作品タイトル不明
第363話 形態解放
―――グレルバレルカ帝国
巨人族とは巨大な亜人モンスターだ。巨大といっても個体によって差異はあり、一般的にどんなに小さな者でも2メートルを軽く超えるサイズを誇る。巨体である事はそれだけで脅威に繋がり、冒険者にとってもそれは同様。多くがB級モンスターに指定されており、ちょっとした力自慢を語る程度の冒険者では、どんなに徒党を組もうと敵わない相手なのだ。
ここからは世間では公にされていない情報になるが、巨人族の中で最も高位の者はある固有スキルを持つ事が軍国トライセンにて確認されている。その能力は『 形態解放(トランス) 』と呼ばれ、それまで負っていた外傷が全回復し、一時的に自身の存在を更に上位へと押し上げる。所謂疑似的な進化とも捉えられる力は、一度使用してしまうと数日のうちは使えなくなってしまい、また身体への負荷が大きい。
(―――その分、 形態解放(トランス) 時は身体能力が著しく向上。更には新たに別の力を付与される事もある。 ……だったかな。医者のおじさん、悪魔なのに巨人の血も入っているのかしら? まあいっか。どちらにしろ、 形態解放(トランス) 移行時には僅かに隙ができる事が 巨人の王(ギガントロード) を調査した時に分かってるもの。この隙を逃すのは愚行よね)
シュトラが小指の糸を軽くひくと、両脇のガード達が一斉にガトリング砲を構え出した。
『ターゲットはおじさんの3つの目。一斉掃射!』
最初の砲撃の際、突貫してきたベガルゼルドが顔面を腕で防御していたのをシュトラは見逃していなかった。変身の時は攻撃してはならない、なんてお約束をシュトラが知る筈もなく、容赦なくベガルゼルドの眼球を狙って連射されるガトリング砲。硬直したベガルゼルドは魔弾の射線上を塞ぐ動作をする様子もなく、放たれた攻撃をその身で受ける事となる。
―――ガガガガガガガッ!
いくらベガルゼルドが鋼鉄の肌を誇ろうとも、生物の眼球は脳が外部にむき出しになっているようなもので一様に脆い。残り19機のガード達は正確にターゲットを射貫き、明白なダメージを与えていた。
「この際、機動力も奪っておきますか」
隙を突いたのはコレットも同様だ。迅速に走り出していたミスティッククーガーはすれ違い様に悪魔の足の腱を噛み千切り、再び距離を取ろうとする。
「―――いいねぇ、その強さ。いいねぇ、その容赦のなさ。実に悪魔らしい。お嬢と仲良くなれる筈だぜ!」
束の間、ベガルゼルドから放たれていた光が収束していく。見た目としては特に変わったところは見当たらない。仄かに手が輝いているくらいだろうか。シュトラがタイミングを見計らって変身後にダメージを負わせた為か、三つ目と足の腱の損傷も回復していないようだ。
「だがな、俺様はこれでもお医者様だぜ? 形態解放(トランス) した今なら、こんな事もできる」
幾重にも張った拘束を力ずくで打ち破り、右腕を目元に、左腕を足元に当てたベガルゼルド。包み込むような柔らかな白き光が手の平から漏れ出したかと思えば、次の瞬間には致命傷を与えた筈の傷口が完治してしまっていた。輝きを取り戻した三つの目は潰されたのが嘘だったかのように、怪しく発光している。
続いてベガルゼルドはシュトラの拘束糸に手を当てる。先ほどとは別系統の光は糸を次々と溶かしていき、束縛が解除されてしまう。メルフィーナが扱う白魔法にも似たそれ。シュトラは迂闊に前に出る事はせず、けん制代わりの魔弾を放つに攻撃を留めながら目の前で起こっている現象を分析していた。
「俺様は魔法なんて使えないんだけどよ。この状態なら白魔法の真似事ができんだよ。俺の医術だけじゃ手に負えねぇ重症患者を相手にすん時に使ったりしてな。魔力でできた拘束もこの通り解除できる。セラのお嬢をよく知るお前らなら、呪拳士が裏返ったもんと説明すりゃ分かりやすいか?」
「まあ、そうね」
鉄壁の防御力を備え、急所に与えたダメージもすぐさまに回復させてしまう。仲間内で似たような荒技を使う竜を知るシュトラであるが、だからこそその厄介さを熟知していた。こうなってしまえばダメージの積もる長期戦は不利。意識ごと四散させる一撃をもって終わらせるか、回復をさせない状況を作り上げるしかない。
「それとよ、そこの聖職者。シュトラと同じタイミングで俺の変身後を狙う策は良かったが、迂闊に近づいたのは失策だったな。足、貰ったぜ?」
「―――っ!」
ベガルゼルドが握っていた大きな手を開くと、そこには石像の欠片、エンシェントクーガーの足があった。エンシェントクーガーが足の腱を噛み千切ると同時に、ベガルゼルドも足を砕いていたのだ。
