軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第329話 欺瞞

―――トラージ・紅社の竜道

エマは軽々と大剣を操り、試し斬りとばかりに力強く振るう。グォンと風を斬る赤き大剣は近くの水を熱し、触れた側からそれらを蒸発させていく。大剣が凄まじい高熱を宿している事は明白だ。しかし、エマが現在踏み締めている氷塊は不思議と融解せず、そのままの形状で留まっていた。

(一見無骨に見えるが、その実繊細な力なのかもしれんな。それに―――)

視線をシルヴィアに移すと、彼女の携える細剣にパキパキと薄い氷が纏い始めていた。こちらは白雪のように非常に佳麗な外観であるが、内に秘める魔力は荒々しい。肩を並べるシルヴィアとエマは、どこまでも反対の性質を有していた。そして炎と氷の剣の顕現は、真なる戦いがこれからである事を示している。

「なるほど、なるほど。お主が単なる魔導士でないのは確かなようだ。ならば、余も歓迎の1つもせねばな」

ガバリと開けられた水竜王の大口。それは食う為に開かれたものではない。敬意を表し、 息吹(ブレス) を放つ為のもの。今も四方八方で渦巻く水の竜巻が一部削られ、発射口の一点に水が集約されていく。

「―――グアッ!?」

「うん、熱いよね」

息吹(ブレス) の発射段階にあった水竜王が、不意に咽た。格好良く前台詞まで決めていたのが台無しである。

「な、何だ、このグツグツに煮え滾った熱湯は!?」

水竜王が竜巻から掻き集めた液体。それは水ではなく、火傷する程に煮えた熱湯だった。強固な竜鱗と皮膚に護られた外側ならいざ知らず、流石の水竜王も口内に熱湯を含んではただでは済まないらしい。

「水竜王様が放たれる 息吹(ブレス) 、周囲一帯から水を徴収するんですよね? 残念ですが、その情報はツバキ様より事前調査済みです」

「な……! ツバキめ、また余計な事を洩らしおって!」

「ふ、ふふ…… これもトラージ繁栄の為、ついつい勧誘に熱が入り過ぎたとか、そういったものでは決してないのじゃ、うぷ…… 加えて、囚われた仲間が助言をしてはならぬ、なんて決まりは今の時代のどこにもない。だから早く勝負終わって……!」

「……あい分かった。だからそれ以上口を開くでない。余まで被害が及ぶ」

何がとは言わないが、口論を続けると危うそうだったので、水竜王はこれ以上の追及は止めておいた。

「戦いの最中、竜巻に仕込ませて貰った。近場の水からの方が流れやすいから。エマの予想は大的中」

ケルヴィンとの模擬試合の際にも使用した 間欠泉の大滝(ゲイザーカタラクト) 。目をかすめてシルヴィアはこれを詠唱し熱湯を竜巻の1つ、その中心部に発生させ、まんまと水竜王に煮え湯を飲ませた訳だ。

「多少驚きはした。だが、この程度では余にダメージは殆どないぞ? 騒ぎに乗じて、その剣で追撃するべきであったな」

「それも問題ない。これ、偽物だから」

「何?」

問答のやり取りを行っていたシルヴィアとエマの姿が、幻か夢であったかのように霧となって消え去った。

「―――本物は、こっち」

「ぬっ!?」

水竜王の近くで渦巻いている竜巻の中からシルヴィアが、地底湖の岩天井からエマが飛び出す。不意を突いたシルヴィアの振るった細剣は水竜王の眼球近くを通り過ぎ、傷口からは全てに侵食する魔の氷が張り巡らされた。これにより水竜王は視覚を阻害される。

「ぐっ!」

「ツバキ様、頂きますね!」

同時にエマは水竜王の頭上にいる囚われ役のツバキを抱え、救出に成功。顔色は非常に悪いが五体満足、人質の救出としては十分に成功といえるだろう。エマとしてはツバキが口元を両手で押さえているのが気になったが、成功は成功である。

