軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第351話 逃避先にて

―――トラージ城・ツバキの執務室

シルヴィア達が旅立った後のトラージは平常通りの日常に戻り、平和そのものであった。トラージの民達は農耕や漁に勤しみ、今日という日を懸命に生き、汗を流している。勤勉な国民柄は先祖の血の遺伝だろうか。ある者は家族の為に、ある者は大志を胸に秘めて、変わらぬ日々の中で誰もが平和を謳歌する。国としての理想は数あれど、トラージはまさしくその1つに近しい大国であると主張する学者も多い。

「うー、暇じゃのう……」

執務室にて座椅子にもたれながら、天を仰ぐように無気力な欠伸をこぼすツバキ。シルヴィアらに暫くかまけていたせいで溜まってしまった書類の山が目の前に並んでいるのだが、彼女はあっけらかんとした表情を貫いていた。トラージの正統なる継承者であり、先祖の血を最も濃く受け継いでいる筈の姫王。このような佇まいはもちろん民達の前では決して見せないものであるが、同時に彼女の本質でもある。勤勉である事を良しとする。されどそれ以上に楽しみたい。そんな彼女が王であるからこそ、トラージには年がら年中祭りが催され、国の至る所にレジャー施設があったりする。王と民、楽と学。この国が絶妙なバランスで成り立っているからこそ、トラージの人々は笑顔でいられるのだ。

「ツバキ様」

天井裏より姫王を呼ぶ低い声。欠伸の途中だった事もあり、真上を向いていたツバキは直ぐに声の存在を認識した。

「何じゃ、カゲヌイか。のうのう、明日から政務を頑張るのと、今日頑張って明日から3日休むのではどちらが良いかの?」

「今日も明日も精進するのが得策かと。何分、シルヴィア殿との遊興で 政(まつりごと) が滞っておりましたから」

「お主は有能じゃが、どうも真面目が過ぎて在り来たりな受け答えしかできんのう。減給、と……」

懐から手帖を取り出し、サラサラと流暢な墨字を記していくツバキ。それが見えているのか、天井裏からは溜め息交じりに声が漏れる。

「談話の延長で給金を減らさないで頂きたい」

「冗談じゃて。して、どうした?」

「城の転移門使用許可の申請が来ておりまする。申請者はケルヴィン殿で―――」

「―――それを早く言わぬかっ! 妾が直々に出迎えるとしよう!」

急に覇気が戻ったツバキは、座椅子から立ち上がって足早に執務室を出ようとする。その様は炬燵から出ようとしない猫が、餌の時間となった途端にまっしぐらに駆け出すかのようだ。

「お待ちを、1つ定かでない事柄がありまする」

「何じゃ?」

「ケルヴィン殿側が使用する転移門の位置情報が不明との事。シルヴィア殿の話を聞いた限りでは、また彼も深き地底にいるのは必至。安易に門を繋げるのは危険かと」

「む、それは厄介じゃの。いざとなれば竜神様に来て頂くか…… よい、妾が場を整え責任を持つ。ケルヴィンには暫し待ってもらうとしよう」

「御意に」

天井裏に気配がなくなったのを確認すると、ツバキは嬉々として部屋を飛び出した。

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―――トラージ城・転移門前

ツバキらの不安に反し、転移門の起動は呆気ないほど順調に行われた。入念に対策を取っていたのだが、何の問題もなくケルヴィンがゲートより現れるのみだったのだ。

「ぜぇ、ぜぇ……! お、お久しぶりですね、ツバキ様。突然の訪問をお許し頂き、ありがとうございます」

以前と変わらず黒を纏うケルヴィンは、わざわざ出迎えてくれた事に対し礼儀正しくツバキを敬う。しかしながら、なぜか息を切らして疲れているようであった。

「うむ、妾の友人たるケルヴィンだ。当然の事ぞ」

「想定していたよりも早く転移門を繋いでくれて助かりました。お蔭で最初の一舐めで何とか済みましたよ」

「む、一舐めとは?」

「……いえ、お気になさらず」

ケルヴィンが僅かに視線を逸らしたのを、交渉に長けたツバキが見逃す筈もない。加えてケルヴィンの額を伝う汗、荒い息遣い等々。その場でサッと観察するだけでも、ツバキが得る情報はそれなりに多い。