「反応が鈍いじゃねぇか! 返すぜっ!」
オーバースローで投じられる豪速球。巨体さと長い腕が相まって普通ではあり得ない高所から放たれた石の欠片は、コレット目掛けて一直線に宙を走る。
「くっ!」
避けられない。凶弾を目前にしたコレットは全霊で召喚術を行使する。召喚するは天使の石像、エンジェスタチュー。自身の盾とするように、眼前への召喚だ。エンジェスタチューには予め丁寧に結界を施しており、窮地に立たされた際に召喚するよう常々コレットは心掛けていた。日頃の意識付けの賜物か、無意識にも近い形での自己防衛だったのだ。
エンジェスタチューに纏わせた3枚の障壁のうち、凶弾の直撃を受けた1枚目は完全に破損、2枚目も突き破られ、3枚目にして亀裂を走らせながらも漸く止めるに至る。咄嗟の出来事であったが、コレットはこの間に並々ならぬ冷たい汗を背に感じていた。
「おお、やるなっ!」
その声は間近で聞こえた。エンジェスタチューの前に現れたベガルゼルド。巨人の悪魔は水平に手刀打ちを繰り出し、残った障壁ごと石像天使の首を吹き飛ばす。運の悪かったガードの1機は飛ばされた首を腹部に食らい、そのまま胴体を粉砕されてしまった。
「だがよ、お前は終いだな」
間髪入れず、手刀を放った逆側の2本の腕がコレットに迫る。
『シュトラちゃん!』
『うん、分かってる!』
これを黙って見過ごすシュトラではない。残るガードは18機。その全てが全力でベガルゼルドに突貫し、ガトリング砲を放ちながらランスで刺突する。更には騎士鎧の隙間から糸を排出。糸の津波となったそれらは標的の無力化を計っていた。
「だから無駄だってぇの!」
振るわれる拳に宿る光が、糸の津波を掻き消していく。どう見ても拘束効果は望めず、ガードらの攻撃もほんの僅かな時間稼ぎにしかならない。だが、時間稼ぎにはなったのだ。
「行きなさいっ!」
コレットがミスティッククーガーから飛び降りると、石の獅子は果敢にもベガルゼルドに飛び掛かった。周囲を囲むガードの陰になっていたのもあり、最強の矛を纏った王者の牙は深くベガルゼルドの頭部に突き刺さった。
「……ハハッ!」
頭部に牙を残し、巨大な手に掴まれたミスティッククーガーが砕かれる。まだ、ベガルゼルドを止めるには至らない。高揚し切った彼の意識は、紅き月の光が影で閉ざされた事に気が付いた。
「あ?」
「ダメ押し、失礼するわ!」
月光を背に飛翔するはシュトラの乗るゲオルギウス。熊さんというには大き過ぎる彼(?)が放つは組んだ両手を脳天にぶつけるダブルスレッジハンマー。正確には爪しかない為合掌した形での攻撃になるが、その両腕には獅子の牙と同じく 聖堂神域(タバーナクル) が施されていた。
(うぷ、流石に2回は…… いえ、まだダメ押しはこれから……!)
最後の魔力を振り絞り、コレットは召喚術を行使する。狙うはベガルゼルドの上空、ゲオルギウスと同時に攻撃を狙える位置だ。
『任せましたよ、クリフ団長……』
『お任せをっ!』
魔法陣より出でるは聖騎士の鎧を纏ったクリフ・ストロガフ。デラミスが誇る神聖騎士団団長の剣の一撃と、シュトラの最大火力ゲオルギウスの一撃。それぞれが重なり合い、牙の突き刺さったベガルゼルドの脳天へと叩き込まれた。
「「……ッ!」」
「効いた、効いたぜ…… あと少しでもレベルが高けりゃ、俺様の負けだったかもな」
巻き戻すかのように傷口が治療されていく。それどころか、落下していたクリフとゲオルギウスはベガルゼルドの腕に掴まってしまった。
「不覚……!」
「ふう、ここまで頑丈なのは想定外だったわね……」
「おう、自分でも吃驚だ。ま、これで万策尽きただろ? 後は大人しく眠ってくれや」
「……うーん、ない事もない、のかな? これやっちゃうと、負けを認めるようなものなんだけれど……」
「あん?」
スゥ…… と息を大きく吸い込むシュトラ。
「―――メルお姉ちゃん、助けてー!」
予想外の叫びにベガルゼルドは目が点になってしまう。ふと気が付けばシートの上でお弁当を食していたメルフィーナが、槍を携えてすぐそこに立っていた。
「はいはい、魔王級の格上相手によくやりましたね。花丸をあげちゃいます」
「何かと思えば今度はそっちの姉ちゃんかうごあっ!?」
悪魔四天王でも反応できぬ速度で脳天に叩き込まれる聖槍の柄。ビダンと冗談のように地に叩き伏せられたベガルゼルドの手と目からは光が消え、代わりに白目をむいていたという。