軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第328話 水氷炎

―――トラージ・紅社の竜道

突如水竜王の頭上に拘束されたトラージ王、ツバキは酷く混乱していた。交渉の結果戦いになるかもと、予測の1つとしては考えていた。尤もそれは特等席で観戦できるという期待を込めたもので、まさか自らも戦闘の最中に巻き込まれるとは思っていなかったのだ。

「りゅ、竜神様! 妾、このような展開は聞いておらぬのじゃがっ!?」

「ククク、お主がまだまだ未熟な証拠よ。ツバキも余に後生だと願い出たのだ、これくらいの責任は果たしてもらわねばな。それにだ、仮にも一国の王であるのならば、自ら先陣を切る意気込みくらいなくてはっ!」

「それは竜神様が王であった時の話ではないかっ! 普通、王は前線などに―――」

その時、ツバキの脳内に電撃が走る。東大陸の偉大なる王達の面影を瞬間的に思い浮かべたツバキであったが、思いの外前線へ出たがる者が多かったのだ。獣国ガウンの獣王、レオンハルト・ガウンは単独で敵地に乗り込む常習犯。軍国トライセンの若き新王、アズグラッド・トライセンは言わずと知れた戦馬鹿で、先の戦争の際にも真っ先にパーズへ進軍した程である。唯一表に出ていないのは神皇国デラミスのフィリップ教皇であるが、その昔は勇者の仲間としてイケイケであったのだ。思わず死語を使ってしまう程度に、ツバキは動揺した。

(もしや、妾って少数派……?)

そんな放心状態のツバキを無視するかのように、水竜王は大量の水を巻き上げながらその長大なる体を起こす。地底湖から出でる長い長い蛇のような体は未だ底が見えず、現れた青の竜鱗を持つ巨体は翼のような部位がないというのに浮遊していた。

「2対2…… ツバキも敵って事?」

「逆だよ。仲間を連れて行くならこの状況を打破して見せろ、ってさっき言われたよね? 私とシルヴィアが水竜王様とツバキ様に挑む体裁だけど、実質的にはツバキ様は囚われた仲間みたいなもの。水竜王様の頭上にいるツバキ様に怪我をさせないよう戦うのが趣旨みたいだね」

「ほう、なかなか察しが良いな」

エマの推測は水竜王を感心させるに至ったようだ。敵の懐に仲間がいるとなれば、そこに向かって大規模な攻撃は行えない。より正確に、より鋭く。竜王を相手に縛りを設けたようなものか。

「えっと、水竜王を倒して、ツバキを護って…… どっちが優先?」

「ツバキ様が死なないようにするのが最優先! 間違っても攻撃を当てちゃ駄目だからね!」

人差し指を軽く唇に当てて迷うシルヴィアに、エマが優しく、誰でも分かるようなレクチャーを施す。これで間違いは起こらないだろう。恐らくは。

「五体満足で頼むぞー!」

精神を復帰させたツバキの熱い声援。雰囲気に流されてしまったがどうも観戦どころではなく、彼女も気が気でないのだろう。頻りに命を大事にと叫んでいる。

「ん、了解」

2人の言葉に納得したのか、シルヴィアは腰の細剣を抜き、地に向かって突き立てる。

「 極寒大地(グラウンドシヴァ) 」

シルヴィアの細剣を中心に形成される氷海。その領域は外側に向けて歩を進め、地底湖そのものを飲み込もうとしている。水竜王の浸かる水面もまた例外ではなく、バキバキとクレバスに挟まれるようにして、その身動きを封じてしまった。静観していた配下の水竜達もついでとばかりに巻き添えを食らい、そちらもちょっとした騒ぎになっている。

(ほう、まずは地の利を得るか)

水竜王の住処である地底湖は、言うならば水を司る彼にとって最高の支配領域だ。そこでシルヴィアは書き換えを行ったのだ。一から十まで、その全てが水竜王へと有利に運ぶであろうこの縄張りを、凍て付く氷の氷の世界、シルヴィアのテリトリーへと。

「だが、この程度では余の優位性は変わらん。このようにっ!」

「―――! エマ」

「分かってる!」

意思疎通を果たした2人がそれぞれ左右に散ると、次の瞬間に氷の地面が隆起した。分厚い氷塊が幾つも宙に舞い、雹にしても大き過ぎる落下物となって地表に突き刺さる。隆起の原因となったのは、水面下にてその姿を隠していた水竜王の尾であった。