(ケルヴィンほどの者がここまで疲弊するとは…… 恐らく一舐めで済んだとは、強力な溶解液を持つモンスターとの戦いでの事を指しているのじゃろう。噂に違わぬ修羅の地よ、 奈落の地(アビスランド) ! 仲間の姿が見えぬのは、戦好きな性格が災いしての単独行動だったから、かの? 地底がどのような世界なのかは知らぬが、打ち捨てられた転移門でも使ったのか。ふふ、我がトラージをまず選ぶとは、やはりケルヴィンは妾に脈があると見える。これは椿親衛隊への加入も近いのう)

ただし、必ずしもその推測が合っているとは限らない。

( 奈落の地(アビスランド) からの申請だったから、最悪却下されると思ったんだけどな。一番容易そうなトラージを選択してマジで良かった。コレットの奴め、確かに礼は何かしらをとは考えていたけどさ、了承もしてないのにブーツを舐めるとは…… ステータス以上の敏捷力で迫ってくるし、長引けばやばかったな。どうにかしてコレットの捻じ曲がった倫理観を矯正できないものか。歴代の巫女も総じて変態らしいし、遺伝子レベルでああなんだってメルが言ってたっけ。 ……無理だな)

壮絶な戦いからの避難である事は合っていた。

「ケルヴィンよ、どうやら無事に 奈落の地(アビスランド) へ辿り着いたようじゃな。シルヴィアらも先日『天獄飛泉』を越えたようじゃが、よもや西大陸に渡ったお主の方が先んずるとはな。地下の世界はどうじゃった?」

「地下と呼ぶには語弊がありましたね。空や太陽、紅い星々と細かい点を除けば私たちの世界とそう変わりません。あ、そうだ。これは悪魔の街で買ったお土産の菓子なんですが……」

「ほう、土産とな!」

紙包みを取り出したケルヴィンに、ツバキが目を輝かせる。トラージの姫王は度重なる敗北に挫ける事なく、エフィルを幾度となく城の料理長にと勧誘した猛者だ。トラージで生まれ育った彼女は幼少の頃から舌が肥えており、食に煩い料理人泣かせでもある。当然ながら 奈落の地(アビスランド) の食文化に興味がない筈もなく、食い付きは凄まじいものとなる。

「……んー。買ってきた私がこう言うのも何なんですが、正直これはお薦めできないですね。やはり止めておきましょう。今度エフィルの手料理でも持ってきますね」

それを知って知らずか、ケルヴィンは手元まで出していた紙包みを戻し始めた。

「ま、待て待て!」

ツバキ様、焦る。畳んだ扇子を忙しなく上下させて、止まれ、待たれよ、と連呼する。

「いや、しかし…… これ、相当不味いですよ?」

「例え不味かろうと地獄の味は気になるのじゃ。エフィルの料理は後の楽しみとして、その土産菓子もありがたく頂戴するのじゃ」

半ば奪うようにして紙包みを受け取るツバキ。包みを開けると、中から仄かに焼き菓子の良い香りが漂っている。早速手を入れて、菓子を1つ取り出す。

「ほう、クッキーじゃな。見た目の出来といい、香りといい、何の問題もないではないか。心配するでない、洋菓子も妾はいける口ぞ」

「まあ、見た目だけでもと購入する時は厳選しましたからね。だけど味は―――」

―――ぱくっ。

「あ」

「……ふ、ふはは! 不味い、不味いぞ。これは酷い! 否、逆に新しい! 焼いた生地が砂のようじゃ!」

クッキーを口にした瞬間、ツバキは腹を抱えて笑い出してしまった。その様子はかなり続き、流石のケルヴィンもこれはやってしまったかとやや動揺してしまう。

「ふう。ここまで不味いと一転して笑いがこみ上げてくるものなのじゃな。良い経験になったぞ、ケルヴィン。今度は不味い方面でも食を開拓してみようかの」

「そ、そうですか。それならシルヴィア達の料理も結構なものでしたよ。正直、私は遠慮しました」

「それは真か? ぬう、シルヴィアらを送ってからその事実に知るとは、世とはままならぬものよ」

それから激マズ料理情報と少しの世間話をしたところで、ケルヴィンは再び転移門を使って帰って行った。結局のところ、ケルヴィンは携帯型転移門の試験と狂信者からの逃避の為にトラージを訪れたのだが、遠路はるばる土産を持参して会いに来てくれたとツバキは解釈。ケルヴィンの知らぬところで、椿親衛隊としての未来がまた明るくなっていた。