軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第371話 悪魔な執事

―――試練の塔

「なるほど、あくまで白を切りますか。私の口から言わせなければ気が済まないようですね、エロ男爵様」

「白を切るもベルには何もしてないぞ。あと、さりげなく貶すの止めてくんない?」

「ふむ、たまには肉体言語も悪くありません。ここはグスタフ様を見習うと致しましょう」

「聞いちゃいねぇ……」

どうも悪魔は子煩悩で過保護な傾向があるのか、セバスデルの発する気配にはもはや殺意しか感じられなくなっていた。ケルヴィンの呼び名も着実にランクダウンしている。

(何を言おうと耳を貸さない感じだな。恐らくは上の階で待っているだろうグスタフも同じだろうが…… いや、待てよ? 冤罪ではあるが、ここは認めてしまった方が全力で殺しにきてくれるんじゃないか? どうせやるなら、毒を食らわば皿までと言うし―――)

最高の戦いを望むケルヴィンにとって、それはそれは理想的な構図である。ただ懸念するとすれば、セラやアンジェにこの情報が誤解されたまま伝わった時の修羅場だろうか。それはそれで美味しいとも感じる戦馬鹿も、彼女達に嫌われるのは望まぬところなのだ。

「……まあ、ほんの少し(刃を)交える事もあったかもしれないけど。いや、なかったかな? どちらにせよ、襲ってきたのはベルの方だぞ」

並列思考による熟考の末、ケルヴィンは濁した上で認めるという保険を掛ける手に出た。それも、聞きようによっては誤解を招くように。

「……なるほど、言質は取らせて頂きました。これを漁色家様の遺言と致しましょう」

「だからそうじゃないと―――っ!」

言葉が途切れる。呼吸が止められ、口の中で血の味が滲み出る。気が付けばケルヴィンの腹部に、セバスデルの膝が深くめり込んでいた。

「ぐ、うっ!?」

「遺言と致しましょう。そう言った筈です」

砕かれる骨の音を鑑賞しながら、ケルヴィンが大きく後方へと飛ばされる。美しく咲き誇った薔薇の中へと叩き込まれ、花々を押し分けながらも緑魔法による風を逆風として噴射する。同時に逆の手で白魔法による腹部の治療を平行して実行。

(骨を砕かれるまで認識できなかったな。いつから膝蹴りを放たれていた? アンジェみたいに異常に素早い? いや、それにしては何か違和感がある)

着地して身構えるまでの短時間のうちに考えを纏める。否、纏めておかなければならない。でなければ、再び正体不明の攻撃の餌食となってしまうからだ。

―――ガガガガッ!

螺旋護風壁(ヒーリックスバリア) を無詠唱で展開した瞬間、セバスデルは既にケルヴィンの眼前にいた。セバスデルが放ち終えていた後ろ蹴りは、風の障壁がなければケルヴィンの顎を捉えていた事だろう。だが、今回は紙一重の差でケルヴィンが 螺旋護風壁(ヒーリックスバリア) を張る方が早かった。切り刻む暴風が革靴の踵部分と接して激しい金属音を奏でる。

(あの靴も普通じゃないな。バリアと拮抗して火花が散ってら)

セバスデルが履く革靴は一見ビジネスシューズのようだが、足裏に金属が施されているのが結界越しに視認する事ができる。アンジェの仕込みナイフ付きのブーツのように、攻撃の際には鋭利な武器として変形するようだ。

「良い風ですね。ですが―――」

結界を蹴るようにしてセバスデルが背後に下がる。が、それと同様にケルヴィンも前へと踏み出す。ピタリと距離を詰めるように、バリアで悪魔を押し潰さんとするように。スピードでは 風神脚(ソニックアクセラレート) 継続中のケルヴィンが優っているようで、間合いはぐんぐんと詰められていった。

「―――やはりどこか 邪(よこしま) です」

パチンと、セバスデルが指を鳴らした。度重なる違和感が、再びケルヴィンに纏わりついた。

「……なるほどな」

先ほどまで間近にまで接近していたセバスデルの姿が、随分と遠くにあった。明らかに位置がずれている。

(瞬間移動とはまた違う。薔薇が一面にあるから分かり辛かったが、移動したのは俺の方だ。とすれば―――)

