作品タイトル不明
第345話 吉報
―――グレルバレルカ帝国
エストリアが答えるに、彼女は過去に前魔王グスタフを蘇生させていたらしい。しかしながら前述の通り、本当に蘇生させたのか? どこで? いつ? グスタフの今の状態は? などといった質問に対しては、有力な情報を得る事ができなかった。丁度良い機会だ、ドジッ子と化したエストリアとのその時のやり取りを紹介しよう。
「えーとぉ…… たぶん、地上に来る前に魔王さんを復活させたような気も、しなくもない、かもです?」
疑問形で返さないでくれと。しかもどっちに受け取ればいいのか非常に紛らわしい。
「そ、それがですね、ここだけの話にして頂きたいのですが…… その時の私、かなり感情が高まった状態だったようでして、記憶が曖昧なんです。それに、今はリーアとしての私が本当の私みたいなところがあって、エストリアとしての私に自信がないと言いますか、蘇生させたのがグスタフだったのか微妙と言いますか……」
ジェラールを想う心がそうさせたのか、エストリアは心の底からシスター・リーアとしての人格になってしまった。良かったな、ジェラール。こんなにも愛されているぞ。けれども、このままでは大した進展もなく 奈落の地(アビスランド) へ戻る事となってしまう。無理を承知でもう一度エストリアになり切ってもらえないかと頼んでみる。
「じ、自信はないですけど、分かりました。すぅ……」
大きな深呼吸。大きな胸が上下する。思わず視線がそちらに向く。
「……あらぁ? また私とお喋りしたいだなんてぇ、変わり者にもほどがやっぱり恥ずかしいですぅぅ! 何であの時の私、あんな露出の高い服着てたのぉ……?」
リーアが両手で顔を隠してしまった。これは駄目っぽい。
「ああ!? お洗濯物の取り込み忘れてました! 急がないとマザーに叱られちゃいますっ! シスター・アトラにも手伝ってもらわないと間に合わない!」
あいにくの空模様は唐突な別れの原因となり、エストリアは外に干していた洗濯物へと大急ぎで走り去ってしまった。結構な雨の中、シスター服の吸血鬼がテンパリながら洗濯物を取り込む姿はレアなのかもしれないが、流水って吸血鬼の弱点じゃなかったっけ? という疑問は残る。まあ吸血鬼なのに白魔法使っていたらしいし、夜の王ともなれば弱点がなくなるのかもしれない。
―――とまあ、この有様なのだ。やはり自分の目で確かめる他ない。
「あの反魂者が? んー、恋は盲目っていうけど、今までの付き合いからは想像できないな~。でも、性格が変わっても戦闘能力までは変わらない筈だから、シスター・アトラの護衛としては問題なく働いてくれると思うよ。犬猿の仲だった断罪者あたりは言葉を失っちゃうと思うけどさ」
「セラの妹(仮)か。そんなに仲が悪かったのか?」
「致命的とまではいかないけど、目と目が合ったら口喧嘩ばかりしてた印象かな」
獣国ガウンでもベルは喧嘩腰なところがあったからなー。気に食わない相手がいればそうなるか。以前のエストリアだってひと癖もふた癖もあったし。でもなぁ……
「そんなに折り合いの悪い相手の父親を、わざわざ生き返らすものかな?」
「それを確かめる為の私たちだよ、ケルヴィン君?」
「そうとも言う」
エストリアはちょっとした事で極端に惚れる体質らしいし、過去に魔王グスタフが好きだったというドロドロした関係が――― 流石にないな、うん。
それから2度3度のモンスターとの遭遇(突貫)を経て、遂に俺たちはこの国の首都を遠目の視界に収めるまでに至った。外堀には地獄の窯を思わせる深紅の池。漆黒の城壁に覆われた城下町には人気がなく、長年放置されたままとなっている。その中心には魔王城の如く悪魔的な王城と塔が聳え立ち、周囲の空には蝙蝠が舞う。ここまでテンプレを押さえてくるとは、魔王グスタフ侮りがたし。
