軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第372話 変貌

―――試練の塔

ケルヴィンの手力によって砕かれる黒き脚甲の一部。それにより拘束が解かれ、能力を使い離脱を計るセバスデルであったが、それからの戦いは圧倒的だった。

執拗に接近戦へと持ち込もうとするケルヴィンは、セバスデルがどこに移動しようともすかさずに位置を特定して迫り来る。拳を主体としたケルヴィンの格闘術はセラより伝授されたものだ。セラ本人と比較すれば圧倒的に不得手ではある。ステータスを鑑みても肉弾戦は不利だろう。が、それを補って余りある魔法による強化や、続けざまとなる手応えのある戦闘がアドレナリンを放出させ、セバスデルを凌駕する領域にまで到達していた。

「そこか」

「また……!」

幾度目かになるセバスデルの緊急転移。しかし、姿を晒した瞬間にケルヴィンは距離を半分まで詰めている。僅かな魔力の流れや気配に異様に鋭くなったケルヴィンは、今や一時的にセラやアンジェのそれに匹敵しているのかもしれない。逃れる術はなく、追って来るは恐怖のみだ。

セバスデルは戦闘によって生じた塔の瓦礫を荒れ狂う暴風に乗せ、攻撃を転移させながらケルヴィンへと放出させる。巨大な瓦礫が高速で迫り、それも軌道の途中でワープするような襲撃は脅威だろう。その上で攻撃を重ねるは、死角から放たれる転移したセバスデルの猛襲。翼を広げ空を飛び、フェイントをも入れている。常に間近へと転移する挟撃に晒されるケルヴィンは、流石に全てをいなす訳にはいかず何度かその身に攻撃を受けてしまう。

―――ギギギッ!

セバスデルの蹴りが皮一枚のところで宙に遮られ、弾かれる。当たりはする。当たりはするが、ダメージらしいものは与えられない。会心の一撃さえも、先ほどから結果は変わらない。

「良いなぁ、その攻撃! 瞬間移動を含めてもアンジェより遅く、一撃がセラより数段軽いってのが残念だけどなっ!」

ケルヴィンの腕を流れ行く風は今や血液の如く全身にまで巡り回り、矛であり盾でもある鉄壁の鎧と化していた。ケルヴィンの意思により局所から局所へと流動する防御力は 螺旋護風壁(ヒーリックスバリア) の比ではなく、セバスデルの黒脚では掠り傷の1つも負わせる事ができない。それ以上に問題なのは、現時点で当たりはするこの攻撃さえも段々とケルヴィンの反応が追い付き、防ぎ始められている事だろう。現にセバスデルの黒脚はその度に砕かれ、ボロボロの状態なのだ。

「―――捕まえた」

そして、その適応は思いの外早かった。転移後に放たれたセバスデルの回し蹴りが、正面の瓦礫を蹴散らしたケルヴィンにキャッチされ、掴まれる。自らが操る風とはまた別の豪風が纏わり付き、脚を掴まれ、そのまま地面へと叩き付けられた。それも顔面からである。セバスデルはその瞬間に気が付いたのだが、叩き付けられた塔の床はいつの間にか黒くコーティングされており、とても頑丈になっていた。

「が、ハッ……」

セバスデルの眼鏡は割れ、血反吐が口から垂れる。黒脚の魔力は叩き付けられた刹那に四散してしまい、すっかりと元の姿へと戻ってしまった。

「ふ、ふふ…… 馬鹿な、と叫びたいですね。変態様のどこにこれほどの力が、いえ、私が弱かったのでしょうか……?」

「弱くないよ。むしろ強かった。さっき戦ったビクトールくらいかな? 戦う順番が逆だったら、もう少し苦戦してたかもな。あと、俺は変態じゃないから」

倒れ伏したセバスデルの場所へと歩むケルヴィンが、保管より取り出した愚聖剣クライヴを鞘から抜く。愚聖剣の刀身にはケルヴィンの腕から魔力が巡り移り、次の瞬間には鳴動する暴風を纏っていた。

「殺しはしないが、止めは刺させてもらう」

「……言ってる意味が分かりません」

「まあ、アレだ。グスタフと戦ってる時に乱入されても困るし。ああ、いや、それはそれで――― ん?」

僅かな躊躇が生まれそうになったその時、ケルヴィンの冴え切った察知能力は塔の外側より急接近する何者かを捉えた。

―――ズガァーン!