バラバラになった情報のピースをはめ込み、推測を組み立てていく。初見である相手との戦いの醍醐味を堪能しながら、ケルヴィンは揺さぶりをかけようと口を開いた。

「お前の力、距離を操る類のものか。随分と便利な能力じゃないか」

「女狂い様に答える義務はありませんね」

「………」

次々と変えられる不名誉な二つ名に食傷気味になりながら、ベルの口が悪いのはこいつの影響があるんじゃないかとケルヴィンは疑ってしまっている。しかし 螺旋護風壁(ヒーリックスバリア) の開発者は確かに邪なので、その辺りだけは納得。次いでここでも愚聖剣を使ってやろうかと少し悩む。

「やれやれ、このままでは邪な風は破れないようです。初撃で臓物を吐いて逝って頂ければ有難かったのですが」

「無茶言うな。ってか、執事としてその言葉遣いはどうなんだよ? お嬢様が真似しちゃうぞ?」

「世の中にはそういった需要もあるのです。尤も、色気違い様にはベルお嬢様の罵倒さえも勿体ない。むしろご褒美と称すべきです」

グイッとセバスデルは力強く眼鏡を押し上げた。

(完全にお前の趣味趣向じゃねぇか……)

グスタフはこの執事を殺しておいた方が正解だったのかもしれない。しかし、すました顔で平然とこんな事を言いのけるセバスデルはある意味で危険人物であるが、果たしてこれを子煩悩なグスタフが見逃すであろうか? 明らかに教育には有害な人物、それも教養担当、しかも悪魔四天王筆頭だ。

(……グスタフもそっちの気質があったとかは、ないよね?)

ケルヴィンは少し心配になってきた。一先ず、セラが真っ直ぐに育ってくれた事に感謝する。

「ベルお嬢様になら兎も角、戯れ男様からそのような視線を浴びさせられても嬉しくありませんよ。さて、甘美なるベルお嬢様の話はここまでにしておきましょう。 ――― 魔人闘諍(ジンスクリミッジ) 」

黒き魔力がセバスデルの脚部に集中、ビクトールの時と同様に脚甲を作り上げていく。ケルヴィンは彼がベルの師であると聞いた際からある程度予測していた為、特に驚くような事はしない。むしろこの時を待っていたほどだった。そして―――

「 狂飆の脚鎧(ヴォーテクスフェムル) 」

生成した脚甲に、薔薇の花弁を乗せながら唸りを上げる鋭き風が施された。思わず、ケルヴィンは白い歯をこぼしてしまう。

「そう、そうだ。ベルの師なら緑魔法も使うよな。良い風じゃないか」

「あまり喜ばないで頂きたい。矛と化したこの脚であれば、その邪な結界など意味を成しません。案外、死は間近にまで迫っているのかもしれませんよ?」

「「………」」

数秒の沈黙。少しして、向かい合っていたセバスデルの姿が消えた。現れた先はケルヴィンの目と鼻の先。セバスデルの蹴りは 螺旋護風壁(ヒーリックスバリア) を引き裂こうとしており、既に破られているのと同じような状態だった。

「ああ、1つ言い忘れていたけどさ」

流れるような動作でセバスデルの凶脚に 手を置いた(・・・・・) 。ケルヴィンの手は火花を散らせるも、切刻まれない。逆に荒れ狂う嵐の中、ガッチリとセバスデルの脚を掴んだ。

「この手のやり取りには結構慣れているんだ。 螺旋護風壁(ヒーリックスバリア) くらい一息で薙ぎ払ってもらわないと困る」

ケルヴィンが腕に装備するは 悪食の篭手(スキルイーター) 。セラの 黒金の魔人(アロンダイト) ほど頑強ではないにしろ、素材となったのはあのビクトールの装甲だ。更にその篭手には巨竜をも覆う 狂飆の竜鎧(ヴォーテクスアーマー) が腕に集中して施されていた。