「グレルバレルカの首都が見えてきたね。グスタフが全盛期の頃はあの街が 奈落の地(アビスランド) の中心地、魔都グレルバレルカなんて呼ばれていたんだって。今では外壁の中にも入れないらしいけどさ」
「その原因である魔王の亡霊は一向に見つからないけどな」
「どうしよっか? このまま魔都に――― 伏せるっ!」
「んぐっ!?」
アンジェによる神速&不意打ちの強制伏せ。後頭部を掴まれ地面へとダイブする俺は、そのまま顔面を草むらへと押しやられた。おおう、今日のアンジェさんは刺激的やで…… ってそうじゃないよな。
『……魔王の亡霊か?』
『たぶん。ほら、城壁の上』
この状態で自然と念話に切り替えるあたり、俺も隠密行動に慣れたもんだ。足元が深い草地だったのが幸いして、こうして寝転ぶだけで隠れられたしな。顔の周りが土だらけなのも、迷彩的な効果があるんですよね? ええ、分かっていますとも。
『ケルヴィン?』
『ああ、見えてるよ』
冗談はさて置き、アンジェが指し示した城壁上に目を凝らす。そこに立っていたのは、 紅い何か(・・・・) だった。 ……いや、冗談ではなく。人型であるのは辛うじて分かるんだが、周りに紅い靄を纏っている為に正確に判断できないのだ。この距離だから大きさもピンとこない。確かに亡霊とは言い得て妙だ。エフィルから『千里眼』を借りておけば良かったな。
『仕草からして男の人、かな?』
『分かるのか?』
『そりゃ分かるよ。仕草を偽装しているのなら別だけど』
『……駄目だ、分からん』
『こればかりは経験かなー』
いくら経験を積んだところで、この距離、あの靄じゃ普通分からんって。仕草どころかどう動いているのかも分からん。
『それで、改めてどうしよっか? 隠れられる草むらが続くのはここまで。ここから先は見通しの良い平地だよ。これ以上進むのなら、あの亡霊に発見されちゃう恐れがあるけど』
『俺個人としては悠々と突撃したいけど、 密偵活動(デート) 的にはここらが潮時かなと思ってる』
『あれ、いいの?』
『何でそんなに驚いてるの?』
俺だって我慢する時はすると言ったではないか。俺が理性的な戦闘狂である事を忘れてもらっては困る。
『あはは。冗談だよ、冗談。帰り道にもう一狩りしよっか』
『それは魅力的な提案だ。了承しよう』
『やっぱり理性的な戦闘狂さんは違うね。ところでケルヴィン君、ここで良い知らせと悪い知らせがあります』
『行き成りだな、おい。いいけどさ、それを選べってパターン?』
『そ♪』
『……それじゃ、悪い知らせから』
アンジェが再び魔都へ視線を向けた。なぜか苦笑い。
『魔王の亡霊、見失っちゃった』
てへっ。そんな擬音がアンジェから聞こえた。
『……マジか』
城壁の上に亡霊の姿がない。紅い靄も綺麗さっぱり消え去っている。
『いやー、突然気配が消えちゃって。本当の幽霊みたいだねー』
アンジェの察知能力をパスしたのか? おっと、生物の線が薄くなってしまったぞ。これは予想その3、強力な亡霊説が濃厚か。
『ちなみに良い知らせは?』
『えっとね、その亡霊さんがあんなところに』
アンジェの指先に従って回れ右。俺たちが歩んで来た草原地帯、その百メートルほど戻ったところに発生するは紅き靄。ここまで近付けば大よその身長が分かるほどの距離。俺たちが気付かぬうちに接近した魔王の亡霊がそこにいた。
『やったねケルヴィン君。想定外に魔王の亡霊と戦えそうだよ!』
『ハッハッハ、今日は祝い酒だな』
嬉しいような悲しいような、複雑な気持ちで俺たちは得物を構え出した。