間髪入れずに壁を破壊して径庭の間へ飛び込む侵入者。どうやらセバスデルも予想外だったようで、何が起こったのかと呆気に取られている。

「ったく、無茶な戦い方をするわね」

「……ベルお嬢様」

「あら、セバス? ああ、そう。ここ、試練の塔なのね。道理で外見より無駄に広いと思った」

塔への侵入者の正体はベル・バアルであった。かなり前からセラとの戦闘を開始していたようで、脚部には蒼き禍々しい鎧が、そしてその形に適応するように純白の脚甲が備わっている。

「ちょっと、何で無様に倒れているのよ? 仮にもセバスは私の執事。実力があったからパ――― 父上に無理を言ってあげたのに、貴方は私の厚意を無碍にするのかしら? 不格好過ぎて笑えてくるわ」

「も、申し訳ありません……」

ベルの鋭い眼光と非難の言葉を浴びせられながら、セバスデルはどうにか立ち上がろうとしている。しかし、その様子を見守っていたケルヴィンは気付いてしまった。セバスデルの頬が僅かに赤らみ、興奮している事に。

(……変態だ)

世の中にはそういった需要もあるのである。

「で、ある程度予想はしていたけど、貴方はやっぱり試練の塔を登っていたのね。ケルヴィン――― 今はケルヴィン・セルシウスだったかしら?」

「ガウンでは世話になったな。わざわざ壁を突き破って来るとは思わなかったが、まさか次はお前が相手してくれるのか?」

「させ、ませんよ」

何とか四つん這いにまで復帰したセバスデルが、気力を振り絞りながら猛る。だが、ベルは彼の背に蒼脚を振り下ろし、再び漆黒の地面へと叩き落した。

「ガ、ハッ……」

「セバス、敗者は少し黙っていなさい。私も時間がないの」

殺伐とした雰囲気の中、様子を見守っていたケルヴィンは気付いてしまった。痛烈な痛みを受けながらも、足蹴にされるセバスデルが嬉々としている事に。

(……真正の変態だ)

世の中にはそういった需要もあるのである。たぶん。

「さて、残念だけど貴方の相手をしている暇はないわ。私がここに飛ばされた代わりに、セラ・バアルにも風の結界を叩き込んであげたから時間稼ぎにはなっているでしょうけど、それももう限界。早く戦線復帰しないとね。貴方は父上とよろしくやっておいて」

「ああ、元からそのつもりだ。 ……今更だが、やっぱりセラの妹だったんだな。ええと、いつもセラには良くして頂いて―――」

「死ね」

「何で!?」

ケルヴィンはベルの罵声とセバスデルの羨ましそうな視線を一身に浴びていた。

「ッチ、まあいいわ。そうね、代わりと言っては何だけど、置き土産を残そうかしら」

「置き土産?」

「ええ、きっと気に入ってもらえると思うわ」

そう言いながら、ベルは足元で寝そべるセバスデルにかける足の力を強めていった。脚甲の先端がセバスデルの体へ徐々に突き刺さっていく。

「お、お嬢様っ……!? ぐ、が、が―――」

「私の『色調侵犯』でセバスの力を一時的にだけど、最大限に発揮できるようにしてあげる。あと喜ぶな。キモい。痛覚を薄めるわよ?」

「ぐぎぎ、がが……」

目を覆いたくなるような光景、もしくはそういったプレイが始まってしまった。ケルヴィンは目の前で起こる公開処刑にも似た残虐極まる行為を止めるべきか迷う。

(……でもアレ、真正の変態さんだしなぁ。痛覚は薄めなくていいです、とか思ってそうだしなぁ)

熟考の末、止めるのは止めておいた。何よりこの後の変化が楽しみなのである。そうこうしているうちに、ベルは脚甲をセバスデルから取り出した。べたりと鮮血で染まった脚を振り払うと、血は全て床に飛び散る。

「か、はっ!」

「はい、終わり。それじゃあ、私はもう行くわ。楽しみなさい、ケルヴィン・セルシウス。言っておくけど、父上の強さは これ(セバス) 以上だからね?」

蒼き脚甲の隙間から風を噴出させて、ベルは破壊した塔の壁穴から飛び立つ。 ―――変貌した1人の悪魔を残して。