から液体へ変わるのに注意、っと! うおっ、危なっ♪)

そう、普通は楽しむ場面ではないのだ。普通は。

クライヴの刃には風を纏わせ、グスタフの偃月刀には直接触れないようにしなくてはならない。間違って一滴でも触れてしまえば、クライブは反旗を翻すこと請け合いだ。或いは予期せぬ命令で自壊するかもしれない。

「■■■■■!」

邪なる聖剣を意識したのが起因だろうか。グスタフの口から呪詛塗れの言葉が飛び出した。