作品タイトル不明
第364話 悪魔四天王ラインハルト
―――グレルバレルカ帝国
魔都グレルバレルカより距離を置くはエフィル班。支援役として爆撃と狙撃を担当するエフィル、ムドファラク。遊撃隊としてその近辺の亡霊ゴーレムを排除するリオンとアレックスが所属するグループである。戦場からは最も遠く、特にエフィルとムドは比較的安全な丘の上に布陣している。のだが、ゴーレムとは別にこの場所へ急接近しようとする者がいた。
逸早く察知した遊撃隊のリオンと彼女の影に潜むアレックスは、丘への浸入を阻止する為に道すがらゴーレムを駆逐しながら駆け付ける。
「こんばんはー。ここから先には行かないでほしいな」
「………」
起動停止したカーディナルレイジから剣を抜き取ったリオンが、顔見知りの隣人に話し掛けるように笑顔を振りまく。声を掛けられるは大蛇の悪魔であった。足はないが腕がその長い胴に付いており、スケッチブックサイズの本を持っていた。蛇は無言のまま、時たま舌をチロチロと出しながら、リオンを観察するように眺めている。
「えーっと、蛇さんでいいのかな?」
「……蛇さんではない。我は偉大なるグスタフ様に仕える悪魔四天王が1人、ラインハルト」
「僕はリオン。よろしくね!」
「ふん。娘よ、 何故(なにゆえ) に我らが領土の兵を滅す?」
「 何故(なぜ) って言われても、襲って来たからとしか答えられないかな」
困ったように苦笑いを浮かべながるリオン。ラインハルトは蛇目をギョロリと動かして凝視する。
「それは貴様らが領土へ侵入したが故の―――」
「ところでハルちゃん! もしかしてハルちゃんって、ドクトリア王国の元王様だったりするのかな?」
「ハ、ハルちゃん……!?」
にこやかに歓談を続けるリオンに、ハルちゃんは目に見えて動揺した。ギョロリと眼玉を頻りに動かして、手に持つ本を落としそうになるほどに。
「今の王様、ガリア・クドっていう牛さんに聞いたんだ。ドクトリア王国の初代国王は元悪魔四天王、クドちゃんの上司でもあったラインハルトって悪魔だったって。ハルちゃん名前が同じで肩書も悪魔四天王だし、そうじゃないのかなって。あ、セラねえの絵も見せて貰ったよ! とっても上手だったな~」
「……なんや、お前さんガリアの知り合いかいな」
威厳のある言葉遣いはどこにやら、ラインハルトは不意に方言を含む喋り方をし出した。しかもどこかエセっぽい。
「うん! えっと、それが本当のハルちゃんの話し方なのかな?」
「せや、ここ最近は王様もどきをやっててな。つい癖で未だにつこうてしまう。まあこの辺はガリアの奴に聞いとるんやろ? 君ぃゆう通り、わいがドクトリア王国初代国王、ラインハルトや。悪魔四天王の美術担当とも呼ばれとった。よろしゅうなぁ」
「うん、よろしくね~」
「ハハッ! なんやお前さん、悪魔を惹き付ける良いもんもっとんな~。何ちゅうか、親しみやすい? 罪な女やさかい」
「そう? あはは、ありがとう。ところでハルちゃん」
「なんや?」
「そろそろ毒を出すの、止めてほしいんだけど」
変わらぬ口調、変わらぬ笑顔で話すリオンが、ゴーレムを貫いた黒剣アクラマを振るう。オイルのような何かが付いていたのか、ぴしゃりと黒っぽい液体が地面に払われた。
「……気付いとったんか。わいの毒は無色無臭の筈なんやけどな。可愛い顔して、ほんま恐ろしいやっちゃなあ」
リオンの指摘に驚いたのか、それとも感心か。ラインハルト再び蛇目をギョロリと動かす。彼はこの場所に辿り着いてからずっと、体を覆う鱗の隙間から猛毒の気体を出していた。臭いを感じさせず、徐々に体を蝕むその毒は対象が鯨だろうと確実に全身麻痺を起こさせる代物だ。気付かれるとは考えていなかったラインハルトは気さくな口調で会話を続け、リオンが倒れるのを待っていたのだ。