「全てはこの為の布石かっ!」

水竜王に煮え湯を飲ませ関心を逸らした事から始まったエマの策。シルヴィアのC級青魔法【 虚偽の霧(フォールスフォッグ) 】で幻を生成し、その隙に魔法をほぼ無効化する固有スキル『二重魔装甲』を持つシルヴィアは竜巻の内部に、エマはその竜巻に削られ酷い砂埃が舞っている天井部へ身を隠していたのだ。戦闘中の目くばせのみで互いの考えを把握した、2人の息の合ったコンビネーションがあって初めて為せた技であるといえる。補足するが、この竜巻は過去にクライヴが放ったS級緑魔法【 螺旋超嵐壁(テンペストバリア) 】より強力なものである為、シルヴィア以外は真似をしない事をお薦めする。

「お、おお、エマよ…… 妾はそなたを信じておったぞ……」

「お待たせして申し訳ありません。ですが、これで大技を叩き込む事ができそうです。 ……ツバキ様、お願いですから吐かないでくださいね?」

「う、うむ。善処したい……」

「善処じゃなくて全力でお願いします」

水竜王の視覚は暫くすれば回復してしまう。ツバキを安全な場所に移動させるなら、今がチャンス。ツバキに配慮したギリギリのスピードで、エマは地底湖に浮く氷塊を飛び渡っていた。

「エマは厳しいのう…… しかしな、エマよ」

「何ですか?」

「仲間が裏切らないとは、限らんじゃろう?」

「え?」

―――ズッ。

エマの耳が音を拾った。次いで、ツバキが何かをエマに押し当てているのが目に入る。ツバキの手に握られていたのは、鮮血に染まった短刀。エマの脇腹に深々と突き刺された凶刃から、赤き血が流れ始める。

「……かはっ!?」

「おっと」

すかさずツバキを払いのけ、大剣にて追撃を行うエマは流石だといえよう。先ほどまでの青い顔は嘘であったのか、その大剣をハラリと躱すツバキの身は軽い。更にはシルヴィアと同じく水面上に立って見せ、舞うように後退していった。

「エマ、大丈夫?」

「ぐ、う……」

エマを庇うようにツバキの前に立ち塞がるシルヴィアが、青魔法でエマの負傷箇所に薄く氷を張る。これにより出血の心配はなくなった。

「くー……! う、うん、痛みは我慢かな。アリエルのありがたみが痛いほど実感するよ。それに焼くと痕が残っちゃうし、助かった」

「ん、気にしないで。それよりも―――」

シルヴィアとエマは前を見据える。トラージ王としての威圧感を発するツバキと、顔に張り付いた氷を払い落し終えた水竜王。2人が肩を並べると同様に、あちらも横に並んでいた。

「これはどういう意味ですか、ツバキ様?」

「どうもこうも妾は始めからこちら側、そなた等を試す者じゃよ。トラージの未来を背負うお主らを、そう簡単に 奈落の地(アビスランド) へ行かせる訳にはいかないからの」

ツバキは悪気もなくケラケラと笑っている。

「余に一杯食わし、ツバキを助け出すまでは良かったのだがな。仲間が操られている、もしくは偽物である可能性を配慮していなかったのは減点だ。 奈落の地(アビスランド) に住まう悪魔がよく使う手よ」

「妾は大根役者であるからな、気付かれておらんかと肝を冷やしておったぞ」

「……騙されたね」

「うん、見事に騙された」

シルヴィアの表情は変わらないが、エマは本当に悔しそうにしている。この悔しさはナグアに料理の腕を馬鹿にされた以来だろうか。

「まあ、そう焦るでない。何も試練がこれで終わった訳ではないのじゃ。騙されたのならば、その上で障害を乗り越えれば良い。詰まり―――」

「―――お二人纏めて、ぶっ飛ばせばいいのですね?」

「だから妾の口上に被せるなと…… う、うむ? エマよ、怒っておる?」

「まあ、それなりには」

エマの感情を表しているのか、赤き大剣が蒸気を噴出させ続けている。 ―――エマは結構、怒りっぽかった。

「乙女の柔肌に傷は付けないでほしいのじゃが」

「善処しますね」

「善処じゃなくて全力でお願いしたい」

言葉尻が弱々しいのは兎も角、ツバキの手には薙刀が水で形成されていた。