「 連火爆殺(バーンクラッカー) !」

シルヴィアの 極寒大地(グラウンドシヴァ) を内部からかち割る力強さは脅威である。しかし、恐怖に打ち勝たなければ勝機はない。怯む事なく解き放たれたエマの魔力は連続した爆発へと変異し、出現したばかりの尾を火中へと誘った。

「よっと」

回避行動から反転し、尾へ急接近したシルヴィアの斬撃が爆発の隙間から同時に襲い掛かる。強固な竜鱗を斬り裂き、尾を駆け上る事で深紅の一文字が水竜王に刻まれた。更に追撃を掛けれそうな状況であるが、シルヴィアは長居はせずそのまま尾から大きく跳躍。水竜王から距離を取った。傍目から見れば攻撃のチャンスをみすみす逃したようにも思えるだろうが、この判断は正しい。

―――ズガァーーーン!

上方より迫る影の大元が、極寒の大地に衝突した。宙に浮遊していた水竜王の長大なる体が、叩き付けるようにして落ちて来たのだ。先の尾のパワーを鑑みれば、その威力が絶大である事は想像に難くない。これによりシルヴィアの 極寒大地(グラウンドシヴァ) は完全に破壊され、辺り一面は氷の塊が浮かぶ巨大な湖へと環境を再構成されてしまう。

まともに直撃でもすれば致命傷となり、今頃水の底に沈んでいただろうか。体当たりを躱したシルヴィアは青魔法を使い水の上に、エマは着地点を定めて氷の上に降り立った。

「なんて威力……!」

「ん、水も得意だからいっか」

反応は両極端、されど双方諦めの意思はない。

「りゅ、竜神様…… 落ちるなら落ちると申してくだされ……」

一方でツバキは強制ジェットコースターの運命から早く逃れたいと願うばかりであった。しかしながら、案外無事なものだ。エマは僅かに「あっ」と思ったりしたのだが、水竜王の行動でツバキが負傷する事はないようだ。

「魔法剣士と赤魔導士、それも卓越した力であるな。余の身に傷を負わすとは見事である」

「それほどでも」

「シルヴィア、照れないで。次が来るよっ」

竜王の賛辞が形となったのか、水面が歪み数か所から水の竜巻が巻き起こる。今や観衆となっていた水竜らの姿はない。氷の拘束が解かれた事で避難したのだろうか。やがて天井へと到達したそれらはそれだけで脅威であるが、更には岩壁を切り崩して突き落とす。巨大な雹の雨の次は岩の雨、地底湖が崩落しないか心配になるレベルだ。

「この場について心配する必要はない。仮にも余の領域、限界は心得ておる」

心配しなくていいらしい。

「それは、どうもっ!」

矢継ぎ早に鳴り響く剣戟、爆音、ツバキの悲鳴――― 織り成されるは決して心地好い音色ばかりではなかったが、腕のある者が聞けば激戦が繰り広げられていると分かる、いや、不協和音のせいで分からないかもしれない。

シルヴィアの戦法はどの距離においても有効的に機能する。剣と魔法を最大限に扱う為に近距離から遠距離と、様々な状況に対応できるからだ。エマの赤魔法による火力支援も相まって、深手とはいかなくとも水竜王へ着実にダメージを重ねている。だが、やはりそれまで。水竜王の攻撃に対しては回避の一辺倒、一度でも当たれば戦局は逆転してしまう危うさもあった。

「……シルヴィア。長引くと不利になりそうだし、私も前に出るよ」

「そう?」

「シルヴィアは大丈夫でも、ほら、ツバキ様が……」

「……ん、了解した」

ツバキはどこかの巫女と同じ轍を踏むものかと、ここが踏ん張りどころであった。

「ほう、魔導士が前線に出るか。何か考えがあっての行動か?」

「水竜王様、少し勘違いをされているようですね」

エマは自らの背に手を回す。

「私、これでも騎士ですよ?」

ゴウッ、と吹き荒れた熱風の中から炎の色を刀身に灯した大剣が顕在化し、エマの両手に握られた。