「隠そうとしたって、ここまで近付いちゃえば流石に分るよー。あと僕は毒とか病気は効かない体質でさ、いくら待っても毒の効果は表れないよ?」
固有スキル『絶対浄化』によって祓われた毒気は、リオンの視覚からは特殊なエフェクトとして表示される。周囲から猛毒が迫ればリオンがそれに気付かない筈もなく、ラインハルトの奇襲は露呈されてしまっていた。仮に何らかの手段で絶対浄化をすり抜けリオンが毒を吸ったとしても、リオンにはS級の『剛健』スキルがある為に意味を成さず、お喋りはお喋りのまま終わっていた事だろう。要は種族として毒を極めた『 悪魔の邪毒蛇(ヴェノムイーヴルデーモン) 』たるラインハルトにとって、リオンは天敵中の天敵なのである。
「っかぁー、毒が効かないってどうゆうこっちゃ! そんなん卑怯やん!」
「毒で騙し討ちしようとしたハルちゃんには言われたくないなぁ」
「って、まだハルちゃん呼び続けるんかい。まあ、ええけど。お前さん、セラの姫さんの事も知っとるようやし、無傷で捕らえたかったんやけどな…… しゃーない」
ラインハルトは手に持つ本に視線を向ける。
「それでも手段はある。って顔をしているね、ハルちゃん。僕としてはセラねえの知り合いとは戦いたくないんだけど……」
「うちの兵をここまで破壊しておいて、それは許されんやろ。まあ見て驚きや、わいの固有スキ、ル? んん?」
ズシリと自身の右手に重みを感じ取ったラインハルトは何事かと言葉を区切った。しかし確認するよりも早くに加重は凄まじい勢いで増していき、遂には右手が地面に着いてしまった。
(なんや、急に右手が重く――― ちゃう、わいの右手やない! わいの画帳が引っ張られているんや、この影に!)
ラインハルトが右手に持っていた本には影の手が纏わり付いていた。影の中に奪い取ろうとでもするかのように、強大な力で地面に本を沈めようとしていたのだ。やがてそれは比喩ではなく、本当に地面の影の中へと本は沈んでいく。影の手は長々と伸びており、その先を辿ればリオンの影と繋がっていた。
「ケルにいだったらハルちゃんの手札を見るかもだけど、僕はまだまだ未熟だからね。潰せるうちに潰させてもらうよ」
―――ドプン。
「なあっ……!?」
本は完全に影の沼へと沈んでしまう。いくら地面を掘ろうとも既にその中は普通の土。それどころか影の手は3本に増えてラインハルトの体に侵食し、ギリギリと締め付けを行う。
「へ、蛇のわいを締め付けるんかい。なかなか、洒落が利い、て…… あ、あかんマジ痛いっ! ギブギブ!」
「話し合いで解決するなら、そっちが良かったんだけどね。ハルちゃんが騙し討ちなんてするから僕もついつい先んじちゃったよ。苦しいのは一瞬の方が良いもんね?」
別の場所から現れた影の手が、紫色の刃を持つ美しい長剣をリオンに受け渡す。劇剣リーサル。リオンは剣を握ると、一瞬でラインハルトの眼前へと移動した。
「ちょ、ちょっ! ほんまにギブやて! 降参や!」
「ハルちゃん、白旗上げるなら体から毒出すのを止めないと。僕が近付いてから、さっきよりも放出する量が増えてる気がするよ? アレックスも嫌がって影から出てこないし」
「あ、ああ! 忘れとった、止めるの忘れとった! 混乱して狼狽したばかりにわいもおっちょこちょいや―――」
一閃。リオンが繰り出した剣尖は正確にラインハルトの鱗の隙間を5度刺し、五感の全てを奪い去る。言葉を発する事もままならなくなったラインハルトはその場で倒れ伏し、チロチロと舌を動かすばかりの存在となってしまった。
「油断させる。希望を持たす。裏をかく――― 獣王様、よく色々と考え付くよね」
クゥーン、そんな鳴き声が影の中から聞こえた。