作品タイトル不明
第331話 ベースキャンプ
―――トラージ・天獄飛泉
水竜王、藤原虎次郎の試練を無事に終えたシルヴィアとエマは、トラージの街で待つナグア達、デラミスの勇者組の刀哉達と合流。1日の休暇を経て 奈落の地(アビスランド) へと繋がるもう1つの道、天獄飛泉の地へと足を踏み入れた。底が見えぬ大穴に四方八方から痛烈な水が雪崩れ込んでいる死の滝。その全景がよく見晴らせる高台にて、シルヴィアらはベースキャンプを作り地上での最後の休息を取っている。
ベースキャンプの焚き火にて1人の男が鍋をかき混ぜ、味見皿に自信作であるポトフのスープを入れて味加減を確認している。2つのパーティ中、最も料理が上手になってしまったこの男は、ひと昔前まで『凶獣』と恐れられ、故郷であるガウンの傭兵の中でも特に注目を浴びる存在だった。しかし、それも今となっては過去の話。今では可愛らしいエプロンを屈強な体に着け、ここは俺の戦場よとばかりに調理作業に熱中する有様なのだ。
「よし、うめぇ! っは、これ師匠超えちゃったんじゃね? 遂に師匠を超えちゃったんじゃね?」
獣人ナグアは今日も調理に励んでいた。
「甘いよナグア。確かにナグアの料理はとても美味しい。でも、神の料理は次元を超越している。弟子であるナグアには是非ともその領域に達してほしい。日々鍛錬あるのみ」
「大層な事を言ってるけどよ、まずは口から出てる大量の涎をどうにかしろ」
瞳を煌めかせながら鍋の中を覗くシルヴィアの言葉に説得力はあまりない。
「……美味しい事には変わりないから」
「はいはい、シルヴィアはお口を拭こうね。それにしても、ナグアってばエフィルさんを師匠なんて呼んじゃって。ああは言ってたけど、やっぱり陰では認めちゃってるんだね」
「ば、馬鹿野郎! 誰があんな女を―――」
「今、神の名を聞いた気がした」
横槍を入れたのは雅だ。エフィルの名に反応して、読書に勤しんでいた眠そうな視線を本から上げたようだ。面倒そうなのでナグアは雅を無視することにした。
「ったく、お前らが死ぬほど料理できないから俺が仕方なくやってんだろうが」
「「「ぐはっ!」」」
エマとアリエル、そしてなぜか雅までもが血を吐いて倒れた。いつもの光景である。
「女性比率の高いこのパーティで、全部ナグアさんに調理を任せちゃうのは面目ないかな……」
「ああん? あー、別に気にする事ねぇよ。こっちのパーティじゃずっとこんな感じで、作る量が多少増えただけだからな。手が足りねぇ時はコクドリもいるしな」
「フッ、あっしを買ってくれるとは嬉しいですな」
「私と奈々は人並みにはできるけど、やっぱり人並みでしかないからね。お店で食べるようなナグアさんの料理には敵わないわ」
「……煩せぇよ。おら、出来たぞお前ら。皿によそうくらいはできんだろ」
血を吐きながらもエマは、ナグアが照れて頬を赤らめているのを見逃さなかった。普段褒められる事が殆どない為、刹那達による正面からの賛辞を素直に受け止められないのだ、と。そして絶好の茶化しチャンスを逃した事を酷く後悔した。
「そ、それでは私が盛り付けをしますね!」
一足先に復活したアリエルが鍋のお玉に手を伸ばそうとする。が、その手はナグアによって直ぐ様に止められてしまった。
「ナ、ナグア?」
手と手が触れ合い、アリエルの心が跳ね上がる。それはまるで、少女漫画の一場面であるかのように。
「止めろ、アリエル。皆を殺す気か……!?」
「……え?」
されど、現実は思いの外辛辣。真顔のナグアから発せられた言葉は愛を語るものなどではなく、アリエルの壊滅的な家事スキルを心配してのものだった。エマやシルヴィアであれば調理工程のみが救い難いレベルなのだが、アリエルに関しては全てが死んでいる。呪いの類かと考えて高名な僧侶を訪ねた事も過去にある。しかし、そのような様子はないと太鼓判を押される始末。悲しい事に、この家庭的とは雲泥の差がある今の力こそ、アリエルの素の力なのである。
(((何で止めたんだろう?)))
