作品タイトル不明
第358話 意地でも護る
―――魔都グレルバレルカ・魔王城
ベルは迎撃の為に右足を勢い良く振り上げ、左足で深く地を踏みしめる。しかし彼女の足裏は力を篭める先である筈の地面、この場合は魔王城の屋根となるのだが、正確にはそこに触れていなかった。クロトらの位置からでは把握できないほどではあるが、ベルの体は屋根から微妙に浮かんでいたのだ。変貌した脚甲が風を巻き起こし、彼女を宙に停滞させている。
「ゴアァ!」
鼓膜を破らんばかりに叫びを上げるボガと、同一の姿を模したクロトが降下。ベルは襲い掛かる2対の巨体に躊躇する素振りも見せず、ただただ面倒そうに蹴り上げを行う。両者の攻撃が交わる瞬間、爆発音にも似た轟音が周囲に響き渡った。
蒼き風を纏わせたベルの蹴りに対し、ボガは噛み付きで応酬。上下から襲い掛かる巨大な万力は小柄なベルでなくとも、人間の体を丸ごと粉砕してしまう代物だ。ベルは弾く事に特化させた右足の風を咀嚼される直前に爆発させ、ボガの大口を再び開口させる事に成功させる。させはしたが、脅威はこれで終わりではない。次いで来るは金属化を竜の腕に施したクロトの拳。蹴りを放った後、無防備となったベルの真横から迫るそれも同等の破壊力を孕んでいた。地上の亡霊ゴーレムであれば、たとえ防御を固めた状態であっても一撃で仕留められるレベルである。
「 粛清通貫(ピアシングハッシュ) 」
だが、ベルは既に迎撃を終えていた。禍々しく変形させた脚部の鎧はボガに蹴り上げを放つと同時に、クロトの攻撃に対しても風の槍を放っていたのだ。同時に放たれた3発の大槍は、金属化する事で大きく防御力を向上させたクロトの拳をいとも簡単に貫いた。核を攻撃されない限り物理的な攻撃によるダメージは殆どないクロトであるが、これにより振るった拳の勢いは完全に殺されてしまった。
―――ガガガガガガガガガッ!
戦いは時間にして数秒、しかしその刹那の間には迎撃音が連なるような膨大な数の攻防が繰り広げられていた。体から芽生えさせたクロトの無数の鞭が、ジェラールの剣筋と同等までに重いボガの重撃が、幾十幾百となって放たれる。地に足をつける事なくベルは片足で宙に立ち、蹴りの連撃にてその全てを捌き、弾き、対抗。魔王城へ掠り傷1つ通す事を許さない。
「ッチぃ!」
しかし、流石のベルもクロトとボガの凶悪な攻撃を受けていては表情を歪め始める。生物として、種族として最高峰にいるであろう2体のモンスターを相手に、背後の魔王城を防衛しながらの戦闘。それもベルはクロトらの攻撃を受けながらも城へ衝撃が伝わらないよう細心の注意を払い、風を操り簡易的な結界をも張り直していたのだ。神の使徒といえども、状況は圧倒的に不利である。彼女が崩れ始めるか、城に影響が出始めるかは時間の問題のように思われた。
「ぶっ飛べ」
「「―――!?」」
反撃は突然の事だった。それまで護りの一手であったベルが、恐ろしく速く右足を突き出したのだ。その瞬間にボガらに降りかかったのは、彼らの巨体をも押し出すほどの強風だった。風のエクスプレスはクロトとボガを乗せ、そのまま上空彼方へと舞い上がっていく。
「余計な体力を使わせないでよね。こちとら寝起きなんだから。ふぁ…… 低血圧にはなかなか辛いわね」
「グゥゥゥーーー……!」
ボガは巨大な翼を広げてついこの前に先代火竜王がやったように、粗削りながらも炎を灯してアフターバーナーを再現する。その様はフラフラと飛行する制御不能となった戦闘機のようで、まだ自身の力に慣れていない印象だ。コントロールに苦労しながらも、ややあってボガは強風から抜け出した。
対してクロトはボガ同様の翼を模しているものの、それだけでは外見を似せているだけで飛行能力を持たない。だが、その翼をケルヴィンの騎士型ゴーレムにも搭載している『風牢石』に金属化スキルで変化させる事で、疑似的にその力を会得。吹き飛ばされながらも体勢を立て直し、上空にて停止。
2体の竜は魔王城を睨み付け、大きく口を開き出した。そして集束する魔力、燃え盛る紅蓮。空に浮かぶ特大の 息吹(ブレス) は月と太陽の煌めきを放っているようだ。
「―――そこまでよ!」
今にも降り注ごうとしていた 息吹(ブレス) を制止する大声。よく聞き慣れたその突然の声に、クロトとボガは思わず 息吹(ブレス) を飲み込んでしまう。
「……セラ・バアル」
「やっと会えたわね! 急いだ甲斐があったわ、うん!」
ベルの眼前に現れたのはセラだった。隠す必要はないとばかりに悪魔の翼や角を顕現させ、その手には糸の切れた人形のようにこと切れたゴーレムの姿。途中で撃退したまま忘れてしまっていたのか、ズルズルと引きずりながら 魔王城最高部(ここ) まで駆け付けたようだ。
「ボガ、アンタ進化してからまだその体に慣れていないでしょ? 炎も上手く扱えていないみたいだし、一先ず今は退きなさい」
「ゴァ……」
「特に理由はないけどクロトもね!」
ボガとクロトは困ったように顔を見合わせる。「どうする?」「どうしよう?」といった沈黙が続くも、セラに反抗する気は微塵もないので、そのまま素直に様子を見守る事で意見を合致させた。
「恩でも売ったつもりかしら。まとめて相手しても私は構わないのよ?」
「別にそんな下心はないし、数で戦おうなんて思ってないわよ。クロト達はあくまで貴女を炙り出す為に城を攻撃させただけだしね」
「呆れた。そんな事の為に人の家を攻撃したの? その手に持ってるゴーレムを破壊しながら? 悪魔の私が言うのも何だけど、非常識にもほどがあるんじゃない?」
「非常識っていうけどね、ここは私の家でもあるのよ。帰宅しようとしたら不審者に襲われた。だから迎え撃った。どう、見事な正当防衛じゃない? ふふん!」
「……セラ・バアル。貴女、幸せな思考回路だとよく言われない?」
「前向きとはよく言われるわね!」
それこそが私の矜持! セラは胸を張りドヤ顔で言い切った。ベルの視線は妬みを含み、ある一点に集中していたりするのだが、セラは全く気が付いていない。こんな時ばかり鈍感なのは一種の煽りの才能なのだろうか。
「ベル! 貴女に聞きたい事は積もり積もって色々あるけれど、まずやらなくちゃならない事があるわ!」
「……何よ?」
ビシッと人差し指をベルへ向けるセラ。同時に手に持っていたゴーレムは首根っこを離されてガチャリと屋根の上に沈む。真っ赤なツリ目とツリ目の視線がぶつかり合うと、セラの両腕は自然と 魔人紅闘諍(ブラッドスクリミッジ) で装飾されていった。
「獣王祭、中途半端に終わって物足りなかったでしょ? まずはその続きよ。話をするのは決着を付けてから!」
「脳筋の発想ね。あのまま試合を続けていたら、私の勝利は間違いなかったっていうのに」
「あら、奇遇ね。私も全く同じ事を考えていたわ!」
「ふぅん……」
朗らかに微笑むセラとは対照的に、興味を示さないベルの声色は冷たいままだ。しかし、彼女の代わりに足元にて荒れ狂う蒼き風が雄弁に語っていた。 ―――勝つのは自分であると。
「熱血を押し付けるのは止めてほしいものだわ」
「その割にはやる気十分のようだけど?」
「「………」」
―――メキッ。
倒れ伏していたゴーレムの装甲が、辺りを支配する2人の重圧によって悲鳴を上げ始めた。その様子に上空のクロトとボガが再び顔を見合わせる。もう少し離れようか、と。
「神の使徒第6柱『断罪者』、ベル・バアルよ。貴女に敗北の判定を下してあげる」
「ケルヴィン一行『女帝』、セラ・バアル。今度は途中退場なんて許さないからね!」