そんな事実を知らない勇者達が不思議に思っていれるのも、アリエルが問題を起こす前に他のメンバーがフォローを入れてくれるお蔭なのだ。同じ種族のエルフであるエフィルがあれだけ家事の腕が立つのだからと、アリエルはアリエルで少しでも成長しようと努力はしている。が、巡り巡って災いが襲い掛かるのはパーティメンバーである為、好ましくない悪循環に陥っているのが現状だ。
「そ、それにしてもよ、何で竜王との謁見に2人だけで行ったんだよ?」
流石に止め方が直接的だったかとナグアも感じたようで、場の空気を換えようと当たり障りのない話題を振った。流れがかなり不自然で立回りも残念な事この上ないが、無神経なりの配慮なのである。
「水竜王様は人見知りが激しい方みたいでね。大人数じゃ会ってくれないのよ。ツバキ様は別としても、2人が限界みたい」
「ほう、あっしも竜の王様に会ってみたかったんですがねぇ。確か、シルヴィアはエマと2人で旅をしていた時も謁見したんだろ? その時に加護を貰ったとか」
「ん、そうだよ」
「へー、竜王様から加護を貰ったんですか! その話、聞いてみたいです!」
「うん、私も興味あるな」
ナグアの機転は思わぬ方向へと舵を回し、奈々や刹那を巻き込んでの大いなる盛り上がりを見せた。様子を窺うと、アリエルも楽しそうに談笑に参加している。上手く誤魔化せた事に内心ホッとする面々。
「えっと、若かった頃の奥さんとどことなく似てるとかで、感動したらしくて……」
「シルヴィアになに色目使ってるんだ糞竜王ーーー!」
「ナ、ナグア!?」
怒りのあまり野性に目覚める勢いのナグアが吠える。今度はナグアを止める番かと、エマとコクドリがどうどうと宥めながら眉を顰めた。その様子を全員分のポトフを器に取り分けながら眺める刹那、苦労する様に少し共感。
「ナグアさん、言われていた薪を拾ってきましたよ! ほら、こんなに!」
刀哉、薪拾いから帰還。すこぶるタイミングが悪い。
「お前は死ね!」
「ええっ、酷い!?」
事態は正に収拾がつかない有様といえる。ナグアを羽交締めにするコクドリ。腹部に拳を叩きこむエマ。オロオロと回復魔法の準備をするアリエル。騒ぎを肴にポトフを食べ始める雅―――
「―――ふふっ」
「シルヴィア?」
唐突に微笑んだシルヴィアを見て、第2撃をナグアに放とうとしていたエマが拳を止めた。
「何だか、ケルヴィン達みたいだね。騒がしいけど、温かい。ケルヴィンも今頃、転移門に着いているところかな? それとも、もう向こう?」
「……さて、どうだろうね?」
無表情な親友の笑みにエマも心を温める。そして、拳を振るった。
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――― 奈落の地(アビスランド) ・無限毒砂
奈落の地(アビスランド) 側の転移門は地上と同じく2か所に設置されている。紫色の毒々しい砂が彼方まで拡がるここは、その1つである『無限毒砂』中心部。猛毒を有する上級モンスターが跋扈し、地下であるというのに2つの太陽が存在する地獄の砂漠だ。ただ、地獄にもオアシスはあるようで、転移門周辺には特殊な結界が施されており、水場があるなど比較的快適な環境となっている。
「時は来たっ!」
オアシスで響く叫び。転移門の前には悪魔を筆頭とした千にも及ぶモンスターの軍隊が整列し、今か今かと号令を待ち望んでいた。
「皆の者、地上の惰弱な魔王が消え去ったという噂は知っておるな? 我が手の者による独自の調査の結果、それが真実である事が分かった!」
一団から歓声が沸き上がる。知能がないのか言葉にならない叫びを上げる者、片言で話す者、叫び声は様々である。
「ククク。転移門に至る道のりは試練が待つというが、毒素に耐性のある我が種族、この程度の砂漠など試練にならぬ。力を高め、今や地上を蹂躙する新たな魔王となるであろう我らの力、とくと見せてやろうぞ!」
「「「グオッ!」」」
転移門前に展開するこのモンスターの軍隊、 奈落の地(アビスランド) のとある国に所属する者達である。過去に勇者によって倒された幾多もの魔王達。その教えか、 奈落の地(アビスランド) ではいつしか国による転移門への介入行為を全土的に禁止していた。しかし時が経てば教えは薄れ、規制を破る者達が必ず現れる。それが今、それが彼ら。長きに渡って禁忌とされていた地上への侵攻を、今まさに行おうとしているのだ。
「先行部隊、進めぇ!」
指揮官の号令に従い、中型モンスターを編制の中心とした一部隊が転移門を潜って行く。
「指揮官殿。此度の遠征、どのように思われますか?」
行軍の様子を本陣から監視していると、副官の悪魔が指揮官に問い掛けてきた。
「どのように、とは?」
「我々はこの転移門の先がどこに繋がっているのか、まだ知らされていませんので。噂によれば地上の世界にも2つの転移門があり、そのどちら側かに出るとの事ですが……」
「心配する事は何もない。我らはとうに試練を終えているのだ。即ち、我らは資格を得たのだよ。地上を支配する資格をな!」
「な、なるほど……!」
「ククク、祖国もよくこの英断をしたものよ。次ぃ、第2部隊! 進めぇ!」
手塩をかけて軍隊としての規律を学ばせたモンスター達の行進。指揮官は上機嫌に号令を発